第16話 響の初任務 同行者:陽那

響達の転校から1週間後。


「ここか……」


響は基本の上下黒の制服に身を包み、上着の胸元を開けオレンジ色のシャツを覗かせる着こなしをしていた。


そんな響が訪れたのは東京のど真ん中に構えた火輪ひりん神社。太陽を信奉する東京で最も大きな神社で、その立派な外観をソワソワとしながら見上げる響。


そんな響に、陽那は尻尾を振りながらいつもの調子で声をかける。


「響くん緊張してる〜?」

「そ、そりゃそうだろ……なんてったって初任務なんだからよ……」

「まあそうだよね〜。でもちゃんと響くんに合わせた任務になってるし、私もしっかりサポートするから大丈夫だよ! うん!」


柄にもなく緊張した面持ちの響に陽那はいつも通り元気に言葉を伝える。


「おう、今はそのうるさ……賑やかさが助かるわ」

「今うるさいって言った!? ヘラるよ!?」

「ヘラるってなんだよ……!?」


2人の任務は『影』に取り憑かれた少女を助ける事である。 弱い『影』は陽力を纏った攻撃で簡単に倒せる程で、とても人をそのまま襲って食べることなど到底不可能。


万が一そういう状態になったとしても、陽力を陰力に変換しきれずに自壊する。


それ故に弱い『影』は初めに無害な人に取り憑き、徐々に生気と陽力を奪って強くなっていくのだ。無論、取り憑かれた者の最期は衰弱死である。


「今回は拾位の任務だね」

「拾位?『影』に順位があるのか?」

「うん。位階って言って、陰陽師と『影』の強さの指標だよ。君にももう位階あるんじゃない? 学生証見てみ〜?」


響は転入時に支給されていた陰陽師専用のスマホを取り出し生徒手帳アプリを開く。すると学生証の響の顔写真の横に『拾壱』の字が書かれていた。


「ほんとだ? 貰った時には無かったのに……いつの間に?」

「任務受けられるようになったから更新されたんだよ〜。沢山任務受けたり、認定試験に合格したら位階と貰える報酬も上がるからがんばろうね!」


陰陽師、そして『影』の位階は第零位から第拾壱位までの12の漢数字で表される。大まかには零〜伍が上位、陸〜拾壱じゅういちが下位で、任務は基本『影』の位階以上の者が割り当てられる。


「響くんは今は最下位の拾壱位だけど、私が居るからじゅう位の案件も任せられるんだよ? 共同なら誰か1人が案件の位階以上なのが条件だからね。因みにあたしは第陸位!」

「おお! やっぱ陽那すげぇんだな……! ありがとう、色々勉強になるわ。てかそろそろ時間だし行こうぜ」

「うん、行こう!」


そんなやり取りをしていると予定の時が迫っていた。響達は真剣な面持ちで境内に入っていくのだった。


境内。


「お疲れ様です! 尾皆 陽那です!」

「お疲れ様です。今回が初めての任務になる白波 響です」


入口で出迎えたのは白い狩衣を来た中年の陰陽師の男性。彼に響と陽那は丁寧に挨拶をする。


「やあ、良く来てくれた。任務内容は頭に入ってるね?」

「はい、何時でも行けます」

「こっちも大丈夫です!」

「では着いてきてくれ」


2人は案内されるがまま境内に足を踏み入れる。



「この部屋です。その部屋から奥に2部屋進んで頂ければ現場です」


通されたのはなんの変哲もない和室。そこに『陽流陰陽師』が何人か待機していることが分かる。


「あ、あなた達が、娘を助けてくれる陰陽師様ですか……!?」

「あ、えと……」


入るや否や、響は駆け寄って来た40代くらいの女性に問いかけられる。いきなり詰め寄られた事で言葉を詰まらせる響。そこに陽那がすかさず助け舟を出す。


「はい、そうです! こんな成りですが腕には自信があります! ご安心ください!」

「お、お願いします……! 娘を、娘をどうか助けてください……! もう、私にはあの子しか家族が居ないんです!」


この女性は被害者の母であり、鬼気迫る表情で必死に訴える。隣から『陽流陰陽師』の1人が落ち着くように優しく宥めている。


その光景から響には陰陽師の仕事はどういうものかがこれでもかと伝わったのだった。


「全霊を尽くします。だからお母さんは娘さんの帰りを待っていてあげてください」


響は膝を畳に付け、視線を合わせて丁寧にそう伝える。陽那もそれに習うように視線を合わせて「私も同じ気持ちです! 任せてください!」と強く述べた。



響と陽那は奥へと進み、現場の襖を開けて中に入る。大広間になっているその部屋には先程同様に何人かの陰陽師がおり、数人は部屋の中心に向かい正座で何かを唱えている。


部屋の中心に視線を移すと燭台が真ん中の布団を囲むように四方に置かれており、陽力の結界が貼られている事が分かる。


「っ! この子が……」

「そう、『影』に取り憑かれた巴 彩ともえ あやさん」


結界の中心の布団には顔の色が青ざめ、痩せこけた姿の銀髪の少女……巴 彩が横たわって居た。息も異様に荒く、肌の表面には油汗が浮かんでいる。そして響はその目尻にもまた水が溜まっているのが分かった。


「……陽那、絶対に助けるぞ」


自然と出たその言葉には、さっきよりも更に強くなった決意が込められていた。


「もちろん」


短く返事をする陽那。その声も普段とは一転して低く、力強さと共に怒りのような色も伺える。


「じゃあ手順を確認するね。まず『陽流陰陽師』の人が結界を開けてくれるから私達はそこに入るの。そして今度は彼女の中から『影』を引きずり出してくれるの待つ」

「それで出てきた『影』を俺達が叩く……だな?」

「うん。でも私はまず彼女を結界の外に連れてくから、響くんはその間に『影』の相手をして欲しいの」


彼女を『影』から解放しても、その『影』に傷つけられては元も子もない。響はそれに強く頷き了承した。こうしていよいよ響の『陰流陰陽師』としての初仕事が始まる。


結界に招き入れられた響達は中心に移動。布団から少し距離を置き、頭と足の方向から2人で挟むように立つ。陽那が合図を送ると外の陰陽師達が祝詞を唱え始めた。


「うっ! ぐあっ……! あぁっ!」


すると寝ていた彩の体が突然悶え苦しむように動き出す。そして低い呻き声が結界に木霊する。 事前に聞いていた響と陽那は狼狽える事無くそれを見守り機を待つ。


そしていよいよ詠唱は終盤。響と陽那は構える。


「あああぁぁぁっ! 」


最後の一小節を唱えた瞬間、弓のように体が仰け反り大きく叫ぶ彩。その開いた口からすすのような、煙のような黒い何かが吐き出された。


それは段々と形を成し、目が3つある小さな子供のような異形の『影』となる。


「響くん任せた!」


陽那がすかさず彩の体を抱え、『影』と反対方向の結界の壁へ向かう。


「おう!」


響はそれに威勢よく返事をし、胸の内から陽力を溢れさせた。すると『影』はその陽力をまじまじと見つめ酷く下卑た笑みを浮かべる。


「くっききき! ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


そのまま唾液を撒き散らす程大口を開けて響へ向かって来る。響はその突撃を左手のアイアンクローで受け止める。『影』はそれを振り払おうと暴れるが響の手はビクともしない。


「……お前が、あの子を苦しめたんだな……!」

「ぐぎゅ! グルルル!」


響は怒りを示すように問いかけ、同時にギリギリと指を食い込ませていく。言葉が通じているか定かでは無いが、『影』は獣のような唸り声をあげ苦しんでいる。だが当然これだけで済ませる響では無い。


後ろ手に構えた響の右手に陽力が集まり、揺らめくとそれは赤く、熱い炎となる。


「歯ぁ食いしばれ!『紅拳こうけん』!」


放たれるは炎熱の拳。それは『影』の頬に命中し、衝撃はその全身を風船の如く破裂させる。余波で結界が揺さぶられ、それが止む頃には『影』だった残骸は霧散して消えたのだった。


「陽那! 彩さんは……」

「大丈夫、ちゃんと生きてるよ」


響が声をかけるより先に陽那は護符による治癒を行っていた。響が結界を出て駆け寄るとその顔色や呼吸は少し良くなったように見えた。



1番手前の部屋に戻る響達。襖を開けると同時に彩の母が立ち上がる。


「娘は……っ!?」

「大丈夫。無事ですよ」


陽那が優しく答え、手で後方を示す。そこには担架で運ばれて来た彩の姿があり、母はそれにすぐに駆け寄った。


「彩……! 彩!」

「あ……お、母さん……私、生きてる……の?」

「……うん、うん! ちゃんと生きてるわよ……!もう、心配かけて……!」

「ごめ、んね……ありがとう。お母さん」


親子は大粒の涙を流しながら無事を喜ぶ。その姿を見て心底安堵する響。それは横に居た陽那も同じようで、神妙だった顔を綻ばせているのが見えた。


暫くして落ち着いた親子。するとその傍に来るように響と陽那が喚ばれて2人は駆け寄った。


「あの、ね……? 私の為に、ありがとう……ございました」

「私からも……本当に、本当にありがとうございました……!」


かけられたのは感謝の言葉。それも心の底からのものであった。


「いえ、本当に無事でなによりです」

「また何かあれば私達にご連絡ください! お力になりますから!」


その言葉に響と陽那は力強く言葉と微笑みを返すのだった。



神社の境内から外に出る響と陽那。そして入って来た石畳の道を戻る。


「初任務、どうだった?」


道すがら陽那が問いかける。響は少し上を見上げ思案する。そして……。


「そうだな……『影』に苦しめられる人を、陰陽師としてちゃんと助ける事ができて良かった……かな」


そう心から思った事を伝えた。その表情は誇らしげで、その返答に陽那も満足そうに頷く。こうして響の初任務は無事に終わったのだった。


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