第33話 天陽院の先輩

「ぬぐぐ……!」


日が高く上がった頃、体育館の響は刀を握り集中している。これは陽力を刀へ流す鍛錬だった。そして……。


「っ! 出来た……!」


刀には響の白く輝く陽力が柄頭から鋒まで包み込んでいくのだった。


「お、中々早いじゃないか」


それに気づいた悠が拍手をしながら響の元へ歩み寄る。


「先生が刀を自分の体だと思えって言ってたからイメージしやすかった……あざす!」

「役に立てなら良かったよ。なら次はいよいよ陰陽術を纏わせる段階だな。刀を傷つけないように陽力で保護するんだ。自分の体では無意識にやっていただろうけど、物でとなると出来ないことも多い。刀壊しちゃいけないから適当な木の枝拾って来て練習するといいよ」

「押忍! じゃ、校庭行ってきます!」


響は成功を喜ぶのも束の間、新たな挑戦へ向けて体育館を飛び出して行った。


「2年の邪魔はしないようにな〜」


悠はそれに微笑み手を振って送った。そしてその視線は今度は空へ向けられる。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……っ!」


数度深呼吸した後、一気に開放される陽力。何もしていないのに結界が僅かに震える程の圧を生み出すそれを制御するのが空の目標だ。


(早く……抑えないと……!)


空は陽力が自身の内に収まるようにイメージする。しかし……。


ピピピッ!


スマホのアラームが30秒経った事を告げる。時間切れだった。


「くっ……!」


空は悔しそうにしながら陽縛符を取り出し、そのみなぎる陽力を封じていく。


そして2分のインターバルを挟みもう一度挑戦する。空はこれをかれこれ1時間繰り返していた。しかし制御の糸口をまるで掴めずに居るのだった。


「はあっ……! はあっ……! なん、で……!できないの……」

「焦りすぎだ。陽力の操作はイメージが、イメージには平常心が大切だよ。今から十分ぐらい休んで落ち着こう」

「はい……」


空はしょげた顔で俯きその言葉に従う。悠に言われたように空の内心は激しく波打っていた。


(……響くんはもう最初の課題は出来たのに……もっと頑張らなきゃ、もっと……)




校庭。


「うーんと、この枝がいいか? いや、もっと長さがある方が刀をイメージしやすい?」


響は校庭の端に並ぶ樹木達の下に落ちた木の枝を吟味する。そうしていると、その背後から迫る足音があり響は振り返った。


「もしかして、白波 響くん?」

「あ、はい。えと……貴方は?」

「私、2年の紅 文香くれない ふみかって言います。初めまして」


現れたのは1人の少女。ミディアムヘアの銀髪で、その左側を三つ編みにして肩に垂らした巫女服の少女……文香が会釈する。


会釈と共に巫女服の上からでもあると分かる胸が揺れる


「は、初めまして……」


響は思春期の男子らしくそれに少し目が行く。


だが直ぐにその邪な気持ちは無くなる。何故なら文香の短い所作……なんて事ないその動きに気品を感じ響は思わず見蕩れてしまったから。


(なんか、綺麗だ……)


「……? どうかしました?」

「あっ! いや、なんでも無いです……って2年!?」

「はい、2年生です。それが何か……?」


響はジッと見つめてしまっていた事に恥ずかしくなり、顔を赤くして戸惑う。反対に文香はあくまで穏やかに話していく。


「あ、いや……俺、憑依型で……陰陽術を武器に流す練習の為に枝集めてて……あ、邪魔しないように言われてたんでした……すいません! 直ぐに戻るんで!」

「いいのいいの、ちょうど休憩中だったから。私こそ邪魔しちゃってごめんね?」

「いえ! 全然そんな事……」


話せば話す程申し訳なさも合わさって取り乱す響。文香はそれを見ても穏やかに微笑んでいた。


「ふぃ〜休憩休憩……って誰?」


今度はそこに、明るい茶髪を短く揃え、ヘアピンで左側を止めた長身の男性が伸びをしながら現れる。黒い狩衣に身を包み、軽薄な顔に似合わず陰陽師然とした格好が印象的である。


「初対面の人の前では礼儀正しくしなさいな。この子は一年の白波 響くんよ」

「おお! あの白波 響くん!」

「どの!?」


名前を聞くや否やズイッと響に顔を覗き込む男性。興味津々にキラキラ輝く眼と、長身の人間が迫る圧のある感じはあまりにもミスマッチであった。


「ちょっと! 怖がってるでしょうが!」

「あいてっ!」


それを窘めるように文香の手刀が男の後頭部に入る。


「いってぇ! 叩く事ないだろ!」

「あんたにはこれぐらいしないと止まらないでしょ! このバカ!」

「んだとぉ〜! バカだけどさぁ!」


いがみ合う2人に響は困惑し立ちすくむ……と言うより、文香の印象がガラッと変わった事に一番驚いていた。


「バ〜カ! ていうかあんたも挨拶しなさいな!」

「うっせバーカ! 今からするよ!」


そうして2人は響に向き直る。表情はこれまた変わり穏やかな笑顔だ。


「俺は2年の坂田 臣也さかた しんや!よろしく!」

「よ、よろしくお願いします……」

「うんうん! よろしく!」


響は差し出された手を掴むとブンブンと激しく上下に振られる。


「噂は悠さんから聞いてるぜ? 『影人』に一発かましたんだって!やるなぁおい!」

「あ、あざッス……」


臣也はフレンドリーに響の肩を組み褒め称える。なんなら頭までワシャワシャと撫で回す。響は「この人はこれがデフォなんだな……」と考え諦める事にした。


「3回も影世界に連れてかれたとか、特異体質とか色々聞いてるぜ」

「そんな事まで……まあ事実ッスけど」

「ハハッ! 謙虚だな〜! 俺ならめちゃくちゃ武勇伝として語るぜ!」

「ははは……」

「引いてるじゃない。少しは自重しなさいな……」

「いいのいいの、男の友情はこうやって育まれんの」


謎の理屈を口にし離れる臣也。しっかりと挨拶もされたし、案外聞き分けはいいのかもしれないと思う響であった。


「いや〜でも話せて良かった良かった! 近い内に共闘するかもしれないからな!」

「共闘? 任務ッスか?」

「ううん、今度私たちはね?」


ドンッ!


文香が詳細を話そうとした直後、その背後で大きな音がしてそれを遮った。


「な、なんだ!?」


驚く響。振り返り臨戦態勢の文香と臣也。その視線の先には土埃が立ち上っている。そして煙が晴れ、中から誰かが出てくる。


「ふむ……やはり人が少なく広いというのはいいな」


出てきたのは見上げるような長身に壁のように際立ったガタイ。逆立つようにした銀髪に開けた制服から白いTシャツを覗かせた着こなしの男性だった。




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