第10話 天陽院へ
転校の日。
東京郊外にある、都会から少し離れた自然に満ちた土地……そこに天陽院はあった。
冷たく澄んだ空気が心地よい早朝。木々が風に靡き木の葉が舞い落ちる風景が広がる。
その長閑な雰囲気に付喪神達も伸び伸びと辺りを飛び回っている。
そんな中、重たいキャリーケースを持って階段を一段一段登る空。頂上に着いた時にはかなり息が上がり肌はほんのり汗ばんでいる。
しかし、その表情は顔を上げた瞬間明るい笑みに変わる。視線の先に既に着いていた響が空を待っている姿が見えたからだ。
「響くん! もう着いてたんだね! 」
「おう……って、それ持って上がって来るの大変だっただろ? 下に居て持ったら良かったな。
「そ、そんなそんな! これくらい大丈夫だよ! 」
響の気遣いに、空は首を振ったり手を忙しなく動かしたりして申し訳なさを表す。
「……でも、ありがとう。響くん」
しかし、次第に嬉しさが勝って優しく微笑んだ。
「おはよう、時間通りね」
そこに白衣の女性……雛宮 真穂が現れる。
「雛宮先生! おはようございます! 」
「おはようございます」
各々挨拶を済ませ、雛宮に着いて進んでいく。こうして2人の新たな生活が始まるのだった。
「ここが今日から貴方達の生活する寮よ」
「おぉ〜」
「綺麗ですね〜! 」
まず最初に案内されたのは響達がこれから住む寮。少し前まで歴史感じる木造造りだったが、去年に天陽院の施設を軒並み改装したとの事。その白い外観も相まって新しさを感じるものとなっている。
「2階の一番奥が天鈴さんで、その手前が白波くんの部屋よ」
伝えられた部屋にそれぞれ入る。1DKでトイレ風呂別、冷蔵庫や洗濯機、エアコンなど設備は一通り揃っていて更に防音も施されている。
東京でもかなりの良物件と分かる。
通販は陰陽師の業務上特別な業者にしか頼めないが、代わりに品揃えは抜群。日用品には苦労しないだろうとのこと。響と空は荷物を置き、設備の点検を済ませて部屋を出る。
「えっと、これからどうするんですか? 」
外で待っていた雛宮に問いかける空。
「軽く試験のようなものを受けて貰うわ」
そう言われて連れてこられたのは天陽院の道場。
「お、来たなぁ? 」
そこにはデコを出した短い黒髪に上下黒の制服、上着の前を開けて白いシャツを見せた飄々とした雰囲気を溢れ出す20代後半程の成人男性が居た。
待っている間口寂しかったのか棒付き飴を咥えており、それをガリッと噛み砕いて口を開く。
「俺は
「白波 響です」
「天鈴 空です! よろしくお願いします! 」
名乗ると悠に響と空も軽く挨拶を返す。挨拶を終えた悠は少し離れ、倉庫から人形のようなものを2つ取り出す。
「よっと……コイツは木人みたいなもんだ。今から2人にはコイツをぶん殴って貰う。ただし、陽力を纏わせてだ」
陽力を扱う事は陰陽師に必須の技能。これが無くして影は倒せないのだから入学試験としては妥当と言える。
「かなり硬いから動かせたら合格、ぶっ壊せたら上々かな? さ、どっちからでもいいからやってみな」
急かすようにそう言い、腕を組んで見守る悠。だが響も空も微動だにしない。それに悠が首を傾げていると、
「えーと、陽力ってどう出すんだ? 」
遠慮がちに響がそう述べる。すると悠は考えても無かったようで、大きく「あ」の形に口を開けている。
「あぁ〜! そうだよなぁ〜! いやすまん、前まで陰陽師の家系の人間ばっか見てたから……すまんすまん! 」
両手を合わせて頭を下げる悠。響は内心大丈夫かこの先生は……とツッコまざるを得なかった。
「コホンッ……陽力の出し方は、腹に意識を集中させるんだ。そこから水が湧いてくるみたいなイメージをするといい。意識的にでも無意識でも、一度出せた事が有るならできる筈だよ」
「なるほど。じゃあ俺から……」
響は目を瞑り、意識を自身の腹に集中させる。水が湧く、水が湧く……そう心の内で繰り返しイメージする。
すると、響は初めて陽力に触れた時のように体を暖かく包む感覚を覚える。
「お、そうそう。いい感じだ」
悠のその声を聴いたあと響は目を開ける。その目には自分の全身を薄く包む白い陽力が見えた。
「出せた……でも右腕に出た時より弱い? 」
襲われた時は右腕に輝く陽力を手甲のように纏っていた事を思い出す。
「それは陽力を集中した状態かな? 陽力を生み出したり纏う事で多少身体能力が上がるが、一箇所に集中させるとその比じゃない力になる」
響は無意識のうちに陽力を集中させる技術を行使していたのだ。
「集中……一箇所に……」
響は右腕に意識を集中させると、流体が流れるように全身に留まっていた陽力が腕に集まっていく。
「出来た……! 」
「いいぞ! さぁ! その力を見せてくれ! 」
悠の目は大きく見開かれ、期待に目を輝かせている。響は人形に向き直る。拳を構え、狙うは的の中心の赤点。
「おりゃっ! 」
ドゴォッ!
けたたましい音が道場中に鳴り響く。振り抜いた拳は狙い通り的の中心に当たり、人形は破片を散らせながら壁まで吹き飛んで行く。
人形がぶつかった白い壁には蜘蛛の巣のような放射状に大きなヒビが入り、その下の床に人形は倒れ伏した。
「おぉー! 素晴らしい! 飴ちゃんをあげよう!」
悠は褒め称えるように手を叩き、合格の証としてポケットから取り出した棒付き飴を手渡す。雛宮や空も響に拍手を贈った。
「あ、あざす……」
手放しに褒められて何だかむず痒い響。やがて拍手が収まると雛宮が口を開く。
「それより悠くん……? 結界はどうしたの? 」
「あっ」
悠はまたしても丸く口を開く。笑ってはいるが雛宮の目はまるで笑っておらず、悠へ向けて怒りの念が溢れている。
「いやぁ〜、壁が綺麗だったんで既に張ってあるように見えてなんて……はい、忘れてました。すんません」
「もぉ……転校生の前なんだから、最初ぐらいしっかりしなさいな……」
この短時間で二回も頭を下げる担任になるであろう人物を見て、やっぱり大丈夫かこの先生…と感じる響と空であった。
悠は護符を取り出し、陽力を篭める。そして道場の四隅に投げた。すると角に張り付く護符。
「囲い給え、塞ぎ給え──『
悠が詠唱すると護符が淡く輝き、道場の四方が陽力の壁に包まれた。
「これが、結界……? 」
「そうよ。内と外とを区切り、その影響を伝播させない強固な囲いを作る……それが結界術よ。貴方たちも鍛錬すれば使えるようになるかもしれないわ」
道場を見回して呟く空に説明する雛宮。響もそれを聴いてなるほど……と頷く。
「さて、次は空の番だね」
「は、はい……」
空は緊張した声色で返事をして1歩前に出る。そして護符……陽縛符を取り出し横目で雛宮を見る。
陽縛符は持ち主の陽力炉心……腹の近くにある、陽力を生み出す見えない器官に干渉して陽力の発生を抑える符。
「貴方の意志で一時解除できるわ。鍵を開けるイメージをしてみて? 」
「はい……! 」
空は目を瞑り心の中で錠前をイメージする。続けて鍵を差し込み、捻って解錠する姿を想像する。
「っ……!」
すると決壊したダムのように体の内から力が溢れるのを感じる空。空の体から膨大な陽力が立ち昇っていた。
「おぉ!? すっごいね……! 」
響の時より大きく目を見開いて驚嘆する悠。空の近くにいる響と雛宮も直にその圧を感じて釘付けになっている。
「さぁ! そこの人形を遠慮なくやっちゃって! 」
「は、はい! 」
悠の言葉を受け、空は人形を見据える。みなぎる力に高揚しながら人形へ向けてその拳を振り抜く。
ドパァンッ!
拳が命中した人形の頭部は弾け飛び、周囲に衝撃が暴風のように吹き荒れる。その勢いのまま人形の残った部分も後方へと吹き飛んでいく。やがて人形の残骸は結界の壁に直撃し、ゴトンッと床に落ちたのだった。
道場に静寂が訪れる。
「えと、これで……だ、大丈夫ですか? 」
恐る恐る口を開く空。
「そ、空……すっげぇな……」
響が驚きの表情で固まったままそう呟く。
「いやぁ〜! ほんと凄いねキミぃ! 陽力だけで下手な術以上の威力だ! はい、合格の飴ちゃん! 」
「ええ、想像以上だわ。さすがね」
悠は響の時と同じように褒めて棒付き飴を渡す。それに続き悠と雛宮も空に近寄り賞賛の声を贈る。
「え、えへへ……ありがとうございます……」
緊張が解けたようで、空は口元を緩ませて感謝を述べていた。
「天鈴さん、そのままの状態で居るのは身体に悪いわ。陽縛符を使って? 今度は鍵を閉めるようにイメージするの」
「はい、雛宮先生」
空は言われた通りイメージするとみるみる内に陽力が小さくなり、やがて跡形もなく消えたのだった。
「ふぅ……」
ちゃんと出来た事に安堵する空。それを眺めつつ悠は結界を解く。すると……
「わぁ〜! 見た!? 見た秋くん! あの子達すっごぉ〜! 」
「おい、ちょっ! 押すなって……! うおっ! 」
ドタンッ!
扉が外れ、そこから秋と陽那が倒れるように入ってくる。
「いてて……あ、秋くんごっめ〜ん! 」
「ごめんと思うなら早くどいてくれ! 」
「なんだなんだ? お前ら気になって見てたのか〜? 」
陽那が秋の上になり押し潰す体勢になっている。そこに悠がゆっくり近づき覗き込んで話しかける。
「そりゃ気になるでしょ! なんてったって貴重なクラスメイトが増えるんですから! 」
「……僕は無理やり連れてこられただけです。てか早く僕の上から退いてくれる? 」
元気に答える陽那に続けて秋も不機嫌そうに答える。相変わらず絨毯にされたまま。
「そんじゃ丁度いいし2人に自己紹介して貰おうか〜」
立ち上がった2人を招き入れそう促す悠。
「はぁ〜い! そっちの女の子は初めましてだね! あたしは
相変わらずギャルらしい格好の陽那は、弾むような元気溢れる声で挨拶し、目の横でピースとウインクまで決める。狐耳や尻尾も愛らしく揺れる。
見るからに天真爛漫の少女という印象だ。
「前にも名乗ったけど改めて、僕は
黒色の制服を首元のボタンまでしっかり止めた見本のような着こなし。 陽那とは対照的な真面目さがこれでもかと窺える。既に2人は知っているが、改めて秋は丁寧に挨拶をした。
「尾皆……は初めて会った日助けてくれたよな。ありがとう」
陽那の顔を見て記憶が鮮明に蘇る。
「あたしの事覚えててくれて嬉しいな♪ 因みにその日、気を失った君を運んだのも実はあたしなんだよ? 結構重かったし大変だったよぉ〜」
「そうだったのか……ほんと世話になった」
何から何まで助けてもらった響は頭を下げて改めて感謝を述べる。
「うん! 良いってことよ〜! それに、あたしも君には助けてもらったからね。本当にありがとう! その時の響くんめっちゃカッコよかったよ♪」
「い、いや……あん時は必死だったっていうか……まあ、どういたしまして」
陽那に真っ直ぐな眼差しで感謝を伝えられ、響は思わず顔を赤くしてしまうのだった。
「あっ! あと2人共! 遠慮なく陽那って呼んでいいからね! てか呼べ! むしろ!」
「う、うん……」
「お、おう……」
出会って日が浅くともフレンドリーに接する陽那。2人ともここまでハイテンションな友人が居ないため少し戸惑っている。
「はいはい、自己紹介終わったね? 」
手を叩いて注目を集める悠。やっと教師らしく仕切るようになってきたと思う響達。
「それじゃ教室いくぞ〜! これから転校生2人は陰陽師の活動や陽力について、兎に角沢山知らなきゃいけないからね! 返事は〜? 」
「おう! 」「はい! 」
やる気に満ちた返事が道場に木霊したのだった。
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