第17話 響の初任務 同行者:陽那-弐-
鳥居を抜けて舗装された道路の前に出る響と陽那。
「で、これからどうするんだ? 学校戻って授業受けるのか?」
「へ? 次の任務に行くんだよ?」
「え?」
「下位の任務は一日に2、3個受ける事もざらなんだよ〜? てな訳で次の現場へGOー! ……ってまあ送って貰うんだけどね」
そう話しているとちょうど神社の前に青い車が止まる。それは今朝も学校から神社まで送って貰ったものと同じだった。
「おっす! 2人ともお疲れぃ!」
運転席の窓が下がると、黒いサングラスで隠すどころか余計強面に磨きがかかったスーツの男性が声をかける。
「ありがとう! 神木さん、引き続き送迎よろしく!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「あいよ! あ、ほいこれ。次の資料な」
乗り込んだ2人にバインダーに挟まれた紙の資料を渡す神木と呼ばれる男性。このように『柊』の人間は『影』に対抗する力は無いものの、送迎や資料の作成など多岐に渡り陰陽師をサポートする存在である。
「えーと、近所の学生が肝試しがてら入った廃ラブホで幽霊を見たと……悪ガキだね〜。響くんは行ったことある?」
「肝試しもラブホもねぇよ」
「あたしもどっちもな〜い」
「肝試しは場所によるが……ラブホはあったら問題だぞ未成年ズ……」
「あっはは! それもそうですね〜! ま、そんな若気の至りの話から怪しいとみて調べたらビンゴ。偵察した『陽流陰陽師』の人が『影』を複数確認したって」
現場へ向かう車内で響と陽那は顔を寄せて資料を読み込む。今回は位階が捌位の単純な『影』の討伐である。
『影』は付喪神と違い通常肉眼では観測出来ない。しかし影世界はもちろん、現世でも『影』が潜伏して濃い陰力の残滓がこびり付いた場では一般人でも観測が可能なのだ。
今回のように一般人からの情報を『柊』が選別し、『陽流陰陽師』の偵察の結果次第で『陰流陰陽師』の任務として依頼される。
これが現世での任務斡旋の流れである。
「そういや位階って任務の難易度と一緒に『影』の強さにも使われるんだろ? 具体的にどう違うんだ?」
「うーんと待ってね? バーって言っても困るだろうから、とりま下位の
そう言って陽那は自身のスマホを操作する。暫く待っていると響のスマホが震え、通知タブを開くと文書データが送られてきたのが分かった。響はスクロールして目を通していく。
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下位の影の位階について。
第陸位︰影(中型 大型 能力持ち 術持ち)
陽力・陰陽術による複数回の攻撃、もしくは強力な一撃が必要。微弱な再生能力を持つ
第漆位︰影(中型 大型 能力持ち 術持ち)
陽力・陰陽術による複数回の攻撃、もしくは強力な一撃が必要。
第捌位︰影(中型 能力持ち 術持ち)
陽力による複数回の攻撃が必要。陰陽術による攻撃で一撃。
第玖位︰影(小型)
人に取り憑かずとも陽力を取り込めるようになった。陽力による攻撃で一撃。
第拾位︰影(小型)
人に取り憑き徐々に陽力を取り込む。陽力による攻撃で一撃。
第拾壱位︰影(幼体)
影としての形が出来てすぐの状態。陽力で暫く触れるだけで消える。
影(下位)の種類。
・大型
体が異常に大きく発達した個体。
・中型
体がやや大きく発達した個体。
・能力持ち
腕を伸ばす、体の一部を爆弾にするなどの肉体を媒介にした固有の能力がある個体。
・術持ち
陰陽術を扱う個体。多くはシンプルな術で、影人から複雑で強力な術を扱うようになる。
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「おお、分かりやすいなこれ。ありがとう陽那」
「どういたしまして♪ ではここで質問です! 今回の任務は第
陽那は響のスマホの画面を手で隠して抜き打ちテストを始める。響は資料の内容を思い出す。
「えーと……第捌位は中型、能力持ち、術持ち……その中で廃ラブホ内に出たなら、中型はロビーとか広い場所ならギリギリ入るかもな。複数体だから何種類かがいるかも。んで、陽力で何回か殴るか陰陽術で一発で倒せるレベルの影だ」
環境要因も含めた見解を述べる響。
「うん、正解! 暗記もだけど、ちゃんと今回の任務内容を加味してえらい!」
「やるなぁ坊主。ま、付け加えるなら何事も例外がある。『影』が成長して位階が上がっている可能性も加味できるようになれば言うことなしだな」
「あぁ〜! それあたしが言おうとしたのに〜!」
「フフン、早い者勝ちだ」
「ずる〜い!」
「あはは…… 陽那と神木さんの資料とか教え方は分かりやすくてありがたいッス」
響の要領の良い所と謙虚な姿勢に陽那とミラー越しの神木も賞賛する。そうこうしている内にナビの音声が目的地に着いたことを告げた。
「着いたぞ。健闘を祈る」
車を降りた響達は私服の『陽流陰陽師』に声をかけて招き入れて貰う。すると結界に踏み入れた瞬間周りの空気が変わる。
廃ラブホにはジメッとしながらも底冷えするような嫌な空気が漂っていた。響はそれに加え『影』の耳障りな音を確認する。
「居るな……結構多い」
「あ、そっか。分かるんだったね。どういう理屈なのぉ?」
「いや、俺もよく分かってない……なんかめちゃくちゃ不快な音が聴こえるって感じなんだが……」
「それ、もしかして特異体質なんじゃない?」
「特異体質……?」
ニュアンスはなんとなしに分かるが聞き慣れない言葉を聞き返す響。それを陽那は丁寧に説明する。
「特異体質って言うのは、生まれつき何か異様に優れた能力を持ってる人の事だよ。身体の能力の延長線上にあって、視力が良いとか匂いに敏感だったりする感じかな? 珍しいけど陰陽師の中にも何人か居るよ」
その話を聞いて響はまた夢の断片を思い起こす。
(身体の力か……夢のあの子が言ってた、人の……俺自身の力だったりするのか?)
「響くん?」
「っ! ああ、わりぃ……ちょっと飲み込むのに時間かかった」
「んー? ならいいけど〜」
(とりま任務だ)
夢の事は一旦置いておき、意識を目の前の任務に集中するのだった。
「陽那の話だと……俺は耳がいいって事か?」
「そうかも! それじゃあ、その耳に頼っちゃおっかな〜? 今どの辺に何体いる?」
陽那に頼まれ響は目を瞑り耳をすませる。すると複数の不快な音が建物内を移動するのが分かった。
「うーんと……5階に2、4階に1、3階に2体……だと思う。多分」
「おお〜! あたしも陰力探知……陰力の気配を感じる事はできるけど、精々同じ空間に居ないとダメな程度だからね。響くんのそれはいい武器になるよ。よし、それじゃあやろっか」
陽那がそう言うと刀印を結ぶ。すると陽那から溢れる陽力が三つ程の塊となり、やがて動物を模した形を成す。1体目は熊、2体目は獅子、3体目は山羊だ。
「うおっ、これが陽那の術……ってもう見たな。けどいっぱい出せんのすげぇ」
「陰陽術の一つの式神術だよ。陽力に術者の思念を込めたり、護符とかの媒介を使って自律する使い魔を作り出すの。一緒に戦ってくれる頼もしい仲間だね〜」
陽那は丁寧な説明に「君も鍛錬すれば覚えられるかもよ?」と付け加えながら獅子の頭を撫でる。すると獅子は凛々しい顔を可愛らしく綻ばせる。本物同然のその仕草を響は興味深気に眺めていた。
「それじゃあこの子達に5階と4階に言ってもらって、あたし達は3階に行こう?」
「了解!」
響達は階段を駆け上がりそれぞれ担当の階へ向かう。上に行く式神達を見送ってから2人は3階へ足を踏み入れた。
「右の真ん中ぐらいの部屋……その奥に居る……ここだ!」
響は309号室と書かれた朽ちた扉を開ける。そして陽那と共に慎重に足を踏み入れた。
「オアア?」
「ブルル……!」
丸いベッドがある奥の部屋には大小の2体の『影』がおり、響達を確認するや否や警戒態勢に入る。
「いきなりやる気だね。響くんは小さい方任せた」
「え? いや俺が大きい方を……」
「大丈夫! 私の方が位階上だからね!」
「……分かった、終わったらすぐ援護する」
響は少し迷ったが陽那の力強い言葉に納得し、己の敵を見据えた。『影』と陽那達に緊張が走る。
「っ! 陽那!」
その時、『影』が一斉に陽那に襲いかかる。体格の良い響より小柄な陽那を狙ったのだ。だがそれはとんだ勘違いである。
陽那は涼しい顔で小さい方の突撃を身を屈めて躱し、そのしゃがみからの立ち上がりをバネに大きい方を奥に蹴り飛ばす。
「んじゃよろしく!」
そう言って壁に激突した大きい方を追って軽やかに飛び出して行く。その姿に響は安心し、小さい『影』に改めて向き直る。
「グギュルルル!」
小さい『影』は躱された事に忌々しげに唸り、腹いせとばかりに響に向かっていく。
「っ!?」
先程より素早い動きは術を準備していた響の不意をつく形になった。響はそれをなんとか右側に転がるように躱す。
壁に激突してよろめく『影』。響はその機を逃さないよう準備のかかる陰陽術ではなく、素の陽力を纏った拳を打ち込む。手応えはあったが倒すまでのダメージはなく『影』はすぐさま距離をとる。
「小さいのに硬ぇ……!」
(前の『影』とはまるで違う……これが位階の差か。何とか術を当てる隙を作らねぇと……)
そう考え隙を伺うも、部屋を縦横無尽に飛び回り様々な角度から攻撃してくる『影』。それを躱したり受け流す響。しかしその小柄な相手の動きに慣れていない響は翻弄されて反撃を中々打てないでいる。
「クケケケケ!」
『影』はその光景に勝利を確信したように下卑た笑い声をあげる。だが響の顔は至って冷静だ。
(この軌道から3回……術を準備……来た、これで4回目)
響が右腕に陽力を集めると『影』が幾度目かの攻撃に入る。だが、それこそが響の狙いであった。
「ぐけぇ!?」
響は術のタメをフェイントに使い、突撃してくる『影』に合わせて陽力を集中させた拳を叩き込む。響は攻撃に耐えながら『影』の動きの癖を記憶し、陰陽術を準備するタイミングで突撃してくる事を見抜いていたのだ。
『影』は壁に激突。すかさず響は前に出る。『影』が逃げようとするがもう遅い。響の紅蓮の如く燃え上がる拳……『紅拳』が直撃する。
「ガ……!」
焼け焦げた灰が風に吹かれるように『影』は消え去った。それを響が確認すると陽那の方に向き直る。
「グギッ!ガッ!ゴォっ!」
すると風を切りながら襲いかかる黒い鞭に目を引かれる。そしてそれにより滅多打ちになる『影』の姿があった。
鞭の主は陽那。器用に鞭を操作し、変幻自在の多角的な攻撃を繰り出している。
『影』は大きく下がり、いくつかの火の玉を宙に浮かべる。それらは『影』の咆哮と共に陽那に襲いかかる。だが陽那はそれにも涼しい顔で鞭を操作し、瞬く間に全弾打ち払ってしまう。
「ンガァ!?」
「隙あり!」
バシィッ!
「グギャアッ!」
一瞬、動揺して動きを止める『影』を陽那は一際陽力を込めた鞭の先端を叩きつける。『影』はそのまま床にめり込み、形を綻ばせて消えていった。
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