第20話 響の初任務のその後
響の初任務から数日後。
今日も東京郊外の任務を終えた響と陽那は、その足で近くのショッピングモールへ来ていた。
「いや〜付き合わせちゃって悪いねぇ」
「別に荷物持ちぐらいどうって事ねぇよ。寧ろいつも俺の任務に付き合って貰ってるし」
第拾壱位の響は位階が1、2個上の任務を受ける際、位階が高い陽那が付き添うことが多い。今日の任務もそういった任務であった。
「そう? じゃ、ありがたく荷物持ちして貰おーっと♪」
陽那はご機嫌な様子でモールを進む。響はその横を並んで歩くのだった。
1時間後。
「可愛い服ゲット〜! 今度着るの楽しみだぁ〜♪ はい、持って〜?」
「ほいほい。どれも試着して似合ってたな」
「ありがと♪ あの店の系列は獣人用のが揃ってるから重宝してるのよ〜♪」
陽那は4つ程の紙袋を響に手渡す。既に持っていた紙袋と合わせて7つ程。その内1つは靴が2足分入って居た。
「結構買ったけど、次どこ行くんだ?」
「もう見えてくるよ〜」
陽那の視線の先にはランジェリーショップ。所謂、女性用の下着を扱う店。男とは凡そ無縁な場所だった。
「……あーね」
当然、響は気まずくなる。
「ん〜? そうだ♪ 一緒に見る?」
「はぁっ!?」
陽那は悪戯っぽく響に問いかける。それに同様する姿を楽しんでいるのは明白だった。
「あっははは! 顔赤〜い! 反応可愛い♪」
「か、からかうなよ……!」
「ごめんごめん! もぉ〜冗談だよ〜? 実際一緒に見るのはあたしも恥ずいし?」
「恥ずかしいんかい! ったく……近くのベンチで座っとく。終わったら呼んでくれ」
響は呆れつつ、照れ隠しとばかりに足早にその場を後にするのだった。
数10分後。
(そろそろ連絡来るか?)
響はトイレを済ませベンチに戻ろうと歩いていた。その時、1人の少女とぶつかった。
「おっと、ごめん。大丈夫?」
「す、すみません!」
響にぶつかった中学生くらいの少女は、ズレたバケットハットを直しながら頭を下げる。
「それなら良か……っ! 君は……」
「?」
顔を上げた少女と目が合った響。その顔には見覚えがあった。
(この子は俺の初任務の時の……
響の初任務の際、『影』に取り憑かれ衰弱していた少女だ。
今は血色も良くなり肉付きも健康的。白髪のようだった銀髪も艷めいて、年相応の可愛らしさを感じる。
「あの……どうしました?」
「あ、いや……し、知り合いに似ててびっくりして……」
響は驚きのあまり彩をジッと見てしまっていた。何とかそれっぽい理由で誤魔化す。
「そう、ですか……」
「はい……」
やや気まずい空気が2人の間を流れる。すると、そこに彩を呼ぶ声が。
「彩〜? 行くよ〜?」
「あ、今行く! えと、じゃあ……失礼します!」
「あ、うん。じゃあ……」
彩が友達らしき少女に呼ばれ、足早にそちらに駆けて行った。
「あれ誰? 彩の知り合い?」
「ううん、知らない人だったよ?」
「ふーん? でも結構見つめ合ってたよね? もしかして……あのイケメンくんに一目惚れしちゃった?」
「そ、そんなんじゃない!」
そんな会話をしながら離れていくのを響は眺めていた……。
「響く〜ん?」
「おわっ! 陽那!?」
いつの間にか背後に居た陽那に声を掛けられ、響は飛び跳ねんばかりに驚く。振り返った陽那の顔は不思議そうに首を傾げていた。
「あの子って巴 彩ちゃん?」
「お、おう……偶々ぶつかったらあの子で驚いた」
陽那は響が話していた相手が彩だと気がついたようだ。
「あたしらの事覚えてた?」
「いや、俺って分かってなかったから……多分覚えてない」
『影』に襲われたりした人間は、陰陽師によって保護、適切な処置を施された後は記憶処理を施している。
超常の存在である『影』には関わらない方が陰陽師と被害者の双方にとって都合がいいのだ。
なにより、人の日常を守るのが陰陽師の使命であるので当然の事。
だが響や空のように陽力に目覚め、記憶処理が効かない場合がある。その場合『影』に狙われやすくなる。そしてその為の天陽院。
陽力のコントロールを学びそのまま陰陽師になるか、コントロールできたタイミングで他言無用の契約を交わし日常に戻るかを選ぶ。
稀なケースだが、事件から暫く経って目覚める事も偶にあるらしい。
「無いなら良かった。一番は普通に過ごす事だもんね」
「ああ……そうだな」
陰陽師は物騒な界隈だ。人を襲う『影』、陰陽術を悪用する人間とも戦う。
覚悟も理由も無しにそんな世界に近づかない方がいいのは明白だった。
「……響くん? どしたの?」
陽那はどこか心そこに非ずと行った響の顔に気がつく。
「あーいや、ホントに記憶が無くなるんだって……あんなに『影』に辛い目に合わされてたのに……」
嫌な記憶ほどよく覚えているもの。『影』に取り憑かれ生命力と陽力を奪われる苦しみはとてつもない。
だが彩はそれを綺麗さっぱり忘れていた。
「良かったと思うし、俺も後悔してない。けど、なんか……もやっとする」
どこか引っかかる想いを言語化出来ず首を捻る響。陽那はその正体が何となく分かったようで……。
「あたしも初めはそうだったな〜」
「そうなのか?」
「うん、記憶無くなるって事は、あたしらが助けた記憶も無い訳じゃん? それってがんばった意味あるのかな〜って。でも別に、絶対感謝されたいって訳でも無いってやつ」
「あーそれだ……多分」
陽那の言葉で悩みに何となく合点がいく響。
「でもさ? 例え本人が忘れても、覚えてる人は居るって気がついたんだよね」
「あ……」
任務の際、陽流陰流問わず陰陽師が絶対に関わる。それらは役目を果たし人を救った事は密かに記録にも残る。
「だから、完全に無かった事にはならないよ」
「……そっか、そうだよな……」
響が命を賭して人を守った事実は確かに存在する。
「ありがとう陽那。なんかスッキリした」
「いいって事よ! それに……」
納得した響に、一拍置いて陽那は言う。
「響くんの頑張り、あたしは絶対忘れないよ?」
陽那は真っ直ぐ、響の目を見て伝える。
理不尽から人を守るという確かな信念を持ち、ひたむきに努力をし、命を賭して戦う。
そんな響の姿を、初めて会った時から陽那は一番近くで見てきたのだ。だから、例え助けた人に忘れられたとしても……きっと陽那は忘れない。
「だったら、嬉しいな……」
そして響自身も、己の行いを忘れない。自分の信念が間違いなんかじゃ無いと……信じているから。
「じゃ、改めて買い物行きますか!」
納得した所で空気を一新するように陽那は元気に意気込む。
「おう、次はどこ行くんだ?」
「お腹空いたからご飯! 何食べる〜?」
陽那は相変わらず楽しそうに歩き、響も荷物持ちとしてそれに付き従い歩むのだった。
こうしてのんびりと過ごす2人であった。
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