第13話 現世の『影人』
場所は代わり、東京から少し離れて山梨県。
首都の近くとあって発展具合は中々だが、半分は自然が溢れる住み良い土地だ。
そこにある
柊の人間から事件の全容と場所を聞き出し1人で現場に向かっているのだ。入口から歩いて数10分程行くと朽ちた灰色の鳥居と古めかしい祠が見えてくる。
「ここか」
ゆっくりと近づいた祠には護符がびっしりと貼り付けられており、知らない者が見たら如何にも曰く付きと思うことだろう。
悠はその護符の1つに触れる。正確には護符にまとわりつく陽力を指でなぞると、その中に僅かだが邪な気を感じとる。
「なるほど、上手いこと陰力を隠しやがる」
(これは……陽力の下に陰力……ってことは手引きした人間がいるな)
現世と影世界を繋ぐ暗門……それを封鎖する際は陽力による封印を施すことが習わし。『影』の侵入を防ぐ為の措置と一般人への人払いの結界も兼ねている。
この暗門にも従来通り封印が施されているが、その下の層に『影』の力であり陽力と対を為す力……陰力がこびりついていた。
「ここまではほぼ報告通り……っと! 」
悠は何かを感じ取りその場を飛び退く。悠がいた場所に赤黒い光弾が降り注ぎ、着弾と同時に爆発する。
白煙が晴れるとその場の雑草諸共に地面は抉れ、小さなクレーターが出来上がっている。あと数秒飛び退くのが遅れていればそれは悠に直撃していたであろう。
幸い暗門のある祠はそれ自身に施された結界に護られ無事であった。
「オオオ……!」
光弾の来た方向を睨む悠。そこには先日響や秋が襲われたような巨大な『影』が唸り声を上げながらそびえ立っていた。それも悠を取り囲むように複数体が。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……20体ね」
悠は数を終えるや否や、白く輝く陽力を全身に纏う。そしてグッと姿勢を低くし、弾丸のように空中に躍り出た。
「まずは……とりゃっ! 」
ドパンッ!
そのまま『影』の顔面に拳を叩き込む。すると『影』は悲鳴をあげる間もなく頭が弾け飛んだ。そのまま悠は『影』の体を土台にしてまた飛ぶ。
今度は蹴りの一撃が命中。また飛びたち拳を当ててまた飛ぶ。それを繰り返し、瞬く間に20体の『影』を討つ。
悠が地面に降り立つ頃には全ての『影』が霧散していたのだった。
「んで? 誰だよ。ここは立ち入り禁止だぞ」
東の方向、木の上部を睨む。最初の攻撃はその者の攻撃であると見抜いている悠は言葉に挑発を込めて問いかける。
「ふむ、少しはやるやつが来たか」
そこには『影』が居た。それも人型で悠長な言葉を話すほど知性がある個体。
そう、響と陽那を襲った『影人』と呼ばれている種だ。 その戦闘力は極めて高く、挑む者の位階が1つでも低ければ命は無いと呼ばれる程。
短い紺色の髪の毛先が白く、暗く淀んだ目玉に金色の瞳を持つ和装の少年。
「っ! 」
それは悠の視界から一瞬にして消える。そして現れたのは悠の背後。手刀の横薙ぎが容赦なく首元に迫る。
「何っ!?」
だがしかし、『影人』は手刀を振り抜く前に後方に大きく飛び退く。両者の距離は最初と同じ程に開く。
「惜しい、あとちょっとで喉ぶっ刺してたのに」
さっきまで空いていた悠の右手には鈍く輝く刀があった。茎と刃だけのまるで打ちたてのような刀。逆手にして天を刺すその鋒は影特有の青ざめた血が少量付着していた。
「見立て通り……いやそれ以上だな」
喉元から僅かに血を流しながら、何事も無かったかのように悠を見据える『影人』。1歩遅れればその喉に冷たい刃が突き立てられたにも関わらずだ。
(余裕か? それとも強がりか……ま、やりあえば分かることだな)
「囲い給え、塞ぎ給え」
悠は左手の2本の指を立てる刀印を行いその口で言霊を唱える。
「『
すると悠の陽力が足元から広がり、悠と『影人』を広範囲の結界で囲い込む。
一般的な陰陽術の1つである結界術。その中でも『円方陣』は術者を中心に球状に作られる結界だ。
護符や楔などを媒介にして箱状に囲む『
しかし悠程の術者が扱えば十分実践で通用するレベルに仕上がるのだ。
「結界か……」
(広い……そして強度も此奴を相手にしながら破壊するのは骨が折れそうだ。そしてあの刀……一目で分かる程強力な術であるな)
「まあ、如何様な術も術者を殺せば良い。行くぞ……名も知らぬ陰陽師」
力強く地面を蹴り悠に向かう『影人』。その勢いのまま放たれる手刀を悠は刀で受ける。まるで金属同士のぶつかり合いのように赤い火花が散り、その衝撃は結界を揺らす程に凄まじい。
この人智を超えたぶつかり合いこそ、連綿と続く陰陽師と『影』との殺し合いだった。
悠と『影人』は森の中を駆ける。そして木から木へと飛び移るように動き、地上だけでなく空中でも激しい攻防を繰り広げていた。
斬撃、手刀、拳、蹴り、数多の攻防が両者の間を行き交う。それらは全て陰陽力を纏っており、大木も岩石も砕く程の攻撃だ。当然、生身で受ければ容易く致命傷になる程のもの。
それを躱し、受け流し、鍔迫り合いが可能なのも同じように陰陽力を纏っているから。矛になり盾にもなる陰陽力は戦いにおいて非常に重要な要因だ。
『影人』が宙に飛ぶ。右手を天にかざし、左手で刀印を結ぶ。そして何かを唱えた『影人』の周りに、頭程の大きさの岩が30個近く現れた。
陰陽術……陰陽力に思念や詠唱、手印に護符などで式を与えて様々な現象・物体を生み出す術。一連の工程により技を強く想像し、陰陽力を使って創造する力。
シンプルな術や手馴れた術はその工程を能力を落とさず省く事も可能だ。
「『
天にかざしていた右手を振り下ろす。それと同時に地上の悠に向けて岩の弾丸が撃ち出される。悠はそれに臆することなく弾幕を身を
(ふむ、単純な術比べではやや分が悪いか……)
『影人』が容易く捌かれる術を見てそう推測する。
それもそのはず、陰陽術は五行の元素同士の関係が重要だからだ。
木→火→土→金→水→木……の順に相手の元素を強化することを
そして元素が別の元素を討ち滅ぼす関係の
悠の刀の元素は金。対する『影人』の術は土。相生の関係によって『影人』の土の術は悠の金の術を僅かだが強化してしまう。
「ならば、これは捌き切れるか? 」
『影人』は後退しつつ更に祝詞を唱えて弾丸を補充、随時射出していく。単純だが効果的なそれは物量作戦である。
「チッ」
悠は左手にも刀を生み出し二刀流で対応するが手数があまりに違う。更に一見大雑把な広範囲攻撃に見えるが、追い込み漁の如く緻密に逃げ場を狭めていっている。
その証拠に悠が森の木々を利用して回避を繰り返すも、擦り傷だが確実に被弾が増えていく。これでは距離を詰める所では無い。
刀身も刃こぼれし、だんだん弾を砕けず逸らすので精一杯になっている。この状況が続けば確実に悠は削り殺されるであろう。
じとりと額に汗が染みている悠。
「両手を使っている以上、手印と護符は使えまい。そして思念で術を想像する暇も与えない」
攻撃の苛烈さは更に増し、想像力が肝心な術へ思考のリソースを割かさせない。
「終わりだ。陰陽師」
遂に両手の刀が砕ける。そしてそこからの詠唱も手印も間に合わない。無数の弾丸が丸腰の悠に迫る。
「誰が終わりだって? 」
悠は不適に笑う。直後、その足元から壁がせり上がる。そしてそれは降り注ぐ弾丸を1つ残らず防いだ。
「なに……!?」
(あの一瞬で思念だけによる術式構築を……!?)
驚嘆するのも束の間。隙を突いて背後に回った悠の刃が首筋に迫る。
大きく飛び退く『影人』。離れた距離を示すかのように青ざめた血が軌跡となり滴り落ちる。
「……意趣返しのつもりか? 」
首筋の出血を抑えながら呟く『影人』。余裕をもった悠の姿で先程の焦燥した姿はブラフだと気づく。
「硬いな……完全に首を落とす気で切ったのに」
完全に命を取る気で浴びせた一撃だったが、咄嗟に首に集中させた陰力に阻まれ首は繋がっていた。
「……我が名は
「……
『影人』の唐突な正々堂々とした名乗りに面食らう悠。少々迷ったが意図を探る為に悠は己の名を名乗る。
「亥土……天陽十二家の人間だったか。道理で強い筈だ」
伽羅と名乗った『影人』は実力に納得がいったように頷く。
(そんな事まで知ってるのか……こりゃあ色々聞き出さねえとな)
一方、悠は挑発する言葉とは裏腹に無表情。現世に容易く現れた事、陰陽師の情報が渡っている事で何者かと深く繋がっていると確信したからだ。
情報を吐かせる為に捕縛となると骨が折れる。更に言えば、お互いまだ底を見せていないとはいえ
「ま、やるしかないな」
悠は気合いを入れて刀を握り直す。2人の間に一際激しい緊張が走る。
その時、地鳴りのような激しい衝撃が結界を襲ったのだった。
「っ! これは……!」
(外部から結界への攻撃……!)
そう感じ取った瞬間、結界全体がガラスのように砕ける。
「はしゃぎすぎたな……刻が迫っていた事に気がつかなかった。ここは退かせて貰うぞ」
そう言い残し、注意が逸れた所をバネのような瞬発力で駆け出す伽羅。
「っ! 逃がすか!」
それを見逃す悠では無い。後を追いながら結界を再構築しようと刀印を結ぶ。だが、そこに何処からともなく高速の火の矢が降り注ぐ。
咄嗟に足を止めて矢を打ち払う悠。しかし、その矢の裏から更に矢が現れた。寸分違わず同じ軌道で、刀を振り抜くタイミングも見越しての二重狙撃。
それは悠の左肩に突き刺さる。
「ぐっ! 」
痛みに顔をしかめる悠。射線を切るための壁を生み出しその裏に隠れる。そこに今度は複数本の矢が撃ち込まれ、激しい音を立てながら突き刺さっていく。
その隙に伽羅は姿を消した。
「クソ……!」
狙撃の合間を縫って後を追うも、もう姿どころか気配を辿る事も不可能だった。狙撃の方も伽羅の離脱を確認したからか、それ以上の追撃は無い。
その場には苦々しい顔をした悠だけが残されたのだった。
悠と伽羅の交戦から1時間。
とある街道の路地裏。そこにはお気に入りの袴に袖を通した
至福の一時を堪能する緋苑の傍ら、薄暗い路地裏に同化するように落ちている影が揺らめく。そこから『影人』──伽羅が現れる。
「おっすお疲れ〜。結構手こずってたな」
「見ていたのか……」
「おうよ、あんたもお疲れ〜」
伽羅の後ろに視線を送りそういう緋苑。伽羅が振り返るとまた別の『影人』がいつの間にか立っていた。長い黒髪の毛先が赤く、黒く淀んだ目玉に翡翠の瞳を持っている。
「
「あまり相手を侮るなよ伽羅。表でも天陽十二将に遭遇することもある。だいたいお前はもっとだな……」
中性的な声で伽羅を窘めるように話す殉羅。伽羅を助けた火の矢の主である。伽羅はその説教じみた言葉をウンザリした顔で聞いている。
「兎に角、私や協力者が居ることに甘えるなよ」
「はいはい、分かっている……」
「やっと終わったか……んで、どうだった? あの陰陽師は?」
会話が終わるのを律儀に待っていた緋苑が口を開いて問いかける。
「亥土 悠か……中々の相手だ。だが奴を圧倒する日もさほど遠くないだろう」
「ふーん? ま、それなら良かったよ」
伽羅の答えに言葉とは裏腹にどこか不満のようなものが含まれている緋苑。
「ところで、気配のない影を気取る人間の方はどうなっている?」
「お、それか? もちろん分かったぜ。そいつは白波 響って言うガキだ」
「白波……響……」
「あぁ、そいつは天陽院……陰陽師を育てる施設に入ったみたいだぜ。結界もあるしこっちからどうこうはやれねぇが、任務なら外に出るしその内やり合えるかもな」
「ふむ、それは楽しみにしておこう」
冷静な声色とは正反対に、伽羅は期待に胸を踊らせる子供のように口角を上げていた。
「それでは私達は次の暗門へ向かう。そちらもゆめゆめ準備を怠るなよ」
「分かってるよ。じゃあな」
何かを企てる3人。緋苑は2人が影に沈んでいく様子を面倒くさそうに見送った。その後、再び煙草に口を付けて天に白煙を吐き出す。
「クックック……圧倒する、ねぇ? とんだ見込み違いだな」
嘲るように笑う緋苑。それは伽羅が悠の実力を見定めた話だ。
「それにしても……傷も癒えてねぇ、解呪もできてねぇのに駆り出すとはな。層の薄さを感じるねぇ……そんなとこにいつまで首輪付けられてるつもりだ? 悠……」
感傷か憐憫か。そんな感情のこもった呟きは白煙と共に空に溶けていくのだった。
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