第11話 脱走先で待っていた真実は

 縄で身体を縛られ、馬車の荷台に放り込まれた二人。


 荷台の中は薄暗く埃臭かった。そのうえ盗賊たちが、様々な場所から盗んできたのであろう品々に囲まれ狭い。暗いし、居心地が悪すぎる。

 しかしトラヴィスはというと、暢気に鼻歌なんか歌っていた。


「トラヴィス……」

「なに?」

 軽い返事が聞こえてくる。隣にいても暗くてあまり表情は分からないけど、まったく怯えていないようだ。

 魔族の王子とは、みんなこんなに肝が据わっているものなのだろうか。


「なんで自ら攫われたの?」

「なんでってミレーヌと離れ離れになったら、オレを守ってくれる人いなくなるだろ」


「一緒にいたって、守ってあげられないわ。それに……これからどこかに売り飛ばされたり、なにされるか分からないのよ」


「キミが売られた時は、オレが買ってあげるから大丈夫だよ」


 この期に及んで、こんな軽口を叩くなんて。呆れ顔で「ちっとも大丈夫じゃないわ」と、言ってやりたくなったけれど、もうそんな気力もない。


 心細くて、泣いてしまいそうだ。

 でも自分がしっかりしなくちゃ。キアを助けるには、トラヴィスの助けが必要だし……このどうしようもない王子を、守ってあげられるのは自分だけ。


 でも……自分はキアを助けるために魔国に来たのか、トラヴィスを守るために魔国にいるのか……だんだん、分からなくなってくる。


「……なんか疲れたな。ミレーヌ、膝枕してよ」

「え、なに!?」

 急にトラヴィスが、ミレーヌの膝の上に倒れ頭を乗せてきた。


「こんな時に……本当にトラヴィスって、くっつき虫ね」

 弟だって、今じゃ甘えてきてはくれないというのに。年下ではなさそうなこの男は、人の膝の上でなんて無防備に微笑むのだろうか。


「そうだよ……オレのこんな姿を見られるのは、キミだけの特権だから」

「ふふ、なにそれ」

 光栄に思いなよと言いたげなトラヴィスに、ミレーヌは吹きだす。


 やっぱり、この人を見ていると、悩んでいるのがバカらしく思えてくるから不思議だ。

 どんな逆行でも動じないところは、彼の長所といえるかもしれない。


 その時、大きく荷馬車が揺れて、荷台の木箱がいくつか崩れた。


「っ!?」

 ミレーヌの背後に三段ほど重ねられていた木箱も、今の大きな揺れでこちらに倒れてくる。とっさに避けようにも、手は後ろで縛られているし逃げようがない。


 ミレーヌは、痛みを覚悟し、ぎゅっと目を瞑るしかなかった。


 しかし……。


「きゃっ」

 突き飛ばされた衝撃に驚いて目を開くと、ミレーヌはトラヴィスに押し倒されていた。

 箱が落下する寸前で、彼がミレーヌを助けてくれたようだ。


 驚いてしまった。まさかトラヴィスに助けられるなんて、期待していなかったから。

 それだけじゃない。いつの間にか、彼の手は縄が解かれているのだ。


「あ、ありがとう。まさか、トラヴィスに助けられるなんて」

「…………咄嗟に、つい」

 なぜかバツが悪そうに、ボソリと呟く。


「縄、いつの間にはずせたの?」

「……不思議だね、気が付いたらはずれてた」

「そうなの……?」


 そんなことあるのだろうか。不思議に思うミレーヌに「まあいいじゃん」と、トラヴィスは立ち上がる。


 盗賊から取り上げられていた剣を探し出し、腰に携えるとミレーヌの縄も解いてくれた。

 偶然(?)縄が外れたおかげで逃げ出せそうだし、ミレーヌはそこを深く追求するのはやめた。


「一緒に攫われる予定だったけど、これからどうする?」

「どうするって、逃げるに決まってるでしょう。ここから出ましょう」

 盗賊たちに気付かれないうちにと、荷台の出口まで向かいかけた時……。


「グアアアァッ」

 突然の鳴き声にミレーヌは嫌な予感がして、目を凝らしその声の主を探した。


 薄暗い荷台の中でも、すぐにその声の主が分かったのは、ギロリとこちらを睨む光る目を見つけたから。


「な、なに!?」

 昼間に乗せてもらったドラゴンよりは随分と小さいけれど、大型犬ほどの大きさはあるドラゴンがいた。その瞳は昼間のドラゴンの何倍も、殺気を宿しているようだ。


「あれは火竜か」

「火竜?」

「その名の通り、火を吐くドラゴンだよ。大きさこそ他のドラゴンより小さいけど、攻撃力はかなりのものだ」

「へー……って、暢気に話してる場合じゃないんじゃ!?」


 火竜は大きな口を開け、耳を劈くような鳴き声と共に、口から炎を噴き出した。


「火竜は、希少価値がある。おそらく、どこかに売り飛ばすつもりだったんだろ。でも、こんな安っぽい木箱にへぼい封印の術をかけただけじゃ、こうなることなんて目に見えてるのに」

 やはりトラヴィスは動じてなかったが、普通に話してる場合じゃない。荷馬車の中はすでに火の海だ。


「グアァアアァアッ!」

 火竜の声にミレーヌは耳を塞ぎ、炎が足元に来る前にと出口を探す。

 すると炎を数回発し叫んだドラゴンは、少し怒りが治まったのか、荷馬車の天井を突き破り空高く飛んでいった。


「わたしたちも上から逃げましょう!」

 ミレーヌは、まわりにあった木箱をいくつも重ね合わせ、荷台の上まで登れるように階段を作ってゆく。

 急がないと、炎に囲まれ始めている。煙もひどくなってきて息苦しい。


「火竜が逃げたぞ!」

「うわぁぁぁっ!?」


 外では異変に気付き荷馬車を止めた盗賊たちが、怒った火竜に攻撃をくらっている模様だ。

 このドサクサに紛れたら逃げられる。


 ミレーヌは、煙と炎の熱に苦戦しながらも、なんとか木箱の階段を完成させた。


「なるほど、これで上から逃げられるね。頭良いな」

 軽やかにミレーヌが作った階段を上り、トラヴィスは荷馬車の屋根に登った。


「もう……はぁ、はぁ、少しは手伝ってくれても、よかったんじゃ……」

「だってオレ、ひ弱でか細い王子だから、力仕事なんてできないよ」

 王子様スマイルで手を伸ばし、トラヴィスは軽々とミレーヌを、屋根の上に引き上げてくれた。


「ふぅ、外に出れたわ!」

 炎は勢いをあげ、荷馬車全てを燃やし尽くすのも時間の問題だろう。

 屋根から見下ろすと、盗賊たちは火を消そうと慌てていて、こちらの存在にまだ気付いていない。


「じゃ、行こうか」

 ひょいっと抱きかかえられたかと思うと、トラヴィスはそのまま軽々と、馬車を飛び降り着地する。


「すごい、トラヴィス。意外と力持ち」

「これでも一応男ですから」

「さっき、力仕事はできないって言ってなかった?」

「……ミレーヌは、羽のように軽いから」


 また調子のいいことを、と思いつつ言い合っている時間はない。

 行こうと手を握られ、ミレーヌも頷き走り出した。


 その後ろから「女が逃げたぞ」と声が聞こえてくるけれど、振り向くことなく二人は森の中へと逃げ込んだ。






 しかし後ろからの足音はどんどんこちらに近付いてくる。

 怖くなって振り向いた瞬間、盗賊がキラリと光るなにかをコチラに投げつけようとしているのが見えた。


「危ない!」

 ミレーヌは咄嗟にトラヴィスの身体を突き飛ばしたのだが、トラヴィスがすかさずミレーヌの腕を掴んだので、一緒に地面に倒れる。


 結局、トラヴィスの上に倒れこんだミレーヌが、彼の胸から顔を上げたのと同時に、彼の頬スレスレをタガーナイフが通過し地面に突き刺さった。

 ミレーヌはその恐怖に青ざめていたのだが。


「ミレーヌったら、こんな所で押し倒すなんて、意外と大胆だね」

「もう、ふざけないで!」

 こんな時に笑顔でそんなこと言われても、冗談だと笑える心境じゃない。


「照れなくてもいいのに。お返しに襲い返してあげる」

「なっ!?」

 笑顔で襲ってきたトラヴィスにゴロンッと反転させられ、あっという間にミレーヌが下で、トラヴィスが上という体勢になる。


 その途端、二本目のタガーナイフが地面に突き刺さった。


 トラヴィスが体勢を変えてくれなかったら、自分の背に刺さっていたことに気付き、ミレーヌの頬を冷や汗が伝う。


「逃がさねーぞ!」

 多少傷物になっても捕まえろと、盗賊が血走った目で駆け寄ってくる。


「ミレーヌ助けて」

「えぇ!?」

 またしてもトラヴィスは、ミレーヌを盾に後ろに隠れた。徹底して、自ら戦う気はないようだった。


 ミレーヌはどうしようと焦って、そこらへんに転がっている石ころや、小枝を投げつけたが、両刀を使い襲い掛かってくる盗賊には、大したダメージになっていない。


「他の売り物は全部燃えちまったんだ。おまえらだけでも、売って金にしねーと」


 そんな事情に同情の余地はない。ミレーヌは一か八か、また腕輪の力を使えるか試してみようと、覚悟を決めていたのだが。


「その方を売るですって? 笑止、盗賊ごときがなにを言うか」


 ミレーヌたちにナイフを向けていた盗賊の腕を掴み止めたのは、トラヴィスを狙うレイドだった。

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