第10話 ヘタレ王子

 レイドからはなんとか逃げられたかが、辺りはすっかり暗くなっていた。

 そしてようやく、家々が並ぶ村らしき場所に辿り着いた……のだが。


「人が、いない?」

 村の入り口にあった看板は不敗して崩れているし、木と藁で出来た家々に明かりも灯っていない。どこも窓が割られていたり、ドアが破壊されている。


「大分前に盗賊にでも襲われて、崩壊してる村みたいだね」

 そんな物騒なことも、闇夜ノ国では普通なのだろう。トラヴィスは、なんてことないように話す。


「じゃあ、この村は出ましょう……くしゅんっ」

 冷たい夜風に吹かれ身震いしてしまう。本当はもう体力もなけなしだし、早く休みたかったのだが、盗賊に襲われ崩壊した村は、さすがに不気味で長居したくない。


「……オレ、もう疲れちゃった」

「ちょっ!?」

 長身の男が、背中にもたれ掛かってくる。

 もちろん振り向かなくても分かるが、トラヴィスだ。


「重たいわ!」

「がんばれ~」

「もう! トラヴィスのくっつき虫!」


 トラヴィスはミレーヌの身体に腕を回し、纏わりついてくるものだから、ミレーヌはずるずるとトラヴィスを引き摺って進む。


 困った人だと思ったが、背中から彼の体温が伝わってきて温かい。

 さっきまで感じていた寒さが、少し紛れた。


「トラヴィスの面倒見てたら、いつかわたしの身体が壊れそう」

「そうしたらオレは……どんな気持ちになるんだろう」


 物のたとえで言ったのに、本気でミレーヌの体がバラバラに壊れるところを想像している風のトラヴィスに、恐怖を覚える。


「じょ、冗談よ。これぐらいじゃ、壊れないわ! それより、早くこの村を出ましょう。森の中で野宿でもいいから」

「う~ん、でも……早く出られるかどうかは、ミレーヌのがんばり次第になりそうだな」

「え?」


 意味が分からなかったが、自分たち以外いないと思っていた村の物影から、何人もの男たちが姿を現す。

 目付きの悪い男たちは、にやつきながら手に持つ刃物をチラつかせ、こちらを威嚇してきた。


「……盗賊?」

 呟いたミレーヌに「正解」とトラヴィスが答えてくれた。当たっても嬉しくない。


 囲まれて様子を伺っていると、下品な笑い声を出し中肉中背の盗賊が歩み寄ってくる。


「いい身なりしてるな、兄ちゃん」

 トラヴィスの容姿を品定めし、次にミレーヌへ視線を移す。

 いやらしく舐め回すような視線だ。


「この女、なんか旨そうな匂いがしやがる。お頭への土産に持ち帰ったら、お喜びになるかもしれない」


(こ、怖い……)


「あれ? オレがキミにあげた魔力より、キミの匂いのほうが勝ってるみたいだ」

 トラヴィスが、首を傾げる。


「ああ、そっか……今のオレじゃダメなのか」

 そして、なにかブツブツ言っているが……。


 それってつまり、所有物の証を付けられたあげく、魔族たちに狙われる体質はそのままということだろうか。最悪だ。


「なぁ兄ちゃん、身包み有り金、そしてその姉ちゃん全部こっちに引き渡すなら、見逃してやるぞ」

「だって。どうする、ミレーヌ」

「どうするって言われても」


「おまえらに、選択肢なんてないんだよ。ほらっ、女はこっちに来い!」

 ミレーヌは無理矢理腕を掴まれ、トラヴィスから引き離されてしまった。


「いや、離して!」

 叫んだ瞬間、身体中の力が抜き取られる感覚がした。

 ミレーヌの腕を掴んでいた盗賊は、腕輪の力に弾き飛ばされそのまま倒れる。


「はぁ、はぁ……」

 しかしミレーヌも一緒に倒れそうになり、地面に膝を付く。

 なぜだろう。いつもは腕輪に守られていても、こんな風にならないのに。この疲労感が腕輪のせいなのか、違う原因なのか分からないが、ミレーヌは衰弱していた。


 盗賊たちは、いきなりのことに少し戸惑いの色を浮かべたけれど、それはすぐに納まり不敵な笑みを浮かべだす。


「これは面白い。妙な力を持つ女を捕まえれば、お頭さまにお褒めいただけるなぁ」


(どうしたらいいの?)

 この人数に囲まれた中、トラヴィスを連れて逃げるなんて無理だと思った。


「大丈夫?」

 いつの間にか傍にいたトラヴィスが、ミレーヌの腕を掴み、立ち上がれるよう支えてくれる。


「トラヴィス、ごめんね。わたし、今はもう腕輪の力が使えないかも……」

 不安で、心細くで、トラヴィスの顔を見上げると、彼は相変わらず涼しげな笑みを浮かべていた。


「そっか。じゃあ仕方ないね」

 そのどこまでも緊張感のない態度も、ここまでくると逆に尊敬する。


「さあ、来てもらおうか姉ちゃん!」

「離して!」

 叫んでも、やはりもう腕輪が反応してくれない。いつも守ってくれていた力を失い、ミレーヌは細身の盗賊に担がれてしまった。


「兄ちゃんは、その高そうな身包み全部差し出しな」

「その必要はない」

 意外にもトラヴィスは、盗賊の言うことを拒絶した。

 その態度に空気がピンッと張り詰める。


 ミレーヌはトラヴィスがついに、剣を鞘から抜き取るんじゃと思ったのだが。


「抵抗なんてしないから、オレもついでに攫ってよ」

「へ?」

 ミレーヌを含め、この場にいる誰もがトラヴィスの言葉に、一瞬きょとんと目を丸くする。


「だから、オレもついでに攫えって言ってるんだけど」

 随分高圧的な態度で恥ずかしげも無く、よくそんな台詞を言えたものだと、全員が呆れた。


「バカかおまえ。男なんか攫ったところでなんになるんだよ」

「なにか企んでるんじゃないだろうな」

 呆れ声の盗賊たちがそう言ったけれど、ミレーヌを担いでいる盗賊が待てと制す。


「いいじゃねーか、腰にある剣、抜こうともしないヘタレだ。たいした企みなどないだろう。このさい、この男ごと売り飛ばしてやろうじゃないか」


「そうだな。闇市に行けば、綺麗な男も需要がある。決まりだ」


(トラヴィス……自ら進んで手を差し出して、ロープで縛られる……もうっ)

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