第25話 吹き荒れる風
神社への道中、響と空は走る。そんな中どうしても嫌な予感が響の胸中を襲っていた。
(影人……明らかに他のやつとは違った……秋や陽那は大丈夫なのか? いや、自分で空に言ったろ! 2人を信じて、俺達は一刻も早く戻るんだ。そして救援を送る……これしかねぇ)
それを振り払うように頭を振り、改めて2人の無事を信じようと心に決める。すると、そんな響の耳にノイズが走る。
「っ! これは……!」
「響くん……どうしたの?」
思わず足を止めた響に、やや後方から追っていた空が駆け寄り心配する。
「前から凄い数の『影』が集まって来てる……!」
「えっ!?」
「ホントだ……なんか陽那が言ってたけど俺は特異体質って言うので、耳が良くて『影』の気配が分かるんだ。今もすっげぇ気持ち悪い音が迫って来てるのを感じる」
「そ、そう言えば初めてここに来た時も気配が分かるって響くん言ってたね……でもどうしよう? 」
響の言葉を信じるも、進行方向から来る『影』の大群をどうすればいいか分からず不安な空。それに響は大きく迂回して改めて神社へ向かおうと提案する。
「分かった……行こう?」
「おう、着いてきてくれ空」
2人は道を左に曲がり、進行方向を北に変えて走り出す。しかし想定外の事態が起きる。
(これは……!)
「どこ行っても『影』が居る……!?」
「響くん?」
「まずいぞ空……前からも『影』の気配がするし、秋達が居た方向から追いかけて来てる……」
「えっ……? それじゃあ元の方向に戻るしか……」
「……ああ、とりあえずそれしかない……!」
予期せぬ『影』の増え方に作戦を変更せざるを得なくなる2人。神社への一直線の道の東、秋達が残った方向の西、今しがた曲がった北、そしてやむを得ず道を戻り南に向かう。
しかしそちらからも『影』が迫っていた。
「囲まれてる……! あいつら、初めから俺らを囲うように陣形を作る気だったんだ……!」
「そ、そんな……」
響の予想は当たっている。『影』は初めから円形に配置されており、響達が逃げるのを見越して西から追いかけさせつつ、東と北、南の三方の陣を狭めて行くように伽羅によって指示されていた。
響と秋、陽那は空の元へ来る際にその囲いの一部の『影』を倒して居たが、まだ間隔が広かった為に探知出来ず意図に気がつかなかったのだ。
(囲まれたらまずい……なら神社までの最短距離を突破する!……いや、俺だけならまだしも……空は『影』との戦闘経験が浅い。そして俺もかばいながら突破できるか……? 数も多いし能力や術持ちも居るかも……)
目まぐるしく変わる状況下で響は作戦を修正する。しかし状況の厳しさから不確定要素が多く決断が出来ない。そして更に状況は悪化する。
「嘘だろ……!? 急に早く……このままじゃすぐここに来る……」
『影』が響達を探知したのか、尋常ではない速度で接近していた。
「じゃあ、戦うしか無いって事……?」
「……ああ、こうなりゃやるしかない。全力を尽くして空を守る」
「響くん……」
響は覚悟を決めて拳を掌に合わせる。空に下がっているように伝える。だが……。
「待って、私も……私も戦う!」
「そ、空?」
空が叫ぶようにそう述べる。響は驚きつつ訳を問いたげに視線を送る。空の脳裏には、初めて『影』の世界へ呑まれた時の記憶。
ただ手を引かれ、庇われ、下がっているように言われた記憶。響のその行動事態は嬉しかった。しかし同時にそうされるだけの自分が情けなく、腹立たしかったのだ。
昔と何も変わらないと──。
「私も戦うよ。ずっと守られてばかりじゃ、私は一歩も前に進めないから」
空は断固として守られる事を拒否する。響は何時になくキッパリと言いきる空に驚嘆した。
「空……」
「響くんの足手まといになんてなりたくない! だから……お願い。私も戦わせて?」
響の目を見て空は己の想いを口にする。その目はこれでもかと力強いものだった。
「……分かった」
「ほんと……!?」
暫く考え込んだが、空の意思が硬いのを感じ取り響は了承する。だがそれでも自分が出来る事を考えて伝える。
「ああ。けど手間取っちまう『影』もいるだろうから、キツそうならちゃんと言ってくれ。俺も多すぎると多分キツいからそうする。これなら一方的な足手まといじゃなくて共闘だろ?」
「っ! うん!」
空は響の隣に立てること、共に戦える事に胸を高鳴らせる。それは陽力にも影響を及ぼし、陽縛符で封じているにも関わらず激しく波たっている。改めて『影』に向き直る2人。
「んじゃ行くぞ!」
「任せて!」
やがて、迫り来る壁のように群れる『影』を目視で確認する2人。腹部の陽力炉心から生み出した陽力を全身に纏い、その壁を超える為に立ち向かっていった。
「うおおおっ!」
響の燃え盛る両の拳が夜闇を照らし、舞うが如く『影』を打ち倒していく。1体、また1体と爆ぜるように消滅し数を減らしていく。
「はあああっ!」
空も陽力を纏った拳で『影』を攻撃する。響程の速度では無いが、確実に数を減らしていっている。 そして位階の高い『影』の硬さを感じ取った空は、響の名を呼び相手を変える。
響も数が増えれば空と合流し『影』を分断。初めての共闘とは思えない息のあったコンビネーションで互いをフォローする。
それは正しく共闘であった。
だが『影』は無尽蔵に湧いて出て来る。
「キリがねぇ……!」
「ど、どうしよう……!」
一体一体は然程強くはないが、如何せん数が多い。このままではジリ貧だと響達は焦る。
「……空、1つ手がある。けど空に負担を強いる事になるかも……」
「私は大丈夫。響くんと生き残る為なら何だってやる。だから教えて?」
「……分かった」
空の覚悟を受け、響は思い付いた策を空に耳打ちする。
「いけるか?」
「うん、任せて。私だって、響くんに追いつけるように頑張ってたんだから!」
「あぁ、見てたからな。頼んだぜ」
互いを信頼するように2人は頷く。そして向かってくる『影』の軍勢に向き直る。
「いくぞ?……1、2の……3っ!」
響の掛け声と共に2人は別々の方向に走る。当然『影』は二手に別れてどちらかを追いかける。
「そうだ、着いてこい!」
響は挑発するように吐き捨て速度をあげる。道を右に左に曲がり、縦横無尽に駆けて行く。 三十秒程走った頃、とある十字路で響と空は反対方向から互いの走る姿と後を追う『影』を確認する。
響と空は十字路の真ん中で合流すると共に同じ方向に曲がった。後に続いく2つの『影』の群。先頭の何体か難なく抜けるが、各々本能のまま獲物を追っているので協調性がなく、後方からは角を曲がり切るより先に向かいの『影』と正面衝突して倒れていくのが殆どであった。
「よし! 空!」
「任せて!」
『影』の様子を確認した響は空に合図を送る。それを聴いた空は足を止め、陽縛符を取り出し、自身の封じていた陽力を解放する。響は空のバックアップとして周囲を警戒する。
空の体から立ち上る白く輝く陽力が周囲の空気を震わせる。それは次第に左手で刀印を結ぶ空を中心に逆巻く風となっていく。
(小さい陽力でだけど、私だって術の練習をしてた……その成果を見せる時なんだ!)
天陽院で汗水垂らして鍛錬する日々。響が傍らで見守っていた時も、響が任務の時も鍛錬してきた時間は今の空へと確かに繋がっていた。
「不従の愚者よ! 鶴の一声、征する風を畏れよ!」
黒とネイビーブルーの髪をはためかせる旋風は詠唱により術を形作っていく。そして狙いを定め、術の名を口に出す。
「『
広げた右の掌に風が収束し、一気に撃ち出される。それは甲高い鶴の鳴き声のような音を響かせて積み上がった『影』へ迫る。
そして着弾と共に暴風が吹き荒れ、『影』は黒い霧の如く散っていった。
「や、やった……の?」
「ああ! よくやった空!」
空は上手くやれた事に安堵して息をつき、響に褒められた事に嬉しそうに笑う。
「えへへ……ありがとう。本番で、陽力も解放しながらなんて初めてだったから……上手くいって良かったぁ」
「でもこうしちゃ入れねぇ……早く戻って秋達の応援を喚ばねぇと!」
「あっ! そ、そうだね……!」
『影』を全て打ち倒した響と空。喜びを噛み締める間も、一息を着く間も無く殿を務めた2人の事を案じる。その時──。
「っ! 誰だ!」
響は羽虫が耳元で羽ばたくような一際不快な音を聴く。それが聴こえた方向である左側に並ぶ家……その屋根の上に向けて叫んだ。
「……やはり気取るか。戯れに放った雑兵では相手にならんらしい……それはそれでかまわんがな」
屋根の上には響達を見下ろすように『影人』──
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