第34話 獅子襲来

「なんだよお前は……!」


(学生……か?)


男は恵まれた体躯をブレザーの制服に身を包んでいる。そのボタンは響と同じ天陽の文字があったが、響は同じものでは無いと気づく。


五芒星に天陽の天陽院のボタンと桜に天陽の男性のボタン。


どこか響との制服の着こなしも似ているものがある。響はそれを奇妙だと考えていると……。


「俺は喧嘩が好きだ……」

「は?」


男は突拍子も無くそんな事を呟いた。


「いや知らねーし。誰だよお前」

「生憎と気軽に名乗る名は持っていない。名とは認めた相手に名乗るのが俺のポリシー。喧嘩はそれを確かめる手段でもある」


訳の分からない理屈を伝えられ困惑する響ら3人。話が通じない事に半ば呆れていると……。


「がっ!」


突然臣也が後方へ吹き飛ばされる。


「なっ!?」

「えっ!?」


響と文香はそれに反応出来ず面食らう。それは完全な不意打ちであった。


臣也は後方の木にぶつかりズルズルと倒れる。


「ヌルい……! 陰陽師は常在戦場だろう!?」


巨漢はそう言ってもう一度拳を振るう。標的は文香だったが、臣也を気にして反応が遅れた。


ガンッ!


拳が入る。




だがそれは文香ではなく、立ち塞がった響の顔へ。


「なに……!?」


驚きのあまりに1歩下がる男。響は顔を陽力でしっかりと守っていた。だが痛みが完全に無いわけでは無い。


「痛ってぇなぁ。誰だか知んねぇけどよぉ……!先輩達に何してくれてんだぁ!」


響は手に持つ木の枝に陽力を流す。そしてそれは激しく燃ゆる火となった。


「天刃流……」


それを構え、男へと踏み込む響。


「『叢雨』!」


放たれるは、天刃流において『叢雨』と呼ばれる袈裟斬り。天より激しく降り注ぐ雨の如く斬り込む事を目指した太刀筋だ。


「ぬんっ!」


男は陽力を纏った左腕でそれを受ける。ギリギリと術を纏った枝と男の陽力がぶつかり合う。そして激しい衝撃が走り、地面の葉や枝が宙を舞う。


「はああぁぁぁ!」


(押し切る!)


そう力を込めた瞬間、枝は一息に爆ぜるのだった。


「なっ!」

「ぬぅ……!」


(やばっ……!)


隙が出来た響へと拳が迫る。思わず目を瞑る。




だがその拳が当たる事はなかった。


地面から生えた、土で出来た逞しい腕がそれを掴んだのだ。


「っ! ほう……!土の術も扱えるのか!」

「は……?」

「バーカ! 俺のだっての!」


響が声に振り返ると、少し離れた場所に臣也が頭から血を流しながらも立っていた。土の腕は臣也の陰陽術だ。


そして今度は炎の壁が男の周りを囲む。


「うおっ!」


響は驚いて一歩下がる。するといつの間にか男の後方で文香が巫女らしく御幣を構えていたのが見えた。


「全く……調子に乗らないでよ」


その声は響と話した時の穏やかさ、臣也と話した時の激しさは無く、淡々とした冷たさがあった。


「……なんだ、やれば出来るじゃないか」


男はこの状況にも関わらず楽しそうに口角を上げる。そして、その場で片足を高く上げて強く地面を踏みしめる。


ブワァッ!


すると激しい衝撃波が走り、土の腕も炎の壁も消し去ってしまった。


「マジか……!」

「嘘……!?」


驚く文香と臣也を他所に男は左腕を見る。そこには響と鍔迫り合いをした事で出来た、浅く焼き切れた傷が存在していた。そして男は響の手にある折れた枝、それから響の顔をジロリと覗く。


「……お前、名前は」

「俺……?」

「そうだ」


真っ直ぐと目を見て名を問う男。


「白波 響……」

「白波……響……ふむ、面白い奴だな」

「そりゃどうも……テメェはなんつーんだよ?」

「俺は白山 獅郎しろやま しろうだ。同じ白の字同士仲良くしよう」


そうして握手を求める獅郎。当然響はこれを突っぱねる。


「やだね。誰がテメェなんかと握手するか」

「ふっ……それはそれで面白い。今年の交流会は中々楽しめそうだ」


そう呟き振り返る獅郎。そのまま警戒する文香の横をすり抜けて校門の方へ歩いて行った。




「帰ってった……なんだったんだ……」


緊張が解け、どっと疲労が響の体を襲う。座り込んだそこに文香達も寄り添う。


「あっ! 先輩大丈夫ッスか!? 頭から血出てますよ!」

「ダイジョブダイジョブ。文香に治して貰うから」

「しょうがないわね……」


文香は渋々と言った風に立ち上がり臣也の後頭部へ治癒術をかけていく。そして今度は響の額に手を当て、拳を受けてできた小さな傷を癒していく。


「はい、あなたも」

「あ、ありがとう……ございます……」


近づいた文香の顔に心臓を高鳴らせる響。声も少したどたどしくなる。そんな響の内心はいざ知らず、文香は真剣な顔で治療をした。


「ふぅ……響くんごめんなさい。先輩の私がしっかりしないといけないのに……助けられちゃったね。ありがとう、すごく頼もしかったわ」

「えっ!? いや、気にしないでください……俺も無我夢中でしたし……それに俺も助けてもらいましたから。ありがとうございました」


不甲斐なさを謝る文香。しかし助けられた事は本当に嬉しかったようで、陽だまりのような笑みで感謝の言葉を告げた。響はその言葉にまた頬を赤く染め、それを隠すように頭を下げて礼を言った。


「俺も守って欲しかったな〜なんて?」

「あんたはもう少ししっかりしなさいな」

「いってぇ! 背中も打ってるから! 痛むから!」

「ならそう言いなさいな。ほら治すから」

「へいへい……」


本日幾度目かのふざける臣也、そしてそれを窘める文香の図。2人の関係がなんとなしに分かり、これはこれで仲睦まじいと思う響であった。


「結局あいつなんだったんスか? 天陽院に似てるボタンだったけど……」

「ああ、あれは天陽学園のだな」


何か知っているように臣也が響の疑問に答える。


「天陽学園って……陰陽師の家系の人間が通う姉妹校でしたっけ?」

「そうよ。そして今度そこの1年と選ばれた2、3年と交流会があるのよ」


それは獅郎が現れる前に文香が言おうとした事だった。


「下見ってやつか……舐めた事しやがって……」

「まあまあ、落ち着いて。俺も先生経由で抗議してやるぜ。人のイケてる顔殴りやがったからな」

「もう少し殴られた方が良かったかも……」

「ひどくね!?」

「ははは……」


最早お決まりの流れに小さく笑い、安心する響。その姿を見て2人も微笑むのだった。


先輩2人と別れ、良さげな枝を持って体育館に戻った響。ちょうど休憩中のようであったので先程のことを悠へ報告する。


「あぁ〜3年のあいつか。問題児に出会うとは災難だったな」

「俺はいいですけど……臣也先輩は殴られてましたね」

「まああいつはタフだから多少は大丈夫だろ。それよりあっちへの抗議文送んないとな〜。てかあいつ先々月も問題起こして停学じゃなかったかぁ?」

「そんなやべぇ奴だったか……」


頭を掻きながら溜息を着く悠。響はその様子で向こうの先生の気苦労まで想像できて気の毒であった。


「あ、先生。枝に術を纏わせたんスけど、急に弾けて壊れたんスよ……なんでですか?」

「それは枝が術に負けたんだと思う。幾ら陽力で強化しても所詮木の枝。器の強度に合わせて術の出力を調整するのも大切だよ」

「なるほど……了解ッス」

「その意気やよし! ……あ、全員聞いてくれ〜」


響にアドバイスを送ってから何かを思い出し悠はやや離れていた生徒達を集める。


「交流会について話すよ」

「交流会……先輩も言ってたな」


響は先程の騒動の後に文香達が言っていたのを思い出す。


「姉妹校の天陽学園と天陽院は毎年この時期に交流会を行うのが習わしなんだ。普段とは違う相手と競うことで、お互いの生徒の研鑽を測ろうって訳!」

「おお! そりゃ面白そうだ……!」


交流会の詳細を聞いて嬉しそうに拳を掌に付き合わせる響。


「身のこなしや術の使い方だけじゃなくて他者との連携も強化できる……そうですよね?」

「そうだな。交流会は様々な訓練プログラムで競い合う。だから秋の言うように生徒同士が組んで挑む内容もあるよ」

「なるほど……」

「どんな内容で来るのかはまだ分からないけど、活躍出来たら位階も上がるし頑張ろう!」

「「「「はい!」」」」


4人はそれぞれ返事をし、午後も2ヶ月後の交流会へ向けて鍛錬するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る