第12話 陰陽術を学ぶ

天陽院の校庭。


「頑張れ〜! 響くんあと50mくらい! 空ちゃんはあと120mくら〜い! 」


晴れ渡る青空、早い雲、眩しい日差しが降り注ぐ天陽院。天陽院に住み着く付喪神はその暖かな空気に誘われ昼寝をしている姿が垣間見える。


その校庭の中心には青い芝をグルっと囲うように赤いトラックが広がる。


そこにはジャージ姿の生徒たちがおり、ゴール付近の芝に座る陽那は走る響と空に声援を贈る。秋も同様にそれらを眺めながら水分補給をしていた。


やがて響がゴールし、空も少し遅れて無事にゴール。息も絶え絶えで響は膝に手をつき、空は芝に仰向けに倒れ込む。


「ゴール! お疲れ様〜! 」


陽那は太陽にも負けない眩しい笑顔で2人を労い、良く冷えたスポーツドリンクを差し出した。


「はぁ……! はぁ……! てか、なんで……! 走り込んでんだよ!」

「あれ? あたし説明しなかったっけ? 」

「あ〜そう言えば僕もしてなかったかも……」

「ぜぇ……! はぁ……! さ、されてません〜」


響と空の言葉に陽那と秋は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


ことの発端は遡る事一時間前。


悠が自習を指示して教室を出ていった直後。


「自習って何すんだ? 」

「色々あるけど、まあとりあえず普段僕らがやってる事一緒にして貰おうか? 」

「さんせ〜い! てわけで、響くんも空ちゃんもジャージに着替えて着替えて! 校庭行くぞー!」


この間僅か十秒。秋と陽那の余りにもスムーズな行動に質問をする前に流される。更衣室で着替えて校庭へ向かい、そのまま元気に運動を始めたのだった。




こうして現在に至る。


「説明するよ。陽力っていうのは強力な力だけど……その分、体にも多少負担がかかるんだ。陽力の大小に関わらずにね」


陽力での身体能力の強化の恩恵は響は身をもって経験している。だがその状態が長く続けば続く程、体は疲労していき最悪自滅する。陽力の力が大きければそのリミットが早まるのだ。


「そうそう、走る時も全力疾走はずっとしてられないでしょ? だから持久力をつけてリミットを伸ばそうってのが体力作りに繋がってるんだよ〜♪ それに、『影』と戦う上でも体は丈夫に越したことはないからね♪」


優れた陰陽師である程自身の体を鍛え、陽力を長く扱えるようにしているのだ。響と空も2人の説明に納得がいったように深く頷く。


「休憩がてら授業をしようか。陰陽術について教えるよ。まずこの護符を持ってくれ」


秋が懐から取り出した護符を響と空に手渡す。


「それじゃ、響から護符を持ってる手に陽力を流して欲しい」

「陽力を? こうか?」


言われた通りに響は陽力を生み出し護符を持つ手に集める。すると……。


ボッ!


「うおわあぁっ!?」


護符が唐突に燃え出した。思わず響は素っ頓狂な声を出して護符を落とす。それは青い芝生に落ちるが燃え広がる事はなく、護符が燃え尽きるまで火を灯すのだった。


「おー」

「あっははは!」

「『おー』じゃねぇし! 陽那も笑いすぎだろ!? クッソビビったわ! 説明しろ!」


響の焦り様とは対照的に感心したような声を出す秋、爆笑する陽那。当然響は抗議の声をあげる。秋はやれやれといった風な態度で説明を始める。


「それは五行符と言ってね。触れた陽力の性質によって五行に対応した反応を出すんだ」

「五行……確か、木、火、土、金、水だっけ?」


響はうろ覚えの知識で聞き返すと秋は頷き詳細を話す。


「陰陽術には五行の元素がある。そして人が持つ陽力もそれに対応した元素を少なからず持ってるんだ。対応した五行の術は少ない陽力で扱えて、逆にそうじゃない五行は沢山陽力を使わないと扱えないんだよ」


火の陰陽術には火の元素を、水の術には水の元素を内包する陽力が最も効率良く術を具現化できるという事だ。五行符は言ってしまえばそれを判別する為の護符である。


「なるほどなぁ……つまり、俺は五行でいう火の術が得意って訳だな」

「そういう事。じゃあ次は空の番だね」

「う、うん!」


空は陽縛符を取り出して陽力を解放し、五行符を持つ手に集める。すると一瞬、突風のように風が吹き荒れた。


「わっ! か、風!?」

「おお……!」

「凄い風だな……! つーか秋、五行には風なんてなかったぞ?」


目を大きく開いて感心する秋に響が疑問をぶつける。


「そっか、まだ言ってなかったね。陽力の性質には五行があると言ったけど、更にその中でも得意な術がある場合があるんだ。特質陽力って言う、陰陽師全体でも珍しい事なんだけどね」


特質陽力とは、特定の現象を生み出す事に優れている陽力の事だ。五行を判別する五行符にも強く影響を与える程のモノである。


「風は五行の木に属するから、一応空の陽力の性質は木だね。因みに僕も特質陽力で雷が得意だよ。五行も木で一緒だ」

「そうなんだ……なんかそういうの、特別って感じでちょっと嬉しいかも♪」


秋の説明に得心し、その特別感に無邪気に微笑む空。「陽力の量からして特別では?」と内心考える響だったが、空が嬉しそうだからなんでも良いかと飲み込むのだった。


「ねぇねぇ、あたしの五行は気にならないの〜? 」


そんな中、黙って相槌を打っているのに飽きたのか陽那がここぞとばかりに主張してくる。


「陽那はほっといて、次は五行の関係について説明するよ」

「ちょっと〜! ひどい! 因みに水だよ!」

「おう。知ってるよ。一回見たし」

「それでも反応薄くない!? もっと興味持て〜!」

「あはは……」


秋と響に軽くあしらわれて陽那は憤慨し、空が控え目に笑う。賑やかな講義は同い年同士の気さくさが垣間見えていた。


「五行が分かったら次はいよいよ術の発動だね。陰陽術はイメージが大事だ。どういう術をどういった規模で出すかしっかり決めて、その過程を1個1個想像する事で成立する……現実を生み出す力だからね」

「現実を生み出す……」


その言葉に響は聞き覚えがあった。


(夢で誰かがそんな事言ってた気がする……なんだっけ? えーと、神の力……だったか?)


ぼんやりと思い出す響。


もう少し思い出そうとするが、陽那の大きな声で意識は講義に引き戻される。


「秋先生〜! 口だけじゃ分かりずらいと思いま〜す! ね? 2人ともそうでしょ〜?」

「ま、まあな……」

「そうかも……?」


陽那がふざけながら挙手して口を挟む。しかし分かりづらいのも事実である。


(……まあ考えんのはまた後にするか)


響は講義を聞き逃すといけないと考え、一旦夢の事は頭の隅に追いやるのだった。


「はあ……陽那に言われるのは癪だけど……分かった。実践して見せるよ」


秋は教壇で悠が実践していたように手を差し出す。


「規模は五行符の反応くらいで、術は得意な雷でいくよ。まずは陽力を出して右手に集中させる」


秋の言葉の通りに体から陽力が生み出され、右手に流れるように集中する。その動きは非常にスムーズで無駄がない。


「そしてここからが大事、五行符の反応……手に収まる程度に陽力が雷になるようの強くイメージする」


すると陽力が手の中で揺らめき、やがてバチバチと音を響かせる雷が形成される。


「おお……! ホントに出た……!」

「すごい……!」

「最初はこんな風に口に出したりしながらやるといいよ。じゃあ響、やってみてくれ」

「おう!」


術の仕組みをその目で見てしっかり理解する響と空。次は響が実践する番だ。


「五行符の規模で、得意な五行の火……んで、陽力を出す、手に集中っと……」


ここまでは秋程ではないが、それなりに素早くできた。そしていよいよ術の発動だ。


「陽力が火になるイメージ……」


響は頭の中で手の中で陽力が揺らめき火に変わる様子を想像する。すると……。


ボォッ!


「っ! できた……!」


想像した通りに手の中に煌々と燃ゆる火があり、その温かさを感じる響。


「おおー! 響くん1発成功すっごぉ〜! 天才! センス二重丸!」

「驚いた……! たしかに術として成立してる。普通は陽力の操作1つ取ってもとんでもない集中力と想像力がいるんだ。術は特にそれが顕著で、イメージを磨くのに何ヶ月も実際の火や水を観察する必要があったりする。それをまさか1回で……凄いな君は」

「おっし!」


秋と陽那に褒めちぎられて気分が上がる響。 新しい事を覚える喜びで満ちる。


(やっぱりこの子凄い! 観察しがいがある〜♪)


響の普通では無い姿に触れてきた陽那。またもその一端を垣間見た事で興味津々であった。


「じゃあ次は空だな!」

「あ、待ってくれ。空はまだだ」

「え?」


続いては空の番だと思った響だったが、そこに秋の待ったが入る。訳は直ぐに説明される。


「言いにくいけど、空はまだこの段階じゃないんだ。術は媒介とする陽力の量によっても規模が変わる。空はまだ膨大な量の陽力を制御できていないし、その状態で術を使うとどうなると思う?」

「あ……た、大変な事になる……かも」


空の言葉に秋は頷く。響達が扱っていた量とは比べ物にならない陽力は辺りに甚大な被害をもたらす事は素人の空にも云うに想像できた。


「そう、だからまず空は陽力の制御を覚えよう。陽縛符を利用する方法ならあまり負担をかけずにできる筈だよ」

「うん、分かった」


空は真剣な面持ちでそれを了承する。そもそも陽力を制御する為に天陽院に通う事になった事を思い出す。


「でも講義自体は今後の役に立つかもしれないし、聞いて置いて損は無いよ。次は……」


蒼天の下の講義はまだまだ続いて行くのだった。

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