第21話 空の初任務 同行者:響、秋

曇天がやや憂鬱な空気を醸し出すある日の午後。


響と空、そして秋は東京から外に出ていた。


車で富士ノ山が見える道路を行き、訪れたのは隣の国である甲斐ノ国。


東京に近い事もありその発展具合は中々のもの。高層ビルこそ無いが、太陽の霊力に満ちており妖は夜でも殆ど出ない。


そこにある鬼虎きとら神社に緊急の任務で招集された。内容はよくある少年が『影』に取り憑かれたという下位任務。しかし一つ異常とも言うべき点があった。


それは宿主の急速な衰弱。本来ならば陽力を陰力に変換する過程は早くて3ヶ月、遅くとも半年かかる。しかし今回は発覚してまだ5日しか経っていないにも関わらず、その症状は末期のそれであった。


故に早急に『影』を倒すべく、本日任務が無く手が空いている響と空、秋に白羽の矢がたった。


「大丈夫か?……まあ、緊張すんなって方が無理があるか」

「う、うん……ちょっとね」


初の任務が緊急の案件。ちゃんと『影』を倒して人を助けられるのか、そして陽力を暴発してしまわないかを恐れているのだ。


「いざと言う時は俺がいるから大丈夫。だから安心しろ」

「僕も居るんだけど……というか僕が引率するようなものだし。サポートするから安心してよ」


そんな空に響と秋は安心させるように声をかける。空が頷くもその表情は固く痩せ我慢というのが本当の所であるのは明白だった。だからこそ響と秋もより一層気合いを入れて臨むのだった。


響の時のように神社の一室、結界内の布団を囲む響達。


「絶対に助けるからね」


苦しむ被呪者の少年に小さく語りかける空。返事は無く荒い呼吸が続くだけだが、空はより一層決意を固めるのだった。


「来るよ、響は空のバックアップだからね」

「あぁ、危なくなったらすぐ呼べよ?」

「うん」


手筈を確認する3人。やがて陰陽師の祝詞が終わった瞬間、少年の口から黒いモヤが漏れ出る。そして形を成し小さい鬼のような『影』が現れる。


「グキャキャキャ!」

「任せたよ!」


秋が少年を抱えて一度結界を出る。そして『影』は空に目掛けて一直線に飛んでいく。


「っ!」


空は思わず恐怖で目を瞑り、しゃがみ込むように躱す。ほとんど反射的なそれは、空の戦いの経験の少なさを如実に表していた。


「空!」

「だ、大丈夫!」


恐怖を振り払うように響に返事をする。その空の脳裏に初めて影世界に迷い込んだあの日が思い起こされる。絶体絶命の瞬間、『影』の前に立ち塞がった響。その力強い姿を。


(──怖気付いちゃダメ……! 響くんは陽力を知らない時でも『影』から私を守ろうとしてくれたんだ……! だったら私だって!)


空は体勢を整え『影』に向き直る。そして響のように拳を構え、陽力炉心から生み出した陽力を全身に纏う。


「クキャーッ!」


『影』が反転して再度空へ襲いかかる。それから空は目を逸らさない。もう空の表情に恐怖は無かった。


「はあっ!」


ボグッ!


「グキュッ!?」


空の拳が『影』に命中する。『影』は間抜けな声を上げて結界が構成する壁まで吹き飛ばされる。小さく結界内が揺れら中、空はそれを追って結界の端に駆ける。


だが畳に倒れ伏した『影』はピクリとも動かず、その体を霧のように綻ばせる。


「え? や、やった……?」


『影』の前で足を止めた空。『影』の様子を見て安堵の表情を見せる。結界の外の被呪者の方を見ると、秋の傍らで陰陽師の治癒を受けて顔色が良くなっていた。これで任務は完了した。




……かに思えた。



「……っ! 空後ろ!」

「え?」


響の声に振り返る空。足元に倒れた『影』が居たが、その消えゆく塵が空中に留まっている。それは即座に呪印を形作り襖のような門が現れた。


それは、誰の目にも明らかな異常であった。


「なに、これ……?」


戸惑う空の前で扉は開く。すると漆黒の空間から現れた、炎のように揺らめく黒い影が立ち尽くす空を呑み込んだ。


「空!」


響の声で空が振り返る。その目には手を伸ばして空の元へ駆ける響の姿があった。


「響く……!」


空がその手を掴もうと同じように手を伸ばす。しかし触れ合う直前で影に呑み込まれる。そして門の中にその影は還り、ゆっくりとその扉を閉ざすのだった。


「……っ! なんっなんだよ! 開けっ! 開けよ! 空ぁっ!」


閉ざされた門を開こうとする響。だがそれはビクともしない。そして力任せに何度叩いても同じだった。


「っ! ならっ!」


響は拳を構え陽力を集中させる。『紅拳』で無理やりこじ開けるつもりだった。だが術を当てる前に扉はドロリと溶け、塵一つ残さず消滅したのだった。


「なっ……! そん、な……」


響は膝から崩れ落ちる。そして行き場のない『紅拳』は蝋燭のように弱々しく消えていく。


「……っ! クソぉ!」


畳に振り下ろした拳の音と怒声だけが結界を木霊するのだった。





影世界。

相変わらず闇が支配するその世界で屋根の上で大きな月を眺める影が2つ。短い紺色の髪の先が白い男と長髪の黒髪の先が赤い男の2人。その内の1人が何かを感じ取り口を開く。


「……殉羅、我が仕込んだ術が発動したようだ」

「そうか。さて、獲物はかかったかな?」


2人の『影人』……伽羅から殉羅じゅんらは立ち上がり期待に想いを馳せる。月はそれに呼応するように妖しく輝いていたのだった。

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