第53話 兄妹

中央の無元素エリアで激しい攻防を繰り広げる陽那と澄歌。2人は中央から離れ、森林エリアと火災エリアの二つと接する境へと近づいていた。


(囲まれたらまた連携が来る……!このまま何とか森林エリアへ行く! )


五行の強化は術同士や物質と術が触れている必要がある。故に木片に水を纏わせて投げたり、枝や木の葉を巻き込んだ水流による攻撃ができると考える澄歌。


だが……。


(澄歌ちゃんの狙いは森林エリアで術の強化? あたしも五行は水だから差が出ないと思うけど……地形戦が目当てってとこかな)


陽那の読みは当たっている。同じ水の五行が相手ではどちらも相性の恩恵を受けられる。だから初めからそれが目的では無かった。


澄歌の狙いは障害物の多い森の中で鞭や式神の動きを制限する事。


それらをなぎ倒して攻撃してきても、どこから来るか分かりやすい分対応も早くできると考えていた。


陽那は思考を凝らしつつ澄歌を鞭と式神で追い立てる。それを躱し、或いは受け流しながら澄歌は森林エリアへ向かう。


だがそれを黙って見ている陽那では無い。


「させないよ」

「っ!」


澄歌の進行方向に山羊が現れた。建物の上を飛び移るように進ませ先回りさせたのだ。


その突進を辛うじて躱したが、澄歌の足が止まる。


「ガォォォッ!」

「はあぁぁぁ!」


そのチャンスに陽那の鞭とヒグマの爪が振るわれる。


──たった一手。


その一手が致命的になるのが戦いというものだ。そしてチャンスとピンチは表裏一体。


(だから、油断はしない!)


「『剛鞭八岐ごうべんやまた』!急急如律令!」


陽那の鞭から水の鞭が八つに枝分かれし、澄歌の全身を打っていく。怒涛の連撃に怯んだ所へヒグマの重い一撃がモロに入る。


澄歌は硬い地面を受け身も取れず転がって行き、森林エリアへと入る。


「くっ……! まだ……!」


木にぶつかった事で止まった澄歌。何とか立ち上がるが、全身を痛みで苛まれ足元はふらつく。


正に満身創痍。


陽那は尚攻撃の手を緩めない。ヒグマと山羊を正面から最短距離で向かわせる。


(痛い……体、重い……! 動け! このままじゃ負ける……! 負けるのはダメ……だって……)


「私は、お兄様の……!」




─────────────────────────


───お兄様は私の特別だった。


武見家は代々雷神を祀る家系。そうなったのは雷神の権能の一部をたまわったから。即ち特質陽力の雷だ。


だから当主になるのはその相伝の特質陽力を継いで生まれた者にのみ認められる。


私は武見家の末の妹として生まれ、特質陽力を継いで居なかった。


物心ついた頃はその重要性に気が付かなかったが、段々と継いでいる者とそうでない者との違いを知った。


親や兄弟、家を手伝う仲居達。普段の振る舞いは普通であったが、こと陰陽術に関しては違った。


そもそも家督を継ぐ権利の無い私。しかし問題はそれだけでは無い。


特異体質により身の丈以上の力を初めて振るえた時は皆驚いていた。かくいう私もだったが。


だがそれはその一瞬だけであった。


放出型の術を使えば陽力が空っぽになるという致命的な問題。


それを解決しようと憑依型の術を習ったが、私はそれが苦手であった。


「無理しなくていいよ」

「澄歌の五行は水だから、お兄様達を真似する必要は無いさ」

「そうそう、澄歌は澄歌の力を使っていきなさい」


皆はそんな耳障りの良い甘ったるい言葉を私にかけた。でも……言葉に含まれた憐れみや失望は子供ながらにも感じられた。


そんなものは優しさなどでは無い。ただの欺瞞だと思ってうんざりしていた。




それでも……秋お兄様だけは違った。


「澄歌、あれから体は大丈夫? 痛い所とか無いか?」


「陰陽術とか勉強とか、分からないことはなんでも教えるよ。もちろん澄歌が望むなら」


お兄様は長男と同じように特質陽力を継いでいた。相伝の陽力では無い私などに構う必要無いのに、よく私の世話を妬いてくれました。


「おお……! もうこんなに術を使えるようになったのか! 凄いぞ!」

「そんな……お兄様が優しく教えて下さったからです」

「澄歌は将来有望だね」

「えへへ……♪」


苦手だった憑依型の術も根気よく教えてくれて……私の成長を自分の事のように喜んでくれる。


上手くできた時には沢山褒めてくれて、陽だまりのような笑顔を向けてくれる。


そんなお兄様が大好きになっていった。


お兄様に追いつきたくて、沢山頑張った。


日に日に強くなるお兄様への想い。


去年の年明けからは、遂に内緒で同じ学校に入る為に試験を受けました。飛び級で入る為設けられた試験はかなり厳しいものでした。


ですがお兄様に教わった知識と技術を活かし合格を勝ち取ったのです。


当時お兄様は住み込みで師匠の元へ行っており、本家には居ませんでした。だから合格を直接伝える事は出来なかった。


「お兄様、今大丈夫かな? 連絡したらびっくりするかな?……そうだ! お兄様と、そして私の入学祝いとしてサプライズにしよう!」


天陽学園に入ってから驚かせてあげよう。そしてうんと褒めて貰おうと思いました。





ですが、当日の天陽学園にはお兄様は居ませんでした。


後から聞いた話ですが、お兄様は師匠を目の前で亡くされていました。そしてその遺言を受けて天陽院の方へ入ったと。




入学から数日後、私は直接お話ししようと早退し、天陽院へ向かいました。


そこに居たのは……お兄様と陽那さん。


2人は仲睦まじく話しており、お兄様は彼女に私に向けていたような……いや、それ以上に見える笑顔を浮かべていました。


まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃がありました。そして、私の中からドス黒いものが滲み出る感覚も……。


私は逃げるように帰ったのを覚えています。


その日から、あの光景が忘れられず……夢にまで見るようになりました。


その度に私の頭を黒い感情が支配する。


あの笑顔は私のモノ。許せない……私のお兄様を。私の特別はお兄様。そしてお兄様の特別は私なんだ……!


リフレインする記憶と感情でどうにかなってしまいそうだった。


だから、今日付き合って居ないと聞いた時は安心した。それと同時に、1ミリも変わって居ない自分の醜悪さに嫌気が差した。


陽那さんを倒したいのも、高尚な理由じゃない。


お兄様に認められたい、お兄様に笑顔を向けて欲しい、私だけを見て欲しい、お兄様に相応しいのは私。


お兄様……お兄様、お兄様……!お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様……!


この想いは、もう自分でも止められない……!


私を見て下さいお兄様……!


─────────────────────────


「な、何……この陽力……!」


(下手したら空ちゃんより……!)


陽那と式神は澄歌が放つ圧に思わず静止する。澄歌の体から溢れた膨大な陽力は体外に出た瞬間水に変質していく。


「くっ! させない!」


陽那は大技と見て式神で発動前に潰す事を選択。再度突撃の指示を出す。




──誤算。




本来大技を行う場合、それに見合うような準備が必要だ。


刀印、詠唱、術名、末尾詠唱……そう言った補助に加え、陽力そのものを変質させる強固なイメージ。


そして術が形作られる時間、狙い澄ます照準など工程が幾つも必要だ。


だからこそ、それらを鍛錬で簡略化する者が高い評価を得る。だが同時にそれが容易ではないのは陽那も知っていた。


しかし……。




「『丹生川龍にゅうせんりゅう』! 」


術名だけを唱えられた水は瞬時に龍を形作る。陽那の予想を超えた速さで撃ち出されたそれは、2体の式神を一瞬にして呑み込んでしまった。


そして時間を置かず、同じように陽那の居る場所を容易く呑み込むのだった。


地鳴りのような音と衝撃を響かせる水龍。


破壊を尽くしたそれはやがて形を崩していく。


澄歌の前方には蛇行するように大きく抉られた地面、薙ぎ払われた木々の残骸が広がっていた。


龍であった水がそこを流れる様子は、地上に新たな川を生み出したかのようであった。


「はぁ……!はぁ……!」


(やった……! 私は、陽那さんに……!)


大きく息を切らす澄歌は勝ちを確信していた。


だが、直ぐにその上空に強い陽力の圧を感じ取った。


「っ! あれは……!」


見上げた上空には、陽那が鞭を構え澄歌を見下ろしていた。


(どうして……! 避けられる筈が……!)


龍が迫るより早く陽那は獅子の式神を召喚していた。


普段から思念で複数の式神召喚も行う陽那には式神1体生み出すのは然程苦労しなかった。


そしてその背に乗って共に跳躍、限界点で陽那は獅子を踏み台に更に跳躍したのだった。


(今度はあたしの最大最強を見せてやる!)


「『水禍剛球すいかごうきゅう』! 急急如律令!」


刀印を結んだ陽那。鞭の先端に集まる陽力が巨大な水球となる。それは落下の勢いと共に、澄歌に振りかぶられた。


「……っ!」


直撃すればタダでは済まない大技。それを前に突如、澄歌は俯きその体を脱力させた。


陽那はそれを見て急遽鞭の軌道を大きく逸らす。水球はあらぬ方向へ着弾し、大きく水柱を上げた。


陽那は澄歌の前へと軽やかに降り立った。澄歌は立ち尽くしたまま。相対する2人の間には沈黙が流れ、そこへ水柱から水滴が雨のように降り注ぐ。


「……なんで、諦めたの?」


陽那は真意を問う。澄歌は雨に打たれながらゆっくりと口を開いた。


「私は、特異体質……なんです。陽力炉心が他人とは違って……放出型の術を一度でも使うと、全ての陽力を使い果たしてしまうんです」


陽力炉心は言わば貯水タンクのように陽力を貯めているモノと言える。それに内包された陽力を人は陽力出力という、個人個人でサイズの違う蛇口を捻るように引き出している。


だが澄歌は放出型の術に限り、貯水タンクをひっくり返したように陽力を引き出す。


当然、内包陽力はその一回で尽きる。その代わりに陽力出力以上の力を引き出す事が出来ていたのだ。


陽力炉心は言わば見えない内蔵。体の一部として考えられる事から、特異体質と言われても陽那は納得した。


(さっきの……この子の実力から考えられないくらい、簡易的な工程で桁違いの威力になったのも合点がいく……)


「そっか……じゃあ諦めた訳じゃなくて、そうするしかなかったんだね」


陽力が尽きれば術者はただの人間。陽力を纏う人間に正面から到底敵わないのは道理である。


「……私は、お兄様が特別でした……そして、お兄様も、私を特別に思ってくれてると……考えてました。でも……」


今まで向けられていた笑顔。それは自分だけのものだった。


だがそうでは無い事をもう澄歌は知っている。


「お兄様にとっての私は……何なのでしょう?」


進路を天陽院に変えた事を何も知らされず、思い出の笑顔も唯一のものでは無かった。


だから、秋にとっての自身の価値が分からなくなったのだ。


「澄歌ちゃんを知ったのは昨日だし……具体的には分かんないや」

「……そう、ですよね」


予想していた答え。それに落胆する澄歌。


「でも……」


しかし、続く言葉に思わず顔を上げた。


「澄歌ちゃんが彼にとって大切な妹っていうのは分かるよ。だって廊下で嫌な顔せず受け止めたでしょ? 人目もあったのにそうできるのは、相当妹大好きじゃないとできないと思うな〜?」

「あ……」


人目も憚らず全速力で飛び込んだ澄歌を秋は優しく抱きとめた。そしてまた……幼き日より変わらない笑顔を向けた。


内心その笑顔は澄歌以外にも向けられると不貞腐れた。だが陽那の言う通りである。


「お兄様は……私の事……」

「ま、本人に直接聞きな? それに……私達はいつ会えなくなってもおかしくないんだから」


陽那の脳裏には1人の少女の姿が浮かぶ。共に夢を語らい、共に歩んでいた友。


その者はもうこの世には居ない。


陰陽師は常に危険と隣り合わせ。どれだけ幸福でも、次の日には居なくなる事も十分有り得る。


その言葉の重みを、いつかの響のように澄歌は感じ取る。


「だから、ちゃんと兄妹で腹割って、ちゃんと向き合おう? ……ね?」

「陽那、さん……うぅっ……! ぐす……! は、はい……!」


陽那の優しい言葉と頭を撫でるその手の温もり。それに涙を流しながら頷くのだった。



武見 澄歌───リタイア。

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