天陽院2年交流編

第32話 手にする刃と次のステップ

事件から2日後。

早朝のやや肌寒い空気を肺に送りながら、響は見慣れてきた天陽院への道を進む。


「おはよう響」

「おはようございます先生」


響は始業まで30分も早く校門前に来ていた。それを、響より少し早く天陽院に訪れていた悠が出迎えた。


「言われた通りの時間に来ましたけど……何するんスか?」

「報告の時言ってただろ? 剣術で一矢報いたって。これからも剣術使うなら獲物がいる……そうだろ?」

「あ……」


響は先日の伽羅との戦闘において、祖父に習っていた古流剣術……天刃流に陰陽術を合わせて一矢報いた。『影』との戦闘で十分有効だと知った。


そして響自身も己の原点や祖父との誓いを思い出し、強くなる為にも積極的に使う事を考えていた。


「って訳で、用があるのは天陽院じゃない。着いてきてくれ」


そう言って悠は天陽院をぐるっと回り込み、その奥へ向かう。響もその横を並んで行くのだった。


2人が訪れたのは陰陽師の総本山……陰陽総監部の本部。


専用のスマホをかざして中に入り、天陽院のような白い廊下を奥へと歩く。そしてこれまた真っ白なエレベーターに乗ってどんどん地下へ降りていった。


地下20階。


「ここは……?」

「地下武器庫だよ。ここには様々な武器が保管されているんだ」


悠は大きな扉へと、本部入口でしたようにスマホをかざす。すると同様に開き、そのまた奥に鎖で厳重に封じられた古めかしい扉が出てくる。


「相変わらず厳重だな」


少々面倒くさそうに呟きながら悠は鎖に触れ、そのまま陽力を流していく。すると鎖が光となって消え、扉が地鳴りのような重苦しい音を響かせながら一人でに開いていく。


このように機械的、陰陽術的にもセキュリティが施されているのだ。


「おお……! ってまだ扉がある!?」


その様子に関心する響であったが、尚も現れた扉に驚きの声を上げる。扉の中は円形の大広間になっており、時計回りに子〜亥の字が書かれた扉が存在した。


「武器庫は天陽十二家がそれぞれ管理してるんだ。んで、俺は亥土の姓があるから亥土家の武器庫から武器を拝借できるって訳」


スマホをかざし扉を開く。開いた武器庫の中は刀剣や斧、手甲に銃、鎧まで多種多様な武具が並んでいた。


「武器にも位階があってね。基本手に取る陰陽師の位より下の武器しか所持できないんだ」

「じゃあ俺は最下位の拾壱か……」

「そうだな。因みに壱~伍は特殊な術が刻まれていて、陸~拾は陽力を帯びている。それらを咒装じゅそうと言うよ。んで拾壱は普通の業物だね」

咒装じゅそう……でも俺が持てるのは普通の武器なのか……ちょっと残念。まあ業物なだけマシか」


特殊な武器があると聞いて男心が擽られたが、自分が持てる武器との落差にやや落胆する響。


「まあ宝の持ち腐れになるとダメだからな。それに陽力や術に長く晒されていた武器が咒装じゅそうになるから、一緒に成長していくのも乙なものさ」

「確かに!」

「って訳でここからここまでが拾壱位の武器だね。先生からのご褒美だと思って好きなのを選ぶといい」


話しながら拾壱位の武器の前に来る2人。響はその中にある刀達をじっくりと吟味する。


「うーん……んじゃこれかな?」


響が手に取ったのは赤い柄巻に黒い鞘の刀。軽く刀身を抜くと、美しくもありつつ、畏怖すら感じる乱刃が伺えた。


「それか?」

「はい、これがいい」


自分の好みの色である赤と黒で彩られた刀と鞘を気に入った響であった。


「お、珍しいなこれ? 小柄が二本ある」


そんな中、悠はその刀の鞘に小柄を見つける。鞘の差裏と呼ばれる刃を上にして腰に差したとき体側になる側面に設けられた穴……小柄櫃こづかびつに収納された小刀である。


そして対となる差表に設けられた笄櫃こうがいひつ。そこにこうがいという身だしなみを整える道具を入れるのが本来の姿だが、そこも小柄櫃になっておりもう一本小柄が収められていた。


「確か普段は雑事に使ったりしたけど、いざと言う時に手裏剣みたいに使うやつッスよね?」

「そうだね。特にこいつは装飾がなくて鞘に溶け込むように出来てるし、暗器として使う前提で作られたのかもね」

「なるほど……」


使い手や鞘の造り手へ思いを馳せる2人。それと同時に戦闘にも有効であると思案しながら武器庫を後にするのだった。




30分後───天陽院。

校庭は2年生が使っているという事で響達は体育館で鍛錬していた。今は悠と響が向かい合い竹刀で試合をしている。


「よっ! ほっ! ……うおっ!」


悠は余裕飄々と受けていたが、ギアが上がった響の剣速に驚きの声を上げる。


「はあっ!」


響は更に一歩踏み込み、悠に竹刀を振るう。上から縦一文字に切り下ろす面だ。


悠はそれを竹刀を横に傾けるように構えてそれを防ぐ。


「まだまだぁっ!」


一撃を防がれた事に怯むことは無く、逆袈裟斬り、横一文字の右薙き、袈裟斬りと、連続して斬撃を繰り出す。


悠はその怒涛の攻めも同じように捌き、最後の一太刀を強く弾き飛ばす。


「やべっ!」

「おらっ!」


姿勢が崩れた響の頭にバシンッ!とカウンターの一撃が決まる。見事なまでの一本だ。


「いってぇ〜! てか悔しい〜!」

「ブランクある事踏まえると俺と打ち合える時点で響もかなりやる方だよ。流石だね」


2人は健闘を称え、壁際に座っていた次の組である秋と陽那と入れ替わるように座る。休憩がてら悠は響の剣の事を聞く。


「天刃流の事ッスか?」

「そう、打ち合ってて不思議に思ったんだ。古流剣術って話だけど、太刀筋は割と剣道に近い。でも荒々しい剛の剣のようで、その実精細さもある……響の腕前もあっての事かな?」


体感した響の剣を分析しつつ響自身も褒める悠。


「あざッス……天刃流は爺ちゃんが継いできた古流剣術で、独特な呼吸によって全身に力を巡らせる事が大事って言ってましたね。あと、戦国の初期に興されてから基本の太刀筋や型は変わってないって言ってましたね」

「ほう! 戦国の時点で、現代の剣道へと集約されていった剣の形をしていたって事だろ? そりゃ凄い事だ。剣道の母体には有名な剣……北神一刀流とかも名が上げられたりする程だ。初代は剣の才に溢れ、尚且つ血の滲むような努力して来たんだろうね」

「そうッスね……俺は座学より実践ばっかやってきたから詳しくは知らないんですけど。ああでも、亡くなってから爺ちゃんの家を几帳面な親父が遺産整理してたから資料とかそのまま残してるかも。暇があったら調べて見ます」

「うん、また何か分かったら教えてくれ」


その後も剣術談義に花が咲き、休憩時間いっぱい話し込む2人であった。


「んじゃ次は術の事だ。空も聞いてた方がいい」

「待ってました!」

「は、はい!」


休憩が終わり、いよいよ次のステップが始まる事に胸を踊らせる響と緊張する空。


「陰陽術を扱う人にはそれぞれスタイルがある。響のような体に術を纏う憑依型。空みたいに術を放つ放出型の2通りだ。2人は片方ずつ体感してると思うけど、それぞれにどんなメリットがあると思う? じゃあまず響から」


響はいきなりの質問に少し面食らうが、直ぐに自身の体験を思い出し答えを思考する。


「えーと、術を発動出来たら殴る、蹴るだけでいい?」

「正解! 術を発動してからの行動は体をそのまま動かす感覚だから、格闘訓練とかで慣れてる分行動が早くなるという事だね」

「おし!」


正解した響は得意げにガッツポーズをする。


「じゃ、次は空ね。放出型のメリットはなんだと思う?」


続いては空の番。響同様に使った時の記憶を頼りに思考する。


「えと、離れた相手に攻撃出来る?」

「そうだね! 放出型は自分から離れた相手に安全に攻撃出来るね。その他、撃つ術を細かく分割、弾幕を貼り敵への命中率を上げたり、術を罠みたいに設置したりできるよ」


遠距離攻撃を初めとした多種多様な攻撃ができるという事だ。


「なるほど……そう聞くとなんか放出の方が強い気がします」

「あぁ〜確かに」

「いやぁ?そうでもないんだな〜これが」


2人に思い浮かんだ疑問を待ってましたとばかりに悠は答える。


「ゲームっぽく考えると分かりやすいかな? 術にはパラメータがあって……基本は威力、射程、発動時間があるよ」


攻撃の要となる威力、攻撃が届く長さの射程、どれだけの時間残るかの発動時間だ。


「その中でも放出型は、離れた相手に術を飛ばす為の射程にも陽力を割く必要があるんだ」


発動時間を3秒、威力10、射程10の術の場合は23の陽力が必要。だが射程が無い分、同じ威力、同じ発動時間の攻撃でも憑依型は13の陽力消費で済む訳だ。


「射程がある分、放出型は陽力の消費が激しいって事か」


悠の言葉に合点が行く響。悠もその答えを肯定して頷く。


「そう。動く的に当てる為には他に速度にもパラメーターを振る必要があるし、罠にするのなら発動条件も作る必要があるよね? だから多彩な事ができるかわりに結構頭や陽力使うんだよ」


刹那の攻防が繰り広げられる戦闘に置いて、思考にばかりリソースを削がれるのは致命的である。それは響達も『影』との実践で実感している。


「その点憑依型は威力、発動時間に陽力を割いて自分で当てに行けばいいから瞬発力あるよ」

「なるほど……一長一短なんですね」


空も話を聞き憑依型と放出型の違いを理解する。


「最終的にどっちも得意になって欲しいね。まあまず響は憑依型の延長として武器へ陽力を纏う事から始めよう。空は陽縛符を解放して30秒以内に陽力を並レベルまで抑えるコントロールの鍛錬だ。いいかい?」

「押忍!」

「はい!」


こうしてまた新たな鍛錬が始まるのだった。

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