第24話 雷雨と火矢
矢を避けて陽那の横に降り立つ秋。
戦況は一見互角に見える。しかし数に勝るものの、攻めあぐねている秋達が心理的に押されている状況であった。
「珍しい雷の術、そして式神と水の術か……」
「あ、あたしの方も流石に分かるか〜」
陽那の鞭は薄く水の膜が貼られており、それが鞭の強度とパワーを向上させていた。そして水の術は殉羅の火の術に有利……五行で言う
そうであるのに押されているのは単純に殉羅の実力である。
「じゃあ、そろそろあたしも本気だそうかな……!」
陽那達も押されっぱなしでは無い。陽那は闇に紛れさせる為あえて抑えていた水の術の出力を戻す。そして刀印を結び、獅子と山羊の式神を展開する。
「更に二体の式神……中々やるな」
やや驚く殉羅。
複数体の式神を同時に使役出来る者は少ない。式神自体ある程度自律して標的へ攻撃するが、敵味方入り乱れる中では細かな指令を思念で送らねば返って邪魔になる事もままある。
そして思念で指令を送りつつ別の術を行うには術者の並列処理能力が問われる。陽那が行っているのはそれ程までに高度な芸当なのだ。
「『
秋が護符を刀身に宛てがい、根元から鋒にかけて撫でるように動かす。すると直刀に激しい雷電が纏われる。
「これは少しめんどくさいな」
殉羅は言葉通り億劫そうに2人に漏らす。だが直後に右手に複数本の矢を生み出し弓につがえる。
「纏めて射抜かれてくれよ? 『
放たれる火の矢の弾幕。秋達は左右に散開してそれを躱す。
(別れて挟撃か。ならば……)
殉羅は陽那の方へ飛ぶ。だが距離は中距離を保ったまま。空中から火矢の雨を降らせる。
「烏合からだ」
陽那はそれをジグザグに走って躱しつつ鞭で弾くが、数が多い為完全には避けきれずに体を掠める。だがリロードの隙をついて反撃に出る。
鞭の先端から水の鞭生まれ、攻撃範囲を拡張する。その伸びた鞭の連続攻撃を殉羅は右に左に飛んで躱す。しかしそこに飛びかかる獅子。その鋭い爪が殉羅を捉え地面に叩き付けた。
続けざまに山羊が突撃。その角が勢いよく迫る。
「ふん」
だがそれを姿勢を整えつつ両手で受け止める殉羅。地面に足を着けた殉羅は突撃の勢いで地面を削りながら後方へ進む。やがて完全にその勢いを殺してしまった。
「くれてやる」
そのまま背後から迫っていたヒグマへ投擲。激突したヒグマと山羊は絡み合いながら転がっていく。
「はああぁぁぁ!」
背後から秋が迫る。そのまま雷電の直刀が振りかぶられる。殉羅はそれを身を捩って避け、逆に弓で殴りつける。
「ぐっ……!?」
「ぬるい。そちらもな」
左の家屋の屋根伝いに飛び出し上空から迫る陽那。その鞭を右に飛んで躱し、空中でカウンターの矢を放つ。
「やばっ……!」
その反撃の速さに攻撃態勢だった陽那は回避が出来ない。代わりに陽那は咄嗟に水の膜を展開し防壁とするが矢を防ぐには薄かった。貫通した矢が陽那の腹部に突き刺さる。
「っ……!」
その痛みに苦悶の表情を浮かべ落下する。そこに獅子が飛び出し、地面に叩きつけられる前に服の端を口で掴む。そのまま距離を置いて着地し、陽那を無事に降ろしたのだった。
「危ない危ない……ありがとねしーちゃん」
獅子に感謝しつつ水を纏った手で火矢を抜く。幸い破られたとは言え水の防壁が勢いを削ぎ、体も陽力で強化していた為傷は浅かった。
「大丈夫か陽那!」
「へーき!……まあヒラヒラ避けられるのはショックだけどね〜」
駆け寄る秋に無事を知らせる陽那。
「けど獅子の爪は効いてた。陽那の水は相性が悪いから特に注意されてるんだろう」
秋の視線の先、殉羅の額からは青い血が少し垂れていた。それは獅子の爪を受けた時に出来た傷だ。
「そうだね。このままあたし達で時間を稼げば……」
「無駄だぞ。あの女を狙っているのは私だけでは無い」
「何……?」
陽那の言葉を遮るように告げる殉羅。それに秋は違和感を持つ。
(これ程の強さを持つ『影』が他の『影』と……? 弱い『影』が群れる事はあるけど、位階が上に行くに連れて単独行動が増える。けどこいつは違うのか)
『影』は陽力を人から取り込み陰力に変換する他、同胞である『影』からも陰力を得る事ができる。強い『影』は群れて協力する必要が無く、獲物を独占し同胞をも糧にしてより強くなる。
だからこそ殉羅の他の『影』と協力をしている口振りが気になったのだ。
「なんにせよ、僕らはこいつを倒さないと救援には行けない」
「そうだね。まだまだ余裕ありそうだし背中を見せたらズドンだね」
未だ底を見せない殉羅に隙を見せるのは得策ではないと考える2人。
「やるなら短期決戦にしないとね。アレで決めよう」
「ああ、練習通りにやれば大丈夫さ」
散開してかけ出す2人。それを殉羅は距離を離しながら様子を伺っている。
(男の方は素早い近距離型。雷は五行で木……こちらは火で有利。だが矢を避けられて詰められると不利だ)
秋の戦型を見て自身の戦型との相性を思考する殉羅。続いて視線は陽那へ映る。
(そして女の方は中距離型。五行は水でこちらの火は不利。能力は無いがそれなり硬度がある式神を前面に押し出して隙あらば自身も攻撃する。式神は攻め、術者のカバー、そしてこっちを囲うように動かし死角を突く……と言った風に役割を分けている。3体目はこちらの意識を散らし、射撃の精度を下げさせる狙いだろう)
幾度かのぶつかり合いで得た情報を元に冷静に分析する。そして手数の不利を覆す策を練る。
そんな中、先に仕掛けたのは秋達。殉羅の右側から秋が雷電を纏った直刀を喰らわせるべく迫る。もちろんそれをただ見ている筈がない。
「『散火之矢』」
放たれる無数の火矢。秋がそれを躱すと読み、その先へ本命の矢を放つ二段構えの策であった。しかし……。
「なに……!?」
秋は火矢を打ち払いそのまま前進する。当然全てを打ち払う事はできず、その身に矢が突き刺さっていく。
「ぐっ!」
(急所は避けた!このまま……!)
肉を切らせて骨を断つべく、秋は本命の矢をつがえる前に殉羅へと迫る。
「うおおおぉぉぉ!」
「クソ……!」
振り下ろされる雷電の刃。それを殉羅は弓と矢をX字に重ねて受け止める。
五行の木である雷は殉羅の火の術を強化してしまう。しかし相生の関係を100%引き出すには2つの術の波長を合わせる必要がある。その為、波長の違う2人の術はあまり調和せずに雷が殉羅へ伝搬した。
「ぐぅ……! こ、のぉっ!」
「っ! ぐあっ!」
(雷を食らってるのに……!?)
殉羅は痺れる体をなんとか動かし、秋の脇腹へ蹴りを打ち込む。秋の肋骨が砕け、そのまま壁に叩きつけられる。地面に倒れた秋に本命の火矢が定められる。
「グオオオオ!」
それを殉羅の左側より迫ったヒグマが爪を振るって阻止する。弓と矢が宙へと舞う。
「ここだ!」
陽那の号令の元、続けて獅子と山羊が加わり三方向から追撃する。
「舐めるな!」
殉羅はその猛攻を徒手空拳によりそれを瞬く間に捌き、逆に式神3体を怯ませる。だが攻めはそれだけでは無い。陽那が空へ飛んだ弓矢と入れ替わるように落下してくる。
(武器は無い! これで……!)
陽那は刀印を結び、鞭の先端へ陽力を集め水に変質させる。
「『
渦巻く巨大な水球が勢いよく振りかぶられる。だが……
「甘い」
瞬間、陽那の上空の弓と矢が炸裂する。そして炎の散弾が陽那の背後を襲う。
「がっ……!」
思いもよらない攻撃を受けバランスを崩して落下する陽那。水球は殉羅とは離れた場所に落下し炸裂。式神も炎の雨に撃たれ、やがて光のように体を綻ばせて消滅した。
水柱だけが虚しく立ち上る。
弓矢を再生成し、倒れ込む陽那へ向ける殉羅。
「終わりだ」
射られる火の矢。陽那の頭蓋を刺し貫こうと一直線に迫る。
だがそうはならなかった。
倒れる陽那の懐から、尻尾の先が氷の花のようになった猫が現れる。そして花から氷混じりの水が放たれ、その勢いで陽那の体を運び矢を回避したのだった。
(式神をまだ隠し持っていたのか……! だが!)
再度矢を生成する殉羅。その目には苛立ちが映る。だがその苛立ちが、殉羅の周囲の事象へのアンテナを鈍らせた。
背後から放たれる術。倒れた秋が放った雷だ。
「っ! まだ生きていたか……!だが外したな」
秋がまだ術を撃てる程動ける事にやや驚く殉羅。しかし術は外れ、勝ちを確信する。
「私の勝ちだ」
「いいや、僕達の勝ちだ」
その時、雷が陽那の『水禍剛球』の水飛沫に接触する。
陽那の術はまだ終わっていなかった。そして秋の狙いは初めからそれだったのだ。
陽那の五行は水、秋の五行は木。水は木を強化する相生の関係。
「
唱えられる術名と末尾詠唱。雷が増幅され、雨を伴う雷である水雷の名の如くそれは降り注いだ。
「があああぁぁぁっ!」
殉羅は術で迎撃する事もその場から逃れる事もできずに直撃。絶叫が雷鳴や雨音と共鳴する。
やがて術が消え、雷に灼かれた殉羅は膝を着き倒れたのだった。
「はあっ……! はあっ……! ガハッ! ゲボッ!」
秋は肋骨が折れる所か頭も強く打っていた。痛みに苛まれ、作戦が上手くいったことを喜ぶ余裕がない。
「いっつ……! うぅ……!」
陽那も同様に身を丸くし激痛に耐える。陽力で強化しているとはいえ術をまともに食らったので無理もなかった。
(なんとか、なったか……)
直刀を杖のようにしてなんとか立ち上がり、陽那の元へ歩を進める秋。
「ぐ……うぅ……!」
「「っ!」」
そこに倒れ伏した殉羅が呻き声を漏らす。あれだけの技を食らってまだ息がある事に2人は驚愕する。
(生きてる……!? けど動けないなら……!)
「トドメを刺す……!」
秋が進路を変えて殉羅へ向かう。その時……。
「っ!」
そこに勢い良く巨大な蛇のような何かが通る。
地面を抉りながら進むそれが通り過ぎた時、そこに殉羅の姿は無かった。
「な、なんだ……!?」
過ぎ去った方向を見る秋。長大な何かは空へ登り、彼方へと飛んで行った。それは龍の姿をしていたのだった。
(巨影よりも数10倍はデカイ……あんなのが何故……!? )
あれは何者なのか、何故この場へ現れたのか、殉羅はどうなったのかと思考を巡らせるが、秋に分かるのは強大なその姿だけであった。
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