第3話 かわいい自慢の弟
住みやすいよう改築してあるとはいえ、豚小屋は豚小屋。料理を作るには、村長宅の台所をお借りするしかない。
またザラに見つかったらうるさいので、どんちゃん騒ぎが聞こえる部屋の前を、こっそり通り抜け、持参した材料でリゾットを作り出す。
と、そこで後ろに人の気配を感じた。
「姉さん、なに作ってるんだよ」
「わぁ、キア!?」
知らない男の人を拾ってきたなんてばれたら、長いお説教をくらいそうで慌ててしまう。
「なな、なんでもないのよ。ちょっと小腹の足しに夜食が食べたくて、それでその、これは自分用なわけで」
「……また、ザラさんに意地悪言われた?」
見知らぬ男を拾った件は、バレていないようだが、別件について見透かされ、ぎくりとした。
「それでお金のこととか考えて、居づらくなったから、途中でパーティー抜け出したんだろ」
「そ、そんなこと……もう夜も遅いし、寝不足はお肌によくないと思って。ただ、それだけよ」
「こんな時間から食う方が、肌によくなんじゃないの」
「うっ」
なにも言い返せない。そんなミレーヌを見てどう思ったのか、キアは、なにか言いたそうだった。
「ごめん。ボクが学校に行きたいなんて言い出したから、大変な思いさせて」
「え、どうしたの急に。なにも大変な思いなんて」
「姉さんだって一応年頃の女の子なのに、着飾ることもしないで、あかぎれだらけで働いて」
「なに言ってるの。そんなの全然平気よ。だいたいお姉ちゃんなんか着飾ったって、たかが知れてるもの。だからこの格好で十分」
いいながらも、古く色あせた若草色のスカートはつぎはぎだらけで、靴も色がはげてきているし、キアはそんなミレーヌをいつも不憫そうに見ていた。
そんなこと気にしなくていいのに。良く出来た弟が初めて言ってくれた我侭が「魔法学校に行きたい」だったのだから。その願いを叶えてあげられるなら、おしゃれなんて二の次でいいと思えるのだ。
「ねえ、キア。改めて、よかったね。入学おめでとう。わたし本当に嬉しいのよ」
満面の笑顔でそう伝えると、キアは少し照れたのか、頬をかきながら「ありがとう」と言う。
「立派な魔法使いになって戻ってくるから。そうしたら……いっぱい姉孝行させてね」
「キア~」
「うわっ、抱きつくなって」
感極まったミレーヌに飛びつかれ、小柄なキアはよろけてしまう。
いつもの二人のやり取りに、いつもと同じように二人で笑い合った。
このささやかな幸せのためなら、少しの貧乏ぐらいどうってことないとミレーヌは思えるのだ。
手早くリゾットを作り、トラヴィスのもとへ戻ったミレーヌだったが。
「あの……自分で食べていただけると助かるんだけど」
「えー、オレ、病人だから重くてスプーンなんて持てないよ」
「も~、持てないわけないでしょう」
「持てないってば、だから早く。あ~ん」
なぜか食べさせてあげるはめになった……さっきと比べ、かなり元気になった様子だけど。
黙っていればクールな印象を受けるのに、大きく口を開けて、食べさせてもらうのを待っている姿はどうみても大きな甘えん坊だ。
(さっきまでの、威圧的な態度はなんだったの?)
「はぁ……はい」
あ~んだなんて、弟が赤ちゃんの時に食べさせてあげた記憶しかない。
「おいしい。庶民の食べ物もなかなかいけるね。ミレーヌが料理上手なのかな」
そういいながら、作った分全部平らげてくれた。
さっきからの発言を聞くに、トラヴィスはどこかの貴族とかなのだろうか。
たしかに身のこなしも優雅だし、容姿は文句の付け所のない王子様だ。
そんなことを考えながら、また彼を観察してしまったけれど、目が合っても先程のように睨まれることはない。それどころか微笑まれる。
「トラヴィスさん、お家の人が今頃、心配してるんじゃ」
「まさか。オレのこと心配してくれる人なんて……ミレーヌしかいないよ」
「そんなこと、えっ、わっ!?」
いきなり腕を掴まれ藁のベッドへ引きずり込まれた。
突然のことに身体を強張らせ、怯えた表情を浮かべるミレーヌだが、トラヴィスは一切それを気にしていない。
「ミレーヌ、オレ寒い。このまま一緒に寝よう。温めてよ」
「見知らぬ男女が、同じベッドの中で一夜を過ごすなんて、絶対ダメです!」
「……大丈夫、ベッドじゃなくて、藁の中だし」
「そういう問題ではなくて」
「それとも、ミレーヌは寒がってる病人に、添い寝もしてくれない冷徹人間なんだ」
「もうすっかり元気に見えるんですけど」
「あぁ……寒くて……凍え死んでしまうかも」
あからさまな棒読み口調で訴えられても……。
「それなら、子豚ちゃんを抱きしめると、温かくていいですよ」
「人肌じゃないと、寂しくて死んじゃう」
「もう……簡単に死ぬとか言わないでください」
そんなの嘘だと分かったけど……ミレーヌは、抵抗するのをやめる。
「ふふ、キミってやっぱり優しいね」
「そんなことないわ……それより! 絶っっっ対に変なことしないでくださいね」
「変なことって、どんなこと?」
「そ、それはっ」
言葉を詰まらせたミレーヌを見て、トラヴィスはにやりと笑った。
「ふふ、大丈夫。今日は、まだ、なにもしないことにするよ」
『今日は』と『まだ』を強調するところに、不穏さを感じたが、どうせ今夜限りの出会いだと思うので、それ以上深く突っ込むのはやめた。
腕の中で大人しくしていると、トラヴィスは満足そうだ。
「温かい……ミレーヌってお母さんみたいだね」
今度はなにを言い出すかと思えば、こんな大きな甘えん坊産んだ覚えはない。
「オレさ、母親の記憶ってないから良くわかんないけど、ミレーヌは将来良い母親になるよ、きっと」
「ありがとう……」
同世代と思われる青年に「お母さんみたい」なんて言われても、なんだか複雑な心境だけど、とりあえず褒めてくれているようなのでお礼をする。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
トラヴィスは約束通り、抱き締める以上のことは、してこなかった。
暖を取られているだけだと感じ、警戒心剥き出しだったミレーヌも、そのうち気が緩み眠りに付いていた。
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