第7話 はずれない腕輪


「ミレーヌ、まだ気持ち悪いの?」

「うぅ、誰のせいだと……」

 ドラゴンとお別れして数分後。まだ足に力は入らないし、胃はひっくり返っているような気分だ。


 ぐったりしたまま、ミレーヌは、小川の近くにある木に寄り掛かっていたのだが。


「ガァアァアァアッ!」

「今度は、なに!?」

「……魔物のお出ましみたいだね」

「ま、魔物!?」


 一休みさせてもらえることもなく、不穏な空気に包まれる。

 気が付けば、茂みから姿を現したのは、巨大なイノシシほどの大きさの、黒い剛毛に覆われた魔物が五体。


 後ろは小川で前には魔物、逃げ場がない。


「ガアァアァアァッ」


 魔物たちは飢えているのか、大きな口から牙を剥き出し、だらだらと唾液を垂らす。

 ミレーヌは、無意識にトラヴィスの服の袖を掴んでいた。


 そうして震えるミレーヌに向かって、トラヴィスは慌てることなく微笑む。

 思い返せばまだ一回も、彼が慌てふためいているところを見たことがない。


「トラヴィス、囲まれちゃったわ。どうするつもり?」

「ミレーヌが、オレのこと守ってくれるって信じてるよ」

「え?」


 何の恥ずかしげもなく、当たり前のようにトラヴィスは、ミレーヌの背に隠れる。


「いくらなんでも、仮にもどこかの国の王子が、女の子を盾にして後ろに隠れるってありですか!?」

 その腰にある立派な剣は、なんのために持ち歩いているのか。


「だってオレ、気弱でしょ? 争いごとも苦手な性格だし」

「絶対嘘!」

 今にも襲い掛かってきそうな魔物を目の前にして、余裕の笑みを浮かべている人が言う台詞じゃない。


「わたしだって、ただの無力な村娘なのよ。魔物相手に、どう戦えばいいかっ」

 まだ、話の途中だが、魔物たちが待っていてくれるわけもなく。

 一体の魔物が狼みたいな雄叫びを上げると、いっせいに襲い掛かってきた。


「いやーー!」

 ミレーヌは顔の前で両手をクロスさせ、目を硬く瞑る。

 その瞬間、頭の中が真っ白になって、バチバチと激しい火花が飛び散るような音が聞こえ……。


 ミレーヌとトラヴィスを守るように、またいつもの防壁が魔物を弾くと、魔物たちは動かなくなった。


 黒い剛毛に覆われているその身体からは、焦げたような煙が出ている。


「その力、やっぱり……」


 なにか呟いたトラヴィスと目が合い、ミレーヌはばつが悪い顔になる。


 自分でも分からない不思議な力で、いつもこうして助かってきた。

 こんな時、自分で自分が怖くなる。


「不気味でしょ……一瞬で魔物を倒しちゃうなんて」


 腕輪を庇うように俯いたミレーヌの手を、トラヴィスが強引に掴む。

 まじまじと腕輪を見られ、ミレーヌはなんだか居心地の悪い気持ちになった。


 けれどトラヴィスは腕輪に触れた後。


「気持ち悪くなんてないよ。魔物を一瞬で倒せる力なんて、すごいことだ」

 村では時に不気味がられていた力を、トラヴィスはそう言って拒絶しなかった。


「でもこの腕輪……いつ、誰にもらったのかも覚えてなくて」

 そういう意味でも、ミレーヌはこの力が怖い。


「なにも覚えてないんだ……」

 じっと目を見つめられた。その目が、なぜか残念そうに見えるのは、気のせいだろうか。


「覚えて……ないわ。わたし昔ね、魔族に襲われて殺されかけたことがあって、その前後の記憶が曖昧なの」


 なぜか、幼い時からミレーヌは、魔物に狙われる体質だった。

 ミレーヌの両親は、そんな彼女を庇い亡くなってしまったし、その後も魔族には怖い目に遭わされてきた。この腕輪をつけられるまで。


「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ご信用の腕輪なんて、こっちの国では良くあるものだし、なにも不気味じゃない」

 キミを大切に想う誰かが、プレゼントしてくれたんじゃないかと言われ、ミレーヌは考え込む。


 両親はもういないし、弟ではない。村長でも村の誰かでも……そう思い返し、ぼんやりとしたシルエットが自分の中に浮かんでくる。

 殆ど思い出せないけれど、誰か自分を気に掛けてくれていた人が、もう一人いた気がした。


 その人を思うと、胸の奥が温かくなってゆく。


「そう、なのかもしれない。この腕輪は、誰か大切な人にもらったもののような気がするわ」

 今まで不気味にしか思えなかったものなのに、不思議な気持ちだ。


「そっか……とりあえず、いつまでもここにいるのは危険だ。先に進もう」


 腰に手を添えられエスコートを受ける。

 ミレーヌは頷き、また歩き出したのだった。

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