第15話 陰陽総監部

悠は天陽院の校舎を横切る。そして裏に見える陰陽総監部と書かれた天陽院に負けず劣らず立派な建物に入っていく。


慣れた様子で道を歩き奥へ奥へと進んで行き、暫くして金の装飾がついた重厚な雰囲気の扉の前で立ち止まった。


数度深呼吸をし、悠は「失礼します!」とよく通る声で言って扉を開ける。


部屋の中は広い空間となっており、その中心には円卓がある。そして円卓にある13の席は子〜亥のパネルが立てられており、午〜戌までが出席を表すように光っている。


悠は円卓の前で歩き立ち止まる。


「来たか」


白い狩衣に身を包み、年季を感じる白い髪と髭を蓄えた初老の男性は土御門 有嗣つちみかど ありつぐ


かの大陰陽師、安倍晴明の末裔にして現『陽流陰陽師』のトップ……陰陽頭おんみょうのかみだ。それに相応しい厳格な雰囲気に悠はやや気圧される。悠を出迎えるのは彼だけでない。


『時間通りですね。まあ、当たり前ですが』


如何にも真面目そうな声は戌の席から。


『やっほー悠くん! あ、前の実験結果出たよ! 興味深いから暇あったら見てよ〜』


ご機嫌な知的好奇心溢れる声は酉。


『おっす! 元気そうでなによりだぜ悠!』


元気はつらつとした声をかけるのは申の席から。


『怪我をしたと聴いていますよぉ〜? 無事で良かったです〜』


おっとりとした声と口調で話しかけるのは羊。


『せやせや、あんたが無事で良かったで〜』


親しみやすそうな関西弁で話すのは午。


彼らは天陽十二家という『陰流陰陽師』の名門の当主……天陽十二将にして、陰陽総監部の中核メンバー。


実力主義の陰陽師の中でも特に強い者達だ。今はリモートで出席している。


「労いの言葉痛み入ります。裏担当の子から巳は兎も角、夕霞ゆうかさんは欠席ですか?」

『裏で任務やったけど、終わって直接そっち来れそうって言ってたで〜』


裏……影世界にて任務に出ているようで、亥の席の亥土いつち 夕霞ゆうかは遅れて会議室まで来る事を伝えられる。


「そうですか、ありがとうございます。それでは報告させて頂きます」


礼を述べてから改めて姿勢を正して本題に入る悠であった。




「報告は以上です」

「なるほどな……あい分かった。これは全ての天陽十二将に共有すべきであろうな。一先ず下がって良いぞ」

「はい、失礼致します」


悠は報告を終えて会議室を退室した。悠が出ていった後にも会議室は諸々の対策などで話し込むのだろう。


悠はそのまま来た道を逆に進んでいく。長い廊下を歩いていると反対側から歩いてくる人物が見えた。


褐色の肌に上下で白と黒の男物の武者袴を着用した女性。刺々しく外ハネした茶色の長髪、頬にある赤い牙を模したようなペイントが特徴的な女性だ。


彼女は悠の姿を見るとフランクに手を振っている。


「よう、元気してるか?」

「夕霞さん、遅刻ですよ」


開口一番遅刻を指摘された彼女の名は亥土いつち 夕霞ゆうか。天陽十二家の中の亥土家の当主であり、悠を亥土家に迎え入れた本人だ。


「しゃーねぇだろ? アタシは裏で『影人』とやってきたんだからよ」

「聞いてますよ。お疲れ様です」


影世界で『影人』と戦って来た夕霞。位階で言えば第弐位に位置する夕霞には悠のような疲労を感じさせず、寧ろ力強さが漂っていた。


「ところで、お前はこっちで『影人』に逃げられたんだって? まあ2体居りゃちょいキツいか」

「遅刻したのになんで知ってんですか……」

「来るまでにゆづるから教えて貰ってな。ほれほれ」


そう言って夕霞が見せた陰陽師専用のスマホには、酉の担当十酉とおとり ゆづるのやや砕けた文章でまとめられた悠の報告が綴られていた。


「ま〜たあの人は会議中に……同じ十二家だし遅れてる夕霞さんにならまあいいか」


悠の頭にはゆづるがチャームポイントの赤いメガネを得意気に上げる光景が思い浮かぶ。


「ま、そもそも『影人』が何人も現世に潜んでるなんて異常事態だわな。それにまだこっちの傷治ってないんだろ?」


そう言って悠のシャツの裾を掴んでたくし上げると、その腹には生々しい傷跡が残っていた。


これは先程の『影人』との戦いで付いた傷では無く、3ヶ月ほど前に元陰陽師だった男との戦いで付けられた傷。通常のものと異なり治癒術でも完治しきれなかったのだ。


「ま、そゆ訳だ。あんま自分を責めすぎんなよ」

「あ、はい……ありがとうございます……」

「……んだよ、しゃんとしろぉ! アタシがやった亥土の名が廃るだろうが!」

「いって!?」


やや気落ちした顔の悠を見て尻を勢いよく叩く夕霞。思わず背筋が伸びてしまうようなその痛みは、彼女なりの気遣いと喝であった。軽く苦悶の表情を浮かべる悠を痛快に笑いながら夕霞は会議室へ入っていった。


「ホント、頭が上がらないな……」


悠は少し気持ちが軽くなったのを感じる。そうして背を向け帰路についたのだった。



会議室。


「すまん、遅れた」

『あ、夕霞ちゃんおっ疲れ〜い!』


夕霞が部屋に入ると酉の席からゆづるが出迎えの声をかける。それに夕霞は手短に挨拶を返して「亥」の字が書かれた席に着く。


「話はゆづるからだいたい聞いてるけど、今どの辺話してる?」

『今しがた暗門の封印をより厳重にし、周囲を監視することを決められたとこだ』


夕霞の右隣りの戌が答える。


「ふーん……ま、それぐらいしか現状できることはねぇか」

『先日確認された『影』の気配を消す術かなにかの詳細も未だ不明、それらも含め情報が必要でしょうね』


夕霞の言葉にすかさず戌が付け加える。


『あ、せやせや。今日天陽院に入った悠くん受け持ちの子、大型を倒した上にえらい感が鋭いそうやん? その子使えんかな思てんけど、どやろ?』


そこに午の席から世間話のような軽い口調で案が出る。


『あ! その子知ってる! 白波 響って子でしょ? 資料チラッと見た! 案外普通の子っぽいのに凄いよね!』

『へぇ〜そうなんだねぇ〜。でも一般人からそんな凄い人、悠さんぐらいしか聞いた事ないやぁ。本当かなぁ〜?』

『うーん……金の卵かもしれないが、大型倒すレベルじゃ良くて第漆位だろ? 影人相手の戦力にゃまだまだキツイだろ』


十酉 ゆづるや未、申の席からも口々に響の事を話し出し、響本人の知らぬ間に議論が進む。


「まあ待て待て諸君、彼はまだ陰陽師としてのいろはも知らん。一先ず天陽院で学び、実践の機会を与えて成長を見守ろうじゃないか」


熱くなる議論を土御門 有嗣は静止させる。その温和だが力強い言葉に当主達は押し黙る。


「まあほら、まだ完全に『陰流陰陽師』になると決まった訳では無いし? 『陽流陰陽師』としての適正があればうちの方に来るかもしれないじゃろ?」

「『『『そっちが本音かよ!』』』」


私情混じりの有嗣の言葉に思わずズッコケる当主達。


「ほんとこの爺さんは……」

『有嗣さん……引き抜きですか?』

『あははは! お爺ちゃん面白〜い!』

『いいや、陰流陰陽師になるに賭けるぜ俺は!』

『うふふ、ちゃっかりしてますねぇ〜』

『アッハッハ! それはちょっとがめついでぇ?』


面白がる者もいるが概ね呆れた声があがる。優秀な人材が欲しいのは『陽流陰陽師』側も同じなようだ。


「こ、コホン……今のは冗談。ともかく白波 響の成長に期待しよう」


軽く咳払いをした後有嗣はその顔を真剣なものに変えて話を戻す。


「現世の『影人』はその地の管轄の亥土家に加え、裏から一子いね家の一部隊を招集して監視を強化する。見つけ次第、亥土いつち家と一子家が協働で対処に当たるように。気配の無い『影』の方であるが、捕縛は引き続き裏の六巳むつみ家に、解析は十酉とおとり家が任にあたる。他の者は従来通り各々の任へ着くという事で良いな?」


有嗣の良くまとまった指示にその場の全員が了承。それでこの会議は決議となった。

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