第二章 特別じゃない贈り物
第一話 年明けの再会
年明けの寒さが一層厳しくなってきた今日この頃。俺の職場である城下町の食堂は、いつもに増して混雑していた。
「セディ、ぼやぼやしてるな! これ7番テーブル!」
「はいっ、ただ今!」
厨房に続くカウンターから無造作に手渡されたのは、湯気の立つオニオンスープが入った深皿と、焼きたての骨付き肉がのった鉄板の皿だ。
(くっそ重てぇ……)
料理を運ぶトレーの両端をしっかりにぎりしめ、慎重な足取りで指定のテーブルを目指す。もうかれこれ何往復しただろう……運んでも運んでもきりが無いほど注文が殺到するのは、店のオーナーにとっては売上が伸びて、さぞ喜ばしいことだろう。
(まあだからって、俺たち下働きの給料が上がるわけじゃないけどさ)
さいきん厨房の手伝いだけでなく、フロアにも出るようになった。日が暮れた一番混雑する時間帯になると、出来上がった料理をせっせとテーブルまで運ぶ。人手はいくらあっても足りない。
運んでいる料理は見るからにうまそうで、存分に目を楽しませてくれるが、テーブルへ運ぶ作業は正直きつくてげんなりする。オーブンから出したての、鉄板にのったステーキは、うっかり皿の端に触れると火傷するし、熱々のスープをなみなみ注いだ深皿は、ステーキとあわせるとかなり重い。
(くそっ、半分食って軽くしちゃえたらなぁ)
そんなことを心の中でぼやきながら運んでいたら、団体客の中に見知った顔を見つけた。
(あれ、店に来るなんてめずらしいな)
奥の四人がけのテーブル席に着いたのは、バルテレミー第五部隊の隊長ベルンハルト・アーベルだった。第五部隊は市井の警備や治安を担当し、不法労働にも目を光らせている。きっと巡回の合間の、休憩時間だろう。
俺は以前からアーベルに目をつけられていて、ことあるごとにつかまっては説教をされていた。要するに俺にとっては面倒でやかましい、非常に厄介な存在だ。
アーベルは同じ隊服姿の同僚たちと一緒に料理を囲み、いつもよりリラックスした様子で、相手の話に相槌を打ちながら食事をしていた。銀色の前髪からのぞく端正な横顔は、俺の前ではいつも気難しそうなしかめ面なのに、今は仲間と食事しているせいか表情はやわらかく、ときおり笑顔すら浮かべている。
(一応あいさつぐらい、しといたほうがいいのかな……)
そう思いつつも、注文が次から次へと入るから手を止めることができず、あいさつする暇がない。他のテーブルへ向かう途中、一瞬だけアーベルと目が合った気がしたけど、そのとき三つの料理を同時に運んでいたため自分の手元から目を離すわけにはいかず、ちゃんとたしかめることもできなかった。
(そういや年末以来、会ってなかったな)
実は年末の仕事帰り、アパートまで送ってくれたアーベルからマフラーを借りたままだ。自分としては、なりゆきで借りただけで、あとから返すつもりだったのに『返さなくていい。使うも捨てるも好きにするがいい』と素っ気なく言われた。
もちろん、捨てるなんてもったいないことはせず、ありがたく使わせてもらっている。
(それに、泊まらせてもらったお礼もまだだったな)
なりゆきで、年末から新年にかけて、第五部隊の事務所に泊まらせてもらった。本当は事務所ではなく、アーベルの屋敷に泊まらせてもらうはずだった。しかし道の途中、繁華街で酔っ払いによる傷害事件が発生し、年末年始で人手が足りない中、隊長であるアーベルも現場へ向かうことになったため、当初の予定を変更せざるを得なかった。
事情を知った俺は、そういうことならと自宅へ引き返そうとしたが、アーベルに『うちの事務所のほうが近い』からと押し切られ、半ば強引に第五部隊の事務所へ連れていかれ、そこに一晩泊まらせてもらった。
後日アーベルからは、なぜか謝罪の手紙が届いた。俺からしてみれば、タダで事務所に泊まらせてもらったので、感謝こそすれ不満はない。しかも夜食として渡されたコーヒーとサンドウィッチはうまかったし、案内された宿直用の仮眠室は温かったし、厚手の毛布に包まって久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
(年明けから、向こうも忙しそうだよな)
年明けは、城下町ではイベントも多い。しかも来週は、新年を祝う大規模なパレードが催される予定だ。城下町はお祭り騒ぎになるから、第五部隊は警備や取り締まり等でここ数週間はバタバタに違いない。ちなみにうちの店も、例年どおり祭りに出店する予定で、俺も少しだけ手伝いをすることになってる。
「セディ、このスープは二番、こっちのデザートを八番テーブル!」
「はいっ……あ、そうだ。あとデザート四つお願いします」
「追加注文か?」
「いえ、俺からです。知り合いが来てるんで。給料から引いといてください」
従業員は、家族や知り合いが来店したとき、ツケで追加注文して、後日給料から天引きしてもらうことができる。金額も従業員価格で割安となるから利用者が多いが、俺が利用するのは今回がはじめてだ。
「ほらよ、サービスしといたぞ」
「ありがとうございます!」
俺はほくほくしながら、心持ち多めに盛られたデザート四人前をトレーにのせ、アーベルたちの席へ向かった。
「セディウス・ゾルガー……!」
いち早く気づいたアーベルは席から立ち上がると、俺の抱えているトレーに手を伸ばした。
「すいません、お客さんなのに手伝わせちゃって」
「いや、それはかまわないが……これは注文していないぞ?」
テーブルに並べたプディングに、アーベルは眉をひそめた。
「俺からのサービスです! ここのチョコレートプディングは人気なんで、ぜひ食べてみてください」
「えっ、おい……」
「あと、あらためて年末はお世話になりました。夜食をふるまってくださった事務所の人たちにも、よろしくお伝えください。じゃ、俺まだ仕事ありますんで!」
まだ何か言いたそうなアーベルをその場に残し、俺はテーブルから逃げるように厨房へ戻った。そろそろ皿洗いの手伝いをする時間だから、奥へ引っこむにはちょうどいい。
(ふふ、驚いてたな)
泡のついたスポンジで皿を洗いながら、俺はいたずらが成功した子どもみたいにクスクスと笑った。
深夜になって日付の変わるころ。厨房の裏口から外に出ると、久しぶりにアーベルの姿があった。
「……またかよ」
「それはこちらの台詞だ、セディウス・ゾルガー」
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