第1話 空から美青年が降ってきた
林で襲われた、その日の夜。
「はぁ……お金が欲しい」
お祝い会を抜け出し切実な願いを零しながら、ミレーヌは流れ星にでも願えないかと、小屋の前で星空を見上げていた。
弟のお祝いの席で学費の心配をしてくれた村長に、大丈夫だと胸を張って言ってしまったけれど、正直都会で弟に不自由しない生活をさせてやるのは厳しい。
「うぅ、本当は少しも大丈夫じゃないけど」
むしろ明日のご飯だってままならないほど、我が家は火の車だったりする。
「でもでも……キアのためだもの」
両親がいないからって、お金がないからって、弟にだけは苦労させたくない。その思いだけが、どんなに辛い生活にも、挫けないでこれたミレーヌにとっての姉のプライドだ。
その時、春の夜風が色素の薄いミレーヌのアプリコット色の髪を、すくいあげるように吹いたので、ミレーヌは長髪を押さえながら再び星空を見上げた。
「あっ、流れ星!?」
雲ひとつない満面の星空に、伸びる光の線。
ミレーヌは慌てて瞳を閉じ、あかぎれだらけの両手を合わせて、願い事を唱える。
「お金が空から降ってきますように、お金が空から降ってきますように、お金が」
そんな切実な願いとは裏腹に、とんでもない事件がミレーヌの元へ降って来るなんて、この時の彼女は思ってもいなかった。
ドサッ!!
なにか重たいものが地面に叩きつけられる音に、驚き目を開け固まる。
強く願ったとおり、空からなにか降ってきたようだった。ただし、それは。
「お金じゃない……」
降ってきたものは、一部金ぴかに見えるけれど、お金じゃない。
この辺りには、何かが降ってくるような高い塔などないのに、一体どこから降ってきたのか。
その降ってきたものに、ミレーヌは息を呑む。呻き声をあげ背を丸め倒れているのは、たぶん自分とそう歳の変わらぬ青年だった。
お金ではなかったが、その人の髪は艶やかに輝く金髪で、眩しいほどに美しい。
と、見惚れている場合ではない。
「あの、大丈夫ですか?」
「……いってぇ」
恐る恐る声を掛けると、青年が身じろいだ。意識は失っていないようだ。
顔を覗き込んだ瞬間、目が合う。清んだ海のように青い瞳にドキッとする。
(なんて美青年……)
青白い顔色は少し心配になったが、顔立ちは作り物のように整っていて、見惚れるほどに美しい。
スクッと立ち上がった青年を見るに、ひどい怪我はしていない様子だ。
それにしても長身なうえ、すらっと伸びる長い脚。身につけているものすべて、極上の生地や装飾品だと、目の肥えていないミレーヌでも分かるほどだ。
(まるでおとぎ話から飛び出してきた、白馬に乗った王子様みたいだわ)
「……なに?」
あまりにも見惚れてしまったせいか、彼は訝しそうな目で、こちらを一瞥する。
そんな些細な表情や仕種でさえ優雅に見えた。
「いえ、なんで空から降ってきたのかなって」
「そんなこと、オマエに話す必要ある?」
ミレーヌに警戒しているのか、鋭い目付きは背筋が凍る迫力がある。
「目障りだ。オレの前から去れ」
(むっ、そっちが勝手に降ってきたくせに)
そう思ったけれど、視線で殺されそうな迫力に押され、ミレーヌは言葉を飲み込む。
お望みどおり立ち去ろうとしたが……どうも顔色の優れない青年が、息苦しそうにしているのが気がかりだった。
「あの、具合は大丈夫ですか?」
しかし、熱があるのか確かめようと伸ばした手を、思いっきり払われる。
「気安く触るな、無礼者」
その右手の甲に擦り傷が見えた。さすがに上から降ってきて無傷ではないらしい。
というか、擦り傷程度で済んでいるなら奇跡だ。
青年は明らかにこちらを警戒し、野犬のような目で威嚇してくるけれど、弱っている人を見るとなんだかほっとけなくなってしまう。
弟にはそれでよく、お人好し過ぎると注意されるぐらい……。
「手……あとで消毒したほうがいいですよ」
ちょっと強引に青年の右手を掴み、ハンカチを巻きつけた。
やはり彼の手はかなり熱い。熱がある人を、このままほうっておいて大丈夫だろうか。
「余計なこと、を……」
「きゃっ、しっかりしてください!」
ミレーヌを最後まで睨みつけていた青年は、しかし、力無くぐったりとこちらへ倒れこんできた。
「お、重っ、どうしよう」
「オレの事は、ほっといて、くれ……」
辛そうに呼吸を乱し、それでも威嚇するように牙を向ける。
牙……それは物の例えではなくて、青年には、本当に噛み付かれたら突き刺さるだろう犬歯があった。
ゾクリと肌が粟立ったけれど、青年はもう完全に意識を失っている。
「しっかりしてください……うぅ、どうしよう」
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