第52話 陽那VS澄歌
バトルロワイヤルは既に20分が経過していた。
各地で戦闘の衝撃や音が響いている。中央の結界で出来た白い街中でもそれは感じられた。
しかし陽那は普段と変わらないような足取り、尻尾を揺らして悠々と歩いている。
幾度目かの角を曲がり大通りに出ると、何を思ったのか陽那は立ち止まった。
「ね〜? そろそろ出てきて欲しいな〜?」
陽那は虚空に問いかける。それに返事は無かったが反応はあった。陽那の後方……右の路地から息を飲む何者か。
その者は観念したのか、物陰からゆっくりと姿を現したのだった。
「あ、なんだ澄歌ちゃんじゃ〜ん? やっほ〜」
「
現れたのは
スタート直後から陽那は視線を感じており、いつ仕掛けてくるのか泳がせてみていた。
(秋くんと同じで結構慎重派なんだね〜)
兄との繋がりを感じて陽那は面白く思う。それが表情に出ていたのか、澄歌はやや不服そうに眉を潜めた。
「……手合わせ、願えますか?」
「うん、いいよ♪ てかバトロワなのに奇襲しないなんて律儀だね? お兄さんに似たのかな?」
「……そう、かもしれません」
陽那は少し間があった返事に疑問を抱く。しかし構える彼女を見てその疑問を頭の片隅に追いやった。
2人の間ではバチバチと視線がぶつかり合う。
戦闘開始……の前に、陽那は彼女に言って置くべき事を思い出した。
「あ、やり合う前に1個いい?」
「な、なんでしょう?」
緊張した空気から一転、軽い雰囲気に逆戻りした陽那。それには澄歌も思わず気が抜けてしまう。
だが次の瞬間、ただならぬ雰囲気を感じとる。大きく勢い吸う陽那。そして紡がれる言葉は……。
「あたし、秋くんと付き合ってないからーっ!」
「……え?」
鬼気迫る様子から予想できない、突拍子も無い言葉に澄歌は固まるのだった。
「え、えと……どういう?」
「……え? 澄歌ちゃん、秋くんとあたしが付き合って長いって聞いてるでしょ? それ、秋くんが陰陽師としての付き合い長いのを変に伝えてるから! だから誤解解いときたかったのよね〜」
「あ、あぁ……そうだったんですね……その、すみません。私も勘違いしてしまって……」
秋に少し天然な所があるのは知っていた。しかし敬愛する兄に彼女が居ると言う話は澄歌にはあまりに劇薬であった。
だからその事が頭から抜け落ち、あたかも真実であると思ってしまっていた。
(少し考えたら分かる事だった……もう、私のばか。お兄様も……ばか)
「分かってくれたなら良かった。そんじゃ、やろうか?」
誤解を解いてスッキリした後はいよいよ戦闘開始である。
鞭を構え、陽力を紛らせる陽那。澄歌は同じように陽力を纏い、拳を構え相対する。
「……付き合ってない事は分かりました。でも、貴方に陰陽師として負けたくない気持ちは変わってません!」
「うん、私も負ける気ないよ! さあ! どんとこーい!」
陽那の声に答えるように澄歌は地を蹴り接近する。
陽那はそれに慣れた様子でヒグマの式神を召喚しけしかける。
「行ってひーちゃん!」
ヒグマと澄歌の距離は相対的にグングン縮まる。そして振りかぶられた爪が澄歌に襲いかかった。
だがそれは、陽那が滑る様にヒグマの右横へ移動した事で空を切る。
「はあっ!」
水を纏った拳がヒグマの腹へと直撃する。
(更にもう一発!)
怯んだ所へ追撃しようとする澄歌。そこに左側から陽那の水を纏いし鞭が迫る。
「っ!」
すんでのところでまた滑るような動きで後退、追うように振るわれた連撃を躱す。
両者初めと同じぐらいの距離を置く。
(憑依型……あの動きは水で足を覆って滑ってるんだね。シンプルだけど速度は中々……ひーちゃんを怯ませるぐらいパワーもある……)
2回見ただけで滑らかな移動のカラクリを見抜く陽那。
(一撃で倒すつもりだったのに硬い……! それに熊の図体を利用して視界を塞ぎ、私の側面に移動したんだ……基本サポートに徹する式神使いの典型だけど、鞭で安全な距離を保ったまま変幻自在の連撃して来るの、ちょっとやりずらいなぁ……)
澄歌もまた陽那の戦い方を見抜く。
戦型は違えど奇しくも同じ五行。それらを確認した両者は暫し見つめ合い出方を伺う。
観客席では皆がその様子に注目していた。
「開幕接近した澄歌さんを陽那さんは式神と鞭で迎撃!そして両者距離を置きました! 次なる一手はどうなるか気になりますね! 解説の悠さんはどうなると思いますか?」
「そうですねぇ……放出型の陽那に大して見たところ澄歌さんは憑依型。さっきのようにまず澄歌さんが接近して、陽那がそれを迎撃するんじゃないでしょうか?」
「確かに! 憑依型は接近しないと始まらないですからね!」
「しかし、式神は自立して動いてくれる代わりに、各能力値や維持する燃料として陽力が多く要ります。幾ら複数併用可能な陽那と言えど、試合時間が長く敵も多いこのバトルロワイヤルで一気には使いづらいとも思われます」
「なるほど、澄歌さんはそこを突いて一気に叩くのが有効という事ですね!」
それは響が秘伝術式を使われる前に撃破した速攻と似た戦術だ。
「まあでも陽那は式神に加え、鞭による中距離攻撃ができますし……消費度外視で式神を併用をする可能性もある。澄歌さんは式神と鞭を掻い潜れるかが勝利の鍵ですね」
「なるほど!これは俄然見応えがありそうですね! 2人の奮闘に期待です!」
睨み合いの末、仕掛けたのはやはり澄歌。その機動力で接近を試みる。陽那は警戒し、更に山羊の式神を生み出す。
(2体目……! でもそれなら陽那さんの援護は鞭の攻撃のみ……!)
澄歌は式神の複数体同時使役による、術者への負担の事は頭に入っている。だから細かい調整がいる放出型の術ではなく、直感的な憑依型の鞭での攻撃だけと見る。
故にそこに勝機を見出す。
手に纏った水を対流させヒグマの爪を受け流し、その足で山羊の突進を避ける。
再び来るヒグマの爪も飛んで避け、側頭部に拳を叩き込む。
澄歌は式神達の猛攻を機動力と防御力で捌く。式神達も負けじと澄歌へ立ち向かう。
(やっぱり結構硬い……! けど私も負けてない!)
澄歌の握った右の拳。それに纏われた水に螺旋状の回転が加わる。
「てぇい!」
幾度目かの猛攻を捌き、その拳でヒグマの腹を捉え、後方まで殴り飛ばした。
「くっ……この!」
そこに迫った陽那の鞭も華麗な動きで避ける、避ける、避ける。そして陽那の懐まで接近した。
(貰った!)
「『
振りかぶった拳に纏った水がまた激しく渦を巻く。
「ゆーちゃん!」
直後、陽那の背後から肩に飛び乗った1匹の白き猫。その尻尾の先の雪華から氷雪が放出された。
「くぅ……!」
澄歌は攻撃を中断し大きく距離を置いたが、避けきれず左手が氷で覆われてしまった。
刺すような冷たさに苦悶の表情を浮かべる。
(油断した……! 3体目の式神……しかも今まで使って無かったタイプ……!)
未確認の式神とはいえ、式神の併用を頭に入れていたのに虚を付かれた事を嘆く。
だが反省はそこそこにし、ダメージへの対処に思考を巡らせる。
凍った左腕に水を纏い、渦を巻く事で流水による解凍だ。
(無理に動かすとヒビ割れるから左は暫く使えない筈……今の内に決めたいな)
「まだまだ行くよ〜?」
陽那は攻めに転ずる。鞭で地面を叩き、再びヒグマと山羊をけしかけた。
澄歌はまた高速移動と『渦水拳』で対応するも、片腕を封じられて捌ききれなくなる。
山羊の突進を躱すが、陽那の多角的な鞭の攻撃に捉えられ傷を負っていく。泣きっ面に蜂の如く、怯んだそこにヒグマの爪が振るわれる。
「あぐっ……!」
辛うじて防いだ。しかしその体は大きく殴り飛ばされ建物を貫通していく。
受け身を取り、踏ん張る側面から今度は山羊の突進をモロに食らう。衝撃と内蔵を押し上げるような圧迫感を感じながら、硬い地面を転げ回る。
「はぁっ!」
陽那の攻勢はまだ終わらない。水を纏いし鞭が振るわれた。
(まずい……! 包囲を抜け出さなきゃ!)
澄歌はあえて勢いを殺さず、体の周りに水のクッションを纏い地を滑っていく。
鞭はその機動に追いつけず地面を抉った。
「やるね……! でもまだだよ!」
移動した先には回り込んだ白き猫。尾から再び氷雪が放出される。
「こっちも、まだまだぁ!」
態勢を整え、水の膜を変形、盾とする事でそれを受ける。表面が凍っていくが、水を裏から増やす事で完全に凍るのを防ぐ。
やがて猫は放出を止め、突っ込んでくる澄歌を跳躍して躱したのだった。
包囲を抜け出した澄歌。2人は大通りに飛び出し睨み合う。
「凄い猛攻……!」
「なんて対応力……!」
式神との怒涛の連携、それらを片腕でも耐え切る技術。2人は互いの力に驚嘆の声を漏らす。
そして更に2人の闘争心は燃え、戦いは激しさを増していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます