空から降ってきた美青年を拾ったら、魔族の国の王子様でした

桜月ことは

プロローグ

 日の暮れ始めた林の中を、ミレーヌは息を切らせて駆けていた。

 薄暗い林の木々がざわめいている。なにか良くないことが起きる気がした。

 ミレーヌのこういう予感は当たるので、早くここを出ようと気持ちが焦る。


「はぁ、はぁ、きゃあっ!?」

 地面の小石につんのめり、籠一杯に摘んだ野イチゴをばら撒いて転ぶ。


「せっかく集めたのに」

 今日は弟のお祝いの日。優秀な生徒しか入れない都会の魔法学校へ入学が決まった弟に、彼の大好物のケーキを作ってあげようと思っていた。

 よくない気配が近付いてくるけれど、ミレーヌは必死で野イチゴを掻き集め、再び籠に詰め込んで立ち上がる。


 しかしそこで囲まれた。


「っ!?」


 蝙蝠の群が急降下してくる。蝙蝠は魔族の使い魔と言われている生き物。

 耳障りで不吉な鳴き声に、ミレーヌは耳を塞いで蹲るが、牙を剥き出した蝙蝠たちが、一斉にこちらに向かって襲い掛かってくる。


 その瞬間、右腕に付けている腕輪が閃光し、ミレーヌを守るように光の防壁が取り囲む。

 威勢のよかった蝙蝠たちは防壁に弾かれ、その光にやられるようにして、ボタボタと地面に落ち動かなくなった。


「まただわ……」

 いつも、この外すことのできない腕輪に守られ、ミレーヌはそれを不気味に思う。

 だから、その光景から目を逸らすように、振り返ることもなくその場を離れた。


 誰に貰ったものかも、いつからしているのかも思い出せないこの腕輪を見るたび、ミレーヌは不安な気持ちになるのだ。


 けれど村に戻る頃には、いつも通りに振舞わなければ。

 だって今日はせっかくの、お祝いの日なのだから。




「きゃっ」

 もう少しで村に着く、林を抜けた細道で、ふくよかな女性とぶつかった。

 不機嫌な顔をした知り合いの女性が、肩を擦って立っていた。


「前も見ないで危ない子だね」

「ごめんなさい、ザラさん」


 お世話になっている村長の娘さんだった。正直あまり自分は、好かれていないのだろうなと、鈍感なミレーヌでも察せられるような態度の女性だ。


「汚い格好して、あんたまた変なのに襲われたんじゃないだろうね」

「い、いえ。これはただ転んでしまっただけで」


 野イチゴの入った籠を抱きしめながら誤魔化す。

 襲われたなんて言ったら、余計にこの人の機嫌を損ねてしまうから。


「なんだい、その大量の実は」

「あ、キアにお祝いのケーキを作ってあげようと思って」

「ふん、聞いてるよ。おかげであたしまで、料理の調達係をさせられて迷惑なこった」

「ご、ごめんなさい」


 村長主催のお祝い会は、村長宅で行われるため、ザラも準備で忙しいのだろう。いつも以上に不機嫌に突っかかってくる。


「だいたいさ、金もないのに都会の学校に行かせるなんて大丈夫なのかい? いっとくけど、金の世話まで家に頼らないでおくれよ。住む場所や食事だって、世話してやってるようなものだったんだからね」


「は、はい。それは大丈夫です。キアは優秀だから奨学金も出るし、わたしも出稼ぎして仕送りをしようと思っていて」


「それはいいね。早々と自立して、この村から出てっておくれよ。あんたが来てから、やたらこの村に蝙蝠やら、狼やらでるようになったし、不気味でしょうがないよ」


 それだけ言うと、ミレーヌから顔を背け、ザラは村へ先に行ってしまった。


 カァー、カァー。


「っ!?」


 遠くの方から聞こえるカラスの鳴き声に、ミレーヌは身を竦め、慌てて自分も村の中へと駆け出す。また闇のモノたちに襲われないうちにと。

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