第9話 これからと決意
「ふぅ……」
空は大きく息を吐きながら自室のベッドに倒れるように寝転ぶ。今日はあまりにも色んな事があったから当然と言えば当然だ。
小さな抱き枕に顔を埋めながら空はあった事を回想する。
数時間前。
「1週間後、あなたは私たち陰陽師の学校に入って貰うわ」
白衣のスタイルの良い女性、雛宮 真帆が空に告げる。
「どういう事だよ? 流石にいきなりすぎんだろ」
「取り敢えず聞いてよ」
響が話に口を挟むも秋が柔らかに窘める。響は納得しきれていない顔で渋々黙り込む。
「続けるわね。まず陽力と言うのは太陽の力……分類的に正の力なの。それと反対に『影』は陰力という負の力を持っているわ。これを纏めて陰陽力と言うの。そして陽力を持っていると『影』に狙われる事になる」
「狙われる? 」
聞き返す空に雛宮は頷き話を進める。
「『影』は陽力を喰らって強くなるの。陽力を陰力に変換する機能があって、それを使って自身の糧として取り込むのよ。そしてその量は多ければ多いほど強くなる。つまり……」
「強い陽力を持っている空が優先して狙われるって言うのか……! 」
いち早く危険性に気づいた響が食い気味で呟く。雛宮は深く頷きそれを肯定した。
「えっと、それじゃあ……私と傍に居るだけで、みんなも危なくなるんですよね……? 」
「そうなるわね。それに、天鈴さん程の膨大な陽力は放出しているだけで体に負荷がかかる。でも大丈夫。今すぐ危険って訳じゃない」
自分の事よりそばに居る人を心配する健気さを見せる空。それを安心させるように雛宮は優しく言葉を述べる。
「陽力を抑える護符があるの。段々耐性がついてしまう一時的なものだけどね。そして貴方にはそれが陽力を抑え込める間にコントロール出来るようになって貰うわ」
懐から一枚の護符取り出し、陽力を込めて空の目の前にかざす。すると空の体から立ち上る陽力は段々と輝きを抑え、やがて跡形もなく消え去った。
「この陽縛符は最長5m以内にあると貴方の陽力を抑えてくれるわ」
「忘れずにね? 」と重ねて忠告して護符を空に渡す。これから空はこの護符が陽力を抑えられているうちに陽力の扱い方を学ぶ必要があるのだ。
それを教えるのが天陽院と呼ばれる学校。
全寮制の宗教系の私立高校……と表向きはなっており、実態は国があらゆる費用を捻出している特別な学校だ。
そこに空は転校する事になる。勿論、転入するに当たって費用や、陽力を完全にコントロールできた後の元の学校への転校の事も保証されている。
「……」
不安そうに口をつぐんで考える空。両親と死別してから早数年、実の両親に負けないくらい良くしてくれていた叔父達とも一時とは言え離れなければならないのだから当然であろう。
「なあ、俺はどうなるんだ?」
そんな中、響が雛宮に問いかける。
「貴方の陽力量は平均の範囲内。自然と漏れ出してもいないようだから肉体への負荷もないし、陽力を自主的に出そうとしなければ『影』に狙われることもないわ」
「そういう事。陽力や『影』の事を他言しない契約を結べるなら君はすぐにいつも通りの日常に戻れるよ」
雛宮と秋にそう伝えられ、思わず日常と言う言葉を呟く響。目まぐるしい昨日と今日を過ごした響は日常を思い出すべく瞼を閉じる。
いつも通り学校に通い、いつも通り授業を受け、偶に正義の味方のような事をしていつも通り帰る。そんな日々が1つ1つ響の脳裏に過ぎる。そして通学路を並んで歩く空の姿も同様に。
「……なら俺も行く」
「え? 」
押し黙っていた響はゆっくりと目を開いてそれを口にする。響の言葉に雛宮達が驚いた顔になる。
「まさか天陽院に……? 」
「おうよ」
空の言葉に間髪入れずに返事をする響。
「俺は、今まで俺の目の届く場所で理不尽な目に合ってる奴が放っておけなかった……そいつを助ける為の力があるなら尚更、見て見ぬふりなんてできなかった。んで、それでいいと思ったんだ。目の届く範囲で、できる範囲の事をやればいいってな」
遮に頼まれたり、目に付いた困っている人の元に駆けつけ手を差し伸べる。そんな正義の味方の真似事をする日々。
「それは今でも変わってない。だけど、俺はもう知っちまった。見えないとこで『影』に理不尽に襲われる人が居るってな。そして俺がそれを跳ね除ける力を持っているって事も」
昨日と今日で日常の裏で起こる異常をこれでもかと味わった響。人ならざる者に襲われる恐怖も、命が消えていく感覚を響は知った。だからこそ誰かが同じ目に合うことを黙って居られない。
「だから見て見ぬふりなんてできねぇし、何よりしたくねぇ。俺も陰陽師になって人を護る為に戦う……そう決めたんだよ」
力強く己の決意を言ってのける響。
「……言いたい事は分かった。けどそんなに簡単に決めていいのか? 陰陽師になるって事は今日みたいな『影』とずっと戦い続ける事だ。それに、『影』と戦うばかりじゃない。陽力を悪用し、護るべき筈の人間を傷つける者の処理も含まれる」
それは悪人とは言え自らの手で人を殺す可能性もあると秋は続ける。
「……大丈夫、なんて断言はできねぇさ。けどよ、それが誰かに降りかかる理不尽の元凶であるなら……俺は誰が相手でも戦うと思うぜ」
それでも響は秋の目を見て己の決意を伝えたのだった。
「……そこまで言うなら貴方の分の手続きもしてあげるわ。それに辞めるなら何時でもできるものね」
「……そうですね。響、僕は君を陰陽師としてはまだ認められないけど、天陽院に来るなら先輩として歓迎するよ」
響の心意気が伝わったのか、雛宮と秋は快く了承する。
「ありがとよ。つーわけで雛宮先生、秋……んで空、改めてよろしくな」
こうして響と空は新たな道を歩むことが決まった。
現在。
「助けてくれた時も、天陽院に入るって言った時も……響くんカッコよかったなぁ……。転入……も、もしかして私の為……?」
「そ、そんな訳ないよね! 理由も響くんらしかったし……! ……でも、ちょっとだけ……そうだったら嬉しいなぁ〜? なんて……」
空は微かな期待、その自惚れに恥ずかしくなり枕により強く顔を埋めて悶える。枕を包む洗剤の爽やかな香りが空の鼻腔をくすぐり、空をゆっくりと落ち着かせていく。
「私も、陽力のコントロールできるように頑張らなきゃ……」
空は決意を小さく呟き、瞼を閉じて眠りにつくのだった。
お店の定休日の月曜日。空の叔父と叔母に雛宮が面談にて転校の事を説明した。勿論『影』の事は伏せて天陽院で宗教を学ぶ事に関心があるという体を取って。
宗教への関心が薄いこの国であっても、古くから根ざし歴史がある宗教である事は叔父たちに信じさせるのに有利に働いた。
「……自分で考えて決めたんだね? 」
神妙な面持ちで叔父が問いかける。
「うん、ちゃんと悩んで決めたよ。叔父さん」
空も真っ直ぐ目を見てそれに答えた。暫くの沈黙の後、大きく頷く叔父。
「うん、なら空ちゃんの好きにしなさい」
「うんうん、がんばってね空ちゃん! 応援しているわよ! 」
叔父も叔母も優しく微笑み承諾してくれたのだった。仕送りも送るとも、たまにお店に顔を出すようにも伝える。両親が亡くなってからずっと支えて、これからの道も応援してくれる2人に空は深く、深く感謝したのだった。
そして別の日。
場所は白波家。
「そうですか。やりたい事があり、そのチャンスを掴もうとするのなら私もそれを後押ししたいと思います」
黒く角張った眼鏡をかけた厳格そうな雰囲気を持つ男性、響の父親も雛宮と面談を受けていた。
「では響くんの転校を……」
「はい。ご迷惑もお掛けするでしょうが、どうか息子をよろしくお願い致します」
そう言って深く頭を下げる。かなりスムーズに話が進んだ事に戸惑いつつ雛宮も頭を下げる。響は雛宮が車に乗り込み、一礼してから去っていくのを父と見送る。
「響」
「んだよ」
2週間程ぶりにまともに会話する2人。どちらもぶっきらぼうなのでいつもこんな調子だ。
「お前がどんな道を行こうが決めた事なら兎や角言わん。だが自分には無理だと思ったらすぐに言え。相談なり転校なり力になろう。長い人生、道はそれだけでは無いのだからな」
それは響にとって意外な言葉だった。響は今まで父は自分に興味が無いものと思っていた。だからこそ自分の将来を案じた声を掛けられる事に戸惑う。
「……おう」
今更……という気持ちが無いわけでは無いが、関心を持たれている事が少し、ほんの少しだけ嬉しかったのだった。
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