第23話 交戦開始

 殉羅じゅんらと交戦する秋と陽那を背にして走る響達。


「響くん! 2人は……!? 2人だけじゃ……!」

「大丈夫だ。そういう手筈だからな」

「え?」


 手を引かれて走る空が2人を案じて振り返る。そこに落ち着いた声で響が答える。




 数10分前、鬼虎きとら神社。


「通常、現世には安倍晴明の結界がある事で『影』が現世に干渉する事はできないんだ。でも、術に特別な条件を付ける特定条件を利用する事で『影』はそれを可能にしているんだ」


 特定条件……陰陽術に条件を付与する事。そうする事で術の効力を引き上げる事ができる。『影』はこれを利用しているのだ。


「お、おう?」

「要するに、『影』が現世の人を影世界に連れて来るには一定の法則があるんだ。その最たる例が、『影』が現世から影世界に引きずり込んだ時、数kmは『影』から人が離れた位置に出る事。人に無害な距離と時間を与えることで世界間の干渉を可能にしているんだ」

「あ、確かに……」


 響は過去二回にわたり影世界に迷い込んだ時もすぐには『影』が現れなかった事を思い出す。


「ん? でも場所は元いた場所が影世界になっただけだったぞ? じゃあ、空はこの神社で『影』に連れてかれたんだから、あっちの方の神社に行ったんじゃないか?」

「そうだな……現世のある地点をA、影世界の同じ場所をA’として……AからA’にそのまま連れて来る時は『影』自身が距離を置いているんだ。場所に罠を設置する感じで、罠にかかったのを感じてそこに来るって流れかな? 普通はこういう感じなんだ」


 響に分かるようにジェスチャーを交えながら説明する秋。響はそれに真剣に耳を傾けるのを確認し秋は話を続ける。


「ただ今回はそうじゃないと思う。神社の、それも結界の中に干渉してきた。普通じゃできない事だ。そして暗門に似たあの門、それが現れる時の消えてく『影』の体が印のような紋様になったのも異常だ」

「そうだな。あんなのは俺の時には無かった……じゃあ素直にあっちの神社に連れてかれたなんて思わない方がいいな」

「そういう事、あたしも見た事ないし用心に越したことはないね」


 一層気合いを引き締める3人。丁度暗門の解錠が完了する。3人はそれを確認して門へ歩を進めるのだった。




 影世界。

 響達は空の元へ急いでいた。案の定神社に空はおらず、そこに常駐する陰陽師にも聞くが変わった反応は無かったという事だった。



「なるほど、こいつで空の場所が分かるのか」

「そう、陰陽師に与えられた端末は特別製。電波の無い影世界でも中距離なら陽力で通信できる。通話は短距離までだけど、通信可能距離なら端末同士の位置方向を送受信してるから大体の場所は分かるんだ」


 暫く走っていると、3人の手の中の端末のナビアプリがコンパスのように空の居場所を差したのだった。その方向に行けば空と合流出来るのだ。


「ただ急いだ方がいい。どれだけ『影』から離れた所に居るか分からない。そしてこの事態引き起こした『影』は高い知性を持っていると考えられる。十中八九『影人』だと思う」

「『影人』?」

「『影』が陽力を取り込んで成長、知性を得たのが『影人』だよ。人と似た姿をしてるけど眼球が黒かったり、体にどす黒い痣があるから分かると思う。何より陰力も纏ってるしね」

「そうそう。位階は最低でも第肆位以上。強力な術も使うから、位階が1個でも下の人が単騎で挑んだらまず命がないらしいよ」

「そんなやばい敵なのか……」


 予想される敵の詳細を聞いて息を飲む響。尚更空の元に早く駆けつけねばならないと強く想う。


「だから響は空と合流したら2人ですぐにそこを離れてくれ。僕と陽那で時間を稼ぐ。実力的にもそれが適任だと思うよ」

「そうだな……分かった。無事に戻って他の陰陽師が来てたら応援に行って貰えるように言う」

「よし、決まりだね! さあ、空ちゃんを助けに行くよ!」


 手筈を確認し終わり、空の救出の為に道を急ぐ3人だった。




 現在。


「つー訳だ。俺らの仕事は無事に帰って2人へ応援を送る事だ」

「……うん、分かった。ごめんね」


 これまでの事を聞き、空は自分の所為で迷惑をかけていると考え思わず謝罪の言葉が漏れる。


「悪いのは空じゃねぇ。だから謝んなくていい。今は自分達が生き残る事を考えようぜ」

「うん、ありがとう。急がないとね」


 響はそんな空を励まし影の世界を駆けるのだった。



 同刻、空と殉羅が邂逅した場所。


 そこでは火の矢と雷が闇を切り裂くように飛びかう。そして闇に溶け込むような黒い鞭もまた標的に向かって伸びるのだった。


 殉羅はそれに勘づき、身をかがめて避ける。


「やって! ひーちゃん!」

「ガアアッ!」


 陽那の式神のヒグマが指示の元、すかさず殉羅の背後から迫る。殉羅は体を起こす勢いを利用、バック転をするように避ける。そして着地と同時に矢をつがえてヒグマに向かって撃ち放つ。


「おっと!」


 陽那は少し離れた場所から鞭を操り火の矢を叩き落とす。小さく舌打ちをする殉羅。


「『雷華らいか』! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 そこに撃ち込まれる雷電の砲弾。着弾し、周囲をこれでもかと明るく照らす雷の華が咲く。


「このまま畳み掛け……っ!?」


 秋が護符を取り出し追撃しようとするが、煙の中から飛び出た火の矢がそれを阻止する。煙が晴れて少し傷が着いた殉羅が出てきた。


『影』の上位種である『影人』は伊達では無かった。

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