第31話 初芽は育つ

静寂が包む和室。その中央に布団が敷かれており、そこには響に抱えられて帰還した空が眠っていた。


「ん、んん……? あれ……?」


ゆっくりと開く瞼。眠気まなこは天井を見上げている。


(どこだろ……ここ? 私何してたっけ……?)


寝起きの鈍い頭で何とか思考する空。任務で神社に来ていた事からゆっくりと回想する。そうしていると襖が開く音が聴こえた。


「……響、くん?」

「っ! 空! 目が覚めたのか!?」


部屋へ入ってきたのは響だった。空が目覚めた事を確認して布団へと駆け寄る。


「気分はどうだ? どこか痛むとこないか?」

「えと……眠いぐらいで……あ、でも響くんが来てもう覚めちゃったかな? んしょっと」


響の質問に答えつつゆっくりと上半身を起こす空。その所作もスムーズなもので、確かに健康である事を示していた。


「ふぅ……良かったよ。一日寝てたから心配してたんだ」

「え? そうなの? ……って響くん怪我は!? 大丈夫なの!?」

「お、落ち着け落ち着け! 雛宮先生が言うには骨は折れてたけどみたいだし、今はこの通りピンピンしてるから安心しろ」

「そ、そうなんだね……! 慌てちゃってごめん……でも良かった。助けてくれてありがとう。響くん」

「どういたしまして」


自分が一日眠っていたにも関わらず忙しなく響を心配する空。響の無事も確認して朗らかに笑う。それを見て響もいつものお節介焼きな空だと感じ、心配の念も完全に払拭された。


空は響に気を失ってからの事を聞く。


「そんで、十酉とおとり ゆづるっていう天陽十二将でめちゃくちゃ強い人が助けてくれたんだよ」

「そうなんだ……お礼言わないとね」

「なんか凄い人だけあって忙しそうだから、機会があったらでいいと思う。俺の事調べる為に研究所に誘われたけど、結局あっちの時間がある時にってなったし」


ゆづるが今すぐにでも調べたいと駄々を捏ねるが、十酉家の部隊の人に抱えられていく光景を思い出す。実力とは別の所でも印象に残るのであった。


そうして話していると連絡を受けた悠が遅れて駆けつけた。


「空、元気そうで良かったよ」

「ご心配をおかけしました。それと、悠さんが助けに来てくれたって聞きました。ありがとうございました」

「なぁに、これも先生の務めだ。ついでに陰陽師の務めだ。だから気にしなくていいよ」

「逆だろそれ……」

「あはは! そうだな!」

「ふふふ……♪」


おちゃらける悠に響がツッコミを入れ、それを見て空も笑う。申し訳なさそうにする空への悠なりの気遣いであった。


「さて、今回の事案はハッキリ言って異常事態だった。秋達の証言から伽羅とか言う『影人』が下位の『影』に術を仕込んで寄生させていたと考えられる。目的は強い陽力を得る為に陰陽師を狙ったんだろうな」


陰陽師は一般の人間より陽力が多い。より効率的に強さを求めるならそっちを狙う可能性は十分あった。


「気配の無い『影』に現世で『影人』が現れたこと、そして今回の事件は無関係じゃないだろう。赤髪のあいつ……来朱 緋苑くるす ひえんも関わってるからな」

「そいつ何者なんスか? 先生の知り合いっぽかったけど」

「来朱 緋苑はかつて陰陽師だった人間だ。詳細は話せないが、未曾有の事件を起こして追放された要注意人物って事だけ今は覚えとけばいい」


悠はそれ以上の事は話さなかった。陰陽師にも守秘義務があり、それは位階事に細かく決められている。だからそれ程までに重大な事件だったと言う事は響達に伝わったのだった。


「これから類似する被呪者が現れた場合には最低でも第陸位以上が担当する事になった。だから2人は普段の任務も一層注意してくれ」

「分かった」

「分かりました」


響達が理解し頷いたのを見て悠も頷く。


「んじゃ取り敢えず俺はこれで……」

「先生」


悠が話を切り上げて立ち上がるの響が呼び止める。


「ん? どした響?」

「先生……もっと強くなる方法を教えてくれ」

「……急だな? 取り敢えず訳を聞こうか」


立ち上がるのをやめてまた座り、響の真剣な言葉に耳を傾ける悠。


「実感したんだ……俺はまだまだだって。俺が弱いせいで空が傷ついた。それ所か、情けなく気絶して空に守られてた」

「そ、そんな事……それに、私が気を失ってた間は響くんも守ってくれたでしょ? お互い様だよ……」


響の言葉に空は思わず口を挟む。自分の弱さを呪うのは響だけでは無いのだ。


「ありがとな。だけど、あの時何とかなったのは相手が俺を舐めてたからだ。だから不意をつけた。けどそうじゃダメなんだ」


伽羅は響の力を認めた。そしてもうそのような慢心をしないと言う事を響は感じていた。悠が来なければ危なかった事もしっかりと心に刻まれている。


「もっともっと……先生やあの十酉 ゆづるさんみたいに強くなって……『影人』から空や秋や陽那、もっと大勢の人を助けられるようになりてぇんだ。だから、術でもなんでも教えてくれ。今すぐにでも強くなりたいぐらいなんだ」


響は悠の目を見て嘆願する。悠は押し黙り少し頭を搔く。暫く考えた後ゆっくりと口を開いた。


「……気持ちは分かるけど、まあ焦るなよ。そんなすぐ強くなる方法なんて無いさ。そもそも今教えてる基礎だって大事な事だよ」


悠はあくまで冷静に言葉を返す。響は自分でも心のどこかで分かっていた現実を突きつけられて俯く。


(まあそうだよな……そんな美味いことある訳ない)


「けど……」

「え?」


しかし、続く悠の言葉に反応して顔を上げる。


「けど、そろそろ基礎の体力作りに陽力操作、シンプルな陰陽術以外も教えていいと考えてるのは事実だ」

「そ、それって……」

「あぁ。今度の授業からは次のステップに進もう」


ニッと笑う悠。響は既に基礎の部分を殆ど習得していた事を悠は分かっていた。響はその言葉が嬉しくて思わずガッツポーズをする。


「よし! 先生!今日の午後は授業あんの?」

「いや、みんな疲れてるだろうし今日は休校だよ。俺も詳しい報告とかあるし、今はゆっくり体を休めてくれ」

「む、それもそうか……了解ッス」


少し残念そうな響だったが、それ以上に強くなる為の足がかりが出来て喜んでいる。


「んじゃ、もうすぐ2人の迎え来ると思うから俺は出迎えて来るよ。ちょっと待っててくれ」


そう言い残し悠は部屋を出るのだった。もうすぐ来るであろう柊の者を出迎える為に1人廊下を行く悠。そんな中、先程の響の決意と生徒それぞれの事を思い浮かべ口角を上げる。


(並以上の身体能力と陽力や陰陽術を短期で習得するセンス、そして気配の無い『影』を気取れる響。経験不足だが膨大な陽力を持つ空、術の知識を初めとした総合力がある秋、そして優れた式神術の才を持つ陽那……俺が同じぐらいの時より強いし、ポテンシャルは抜群だ)


「強くなってくれよ? 俺の生徒達」


そして天に願うように囁かな想いを口にするのだった。




影世界

空を駆る龍はとあるビルの屋上でその身を留める。そしてその頭の上から和装の赤髪の男性……来朱 緋苑が屋上へ降り立った。


「へぇ〜? 修行とかすんだ『影』って」


組手をする伽羅と殉羅に緋苑は開口一番そんな事を口にする。


「来朱 緋苑か……私たちに何用だ? 今組手で忙しいのだ」


殉羅は伽羅へ掌底を繰り出しながら話しかける。伽羅はそれを首を傾げて躱し、反撃の蹴りを繰り出す。


手が止まらないのを見て緋苑はそのまま話しを続ける。


「見舞いだよ見舞い。そっちが俺の手借りないとか言って勝手に別れたからな。色々用事済ませてから様子見がてら来た訳よ」


そう述べると緋苑は目配せで龍に指示を送る。龍は少し頭を寄せてその口を開く。


すると口内から幾つかの死体が吐き出される。何れも酷い損傷を受けており四肢の一部が無かったりする。


それは全て陰陽師のモノだった。


「見舞いの品だ。要らねぇならこのまま置いときな。他の『影』が喰うかこの世界が消してくれるだろ」

「……ふん」


組手を中断した2人が渋々と言った風に歩み寄る。他の『影』に取られるのも、この世界が現世と同じ形にリセットされる現象に消されるのもどちらも無駄な事と考えているのだ。


死体の前まで来ると2人は手をかざす。すると死体から溢れた陽力がその手に集まっていく。陽力を取り込む際、ただの『影』とは違い人の肉を直接喰らう必要が無いのだ。


どちらかと言えば、下位の『影』が寄生した人間の生命力ごと陽力を取り込む事に似ている。ただし、こちらの方が一気に大量の陽力を得られる。人間が死亡していて制御が離れた陽力に限られるという条件も存在するが……。


そうして取り込まれた陽力は消化のように体内で陰力に変換、やがて体に取り込まれていく。


これこそ『影人』の捕食である。


「礼は言わんぞ」

「構わねえよ。じゃあ俺は次の用を済ませる。精々そのハリボテの体を癒すんだな」


形だけ繕うようにした2人の状態を見抜く緋苑。振り返り、軽く手を振ってまた龍に飛び乗る。そして龍は南西へ向けて飛んでいくのだった。


(知性を得たのは最近、高い身体能力と陰力に胡座かいて扱える術も少ねぇ……ま、痛い目あったしこれからだな)


「強くなってくれよ? 俺の駒共」


どこまでも続く夜の世界。その全てを嘲るように緋苑は呟くのだった。


───日常流転編~完~

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