第11話 授業と暗躍せし者

天陽院1階廊下。

付喪神たちが遊ぶ微笑ましい様子を横目に、4人は白い廊下を悠に続いて歩く。


一行が止まったのは1年と書かれた教室だ。


「さ、遠慮せず入って入って〜」


教室の扉をスライドさせて中に入っていく悠。それに続くように響達も教室へと踏み込む。そこには液晶黒板の前に教卓が一つ、そして生徒の席が四つ横並びになっていた。


それだけの教室は廊下と同様に新品のように白く綺麗な反面、やや寂しさを感じさせている。


「あれ? 1年の生徒ってもしかして……」

「うん、君達4人で全員だ。その辺も踏まえて教えてくよ」


響の問いかけに答えながら教卓に着く悠。教卓から見て右から秋、陽那の席であり、続いて空、響というように座った。いよいよ本格的に授業が始まる。


「この学校は基本一般人が通う、言ってしまえば陰陽師育成機関ね。でも実践レベルの陽力を持ってる人はめっちゃ少ないんだ。陽力の有無は遺伝が大きく関係するからね。まあ、稀に君たちみたいに『影』に襲われて後天的に目覚める人も居るけど。これがこの学校の生徒数が少ない理由」


この学校自体が陽力に目覚めた一般人の為に設けられた学校で、それに加えて一般から出てくる素質を持った人間が少ない。だから必然と生徒が少なくなると納得がいった響と空。


「逆に陰陽師の家系は一般家庭出身より陽力を扱える人が多いし、幼少期から英才教育受けてるからこっちとは別の学校に通ってるよ。未経験からその中に入って……ってのは結構酷だからね」


説明が伝わっているか反応を伺う為一呼吸置く悠。


「でもこっちも陰陽師の家系から僕や陽那みたいに入学する事もあるよ。人数少ないからその分じっくり教えられるし、個人に合ったスタイルで指導できるってメリットがあるね。後は家の方針と反りが合わなかったりする人とか」


そこに悠の補足をするように秋が付け加える。


「そうなのか……色々あるんだな」

「うん。その内交流会があるからアッチの生徒にも色々聞いてみたらいいよ。実力が着いたら転入して多くの人と切磋琢磨するのもアリだしね」


ざっと学校の事を教わると、いよいよ陽力についての説明が始まる。


「それでは陽力について。体育館で説明した様に、陽力を生み出すと素の身体能力が上がるよ。しかも陽力を纏ってる部分は更に強固になる。そして最も重要なのは陽力の使い方ね」


悠が体に陽力を纏い、そのまま掌を上にして生徒に見せる。「見ててね?」と言うと、その掌に陽力が集まり塊となる。そして瞬く間に光沢のある石のようなものに変質したのだった。


「石が出てきた……!? 」

「凄いだろ? 厳密に言えば鉄鉱石。でもただの鉄鉱石じゃなくて陽力を変質させる陰陽術で生み出したものだ」


手品を見せられたように驚く響と空の反応を楽しみながら悠は説明を続ける。


「陽力そのもので影を攻撃することもできるけど、陽力より陰陽術の方が高い威力の攻撃ができるんだよ」

「そうなんですね。こんな力が昔からあったんだぁ……」

「お、いい着眼点だ空。陰陽師には長い歴史があってねぇ……」


悠は液晶黒板に図を描き、空の漏らした言葉から話を膨らませていく。


陰陽師の歴史は古くは1400年程前……大和時代から続くと言われている。


それから100年経ち、1300年前の泰平時代には前身である占術師が安倍 晴明を筆頭とした陰陽師となる。


その中でも『影』との戦闘に長けたスペシャリストを『陰流陰陽師』として集めた部隊が指揮されていた。


その後『陰流陰陽師』は『影』の討伐等の裏の荒事を、『陽流陰陽師』は一般人もご存知の通り、公務員として神事や占い、妖の祓除ばつじょなどの表の仕事をするように棲み分けるようになったのだ。


「派生した組織だけどどっちも陰陽師なのは変わらない。連携するとこはちゃんと連携してるよ。影世界に入る門……暗門の管理とか、任務の現場に人が入らないように結界貼ったりも『陽流陰陽師』がしてくれてるしね。おっと、話が逸れたね。陰陽術についてだった。んじゃまずは……」


その言葉を遮るようにご機嫌なBGMが鳴り響く。


「あ、ごめんちょっと待ってね。もしもーし」


悠がスマホを取り出し画面を操作する。どうやら着信音だったようだ。数度相槌を打った後、悠は通話をそのままに生徒に向き直る。


「あ〜、みんな今日自習で!」


そう言い残しそそくさと教室を出ていくのだった。


教室に残される4人。


あまりのスピード感に響と空は面食らったように固まり、悠はため息吐いて陽那もやれやれと首と手と降る。


「なぁ? もしかしてあの人いつもこんな感じ……?」

「そこそこあるね」

「悠さん、ああ見えて実力者だから結構呼び出されるんだよね〜」

「へぇ……どれぐらい強いんだ?」

「んーと、陰陽総監部……陰陽師の最高意思決定機関があるの。そこは『陽流陰陽師』のトップの陰陽頭おんみょうのかみと天陽十二家っていう『陰流陰陽師』の名門の当主が中心メンバーなのよ」


陽那がその場でノートにサッと組織図を書く。響と空はそれを覗きながら話を聞く。


陰陽総監部(陰陽頭+天陽十二家)

↓ 命令 ↓

『陽流陰陽師』 『陰流陰陽師』

支援 ↑↓ 支援要請

下部組織『柊』


上記が大まかな組織図だ。


「その名門の天陽十二家には姓与権っていう、実力を認めた人に苗字と権力の一部を行使することを許しているんだ〜。悠さんもその認められた1人なんだよ」

「そうなのか……」


2人には見慣れた日常のようだが、響は何処かちゃらんぽらんな悠が実力者という事実に「本当かぁ……?」と心中で訝しむのであった……。




廊下。


悠は携帯を耳に当てつつ早足で天陽院の白い廊下を進む。


「『影人』が現世に現れたって本当か? 」


さっき迄の軽薄そうな顔はなりを潜め、いつになく神妙な面持ちで悠は問いかける。


「まだ可能性があるという段階だ」


相手は渋い声の厳格そうな男性。


「既に閉鎖、封印処理済みの暗門の近くにごく最近気になる痕跡があった。これの調査に向かってくれ」

「了解、詳細な情報は道すがら教えて貰うから迎えの人よこしてくれ」

「既に待機中だ」

「さっすが」


さて、何事もなければいいが……。


そう祈りながら悠は道を急ぐのだった。





場所は代わり、東京の隣に位置する州……甲斐州のとある焼肉店。


四方から肉の焼ける音、香ばしい香りと人々の喧騒が響く店内。それらを聴きながら和装に身を包んだ赤髪を逆立てるようにした男性は悠々と歩いて行く。


そして一番奥の個室の扉に手をかけ中に入る。すると同じく和装に身を包んだ短い紺色の毛の先が白い少年が出迎えた。


その少年は一見すると何処にでも居る普通の子供に見える。しかしその瞳を覗くと、白目がある筈の部分……つまり眼球が黒いことが分かる。


「もう来てたのかよ」

「何処に行っていた……来朱 緋苑くるす ひえん。ここを指定したのはお前だぞ」


来栖 緋苑と名を呼ばれる赤髪の男。少年の不気味に見える眼も見慣れたように意に介さない。そのまま不快感を貼り付けた顔にも物怖じせず答える。


「便所だよ便所。かわやって言った方が良かったか? 伽羅から


少年……伽羅の対面に座る緋苑。そのままトングで肉を掴み、時折隙間から炎が立ち昇る網に乗せていく。


モツ、タン、レバー、ホルモンなど、網いっぱいに肉が敷き詰めたのを確認すると満足気に頷いている。


「んで、なんかあった? 」


やっと本題かとばかりに伽羅は大きな溜息を着いて口を開く。


「聞きたい事がある。先日教わった術……あれは対象の一切の気配を消す……そうだな? 」

「あ? そんな事か? そうだよ、その通りだ」


心底面倒くさそうな顔をしながら緋苑はそれに答える。


「ならば何故気取られた? それも、少し陽力を使える程度の一般人に」

「はぁ? 一般人?」


緋苑の眉が少し上がる。その事は預かり知らぬようで訝しげに首を傾げた。伽羅は先日あった事を詳しく話す。


「なるほどねぇ? 気配の無い『影』を気取る人間……が二回も襲われるとか、本当ならいい陽力持ってんのかもな」

「話を逸らすな。大事なのは陽力の量ではなく気取られたことだ。二回目に至っては我らが同胞を屠った所を見たのだぞ? 我が目に間違いは無い」


伽羅はまるでその場を見てきたかのように力強い口調で語っていく。緋苑は暫く黙り込んで考える。


「ふぅ〜ん……ま、こっちで調べとくよ。進展あったら呼ぶから待ってな」


やっと開いた口から出てきたのはそれだった。緋苑はハイボールを口に流し込み、これで話は終わりだとばかりに押し黙る。


「……用はそれだけだ。失礼する」


緋苑の態度が気に食わないと透けて見える表情でそう言い残すと、伽羅はその背にできた影に沈むように消えていった。個室はまるで最初から緋苑1人であったかのようただ肉を焼く音だけが響き続ける。


「やっぱ焼肉は塩タンだよな〜」


緋苑もまた何事も無かったかのように食事を続けるのだった。

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