第5話 一度ある事は二度もある

「う、んん……」


カーテンから漏れる暖かな陽光に顔を照らされ響は目覚める。その眩しさに硬く瞼を閉じたまま覚醒しきらない頭を動かす。


「あれ? いつ寝たっけ……? 飯食ってから……」


記憶を呼び起こして行く響は突如ベッドから飛び起き、そのまま忙しなくシャツのボタンを外して自身の体を確認する。


「は? 傷が、無い……!?」


響の腹には6つの隆起が並んでいるだけでそこに傷1つも無い。目を擦ったり、ペタペタと触ったり何度も体を確認しても同じだ。制服には血の1つも付いてないし穴も開いていない。


響の頭に「夢だった」なんて言葉がよぎるが、爪が体内に刺さる異物感、焼けるような傷口の痛み、込み上げて来た血の味と吐き気は夢と言うにはあまりにリアルに覚えている。だからとても夢とは思えなかったのだ。


(てかそもそもなんで制服になってんだ? 学校から帰ってそのまま寝た……?)


暫く考えるが寝起きで回らない頭では答えは出ず、お手上げとばかりにベッドに寝転んで小さくため息を着いた。


(……でも、なんか夢は見た気がする……誰かと話したような)


なんとなしに枕元に置いてあるスマホを手に取り画面を付ける。


「うげっ!」


響の目に入ったのはスマホのデジタル時計。それは7時45分を示していた。あと15分で始業である。忙しなく支度を済ませ玄関で靴を履く響。


「おっと……お袋、おはよう。行ってきます」


玄関の扉を開ける前に靴箱の上に飾られた写真の母に挨拶する響。何があっても行きと帰りに声をかける。これだけは絶対毎日欠かさないのだ。


そしてまた忙しなく家を飛び出るも、結局響は学校に遅刻したのだった。




「はぁ……」


放課後──今日は遅刻して怒られたり、朝御飯も食べてないので午前は頭が回らなかった響。そんな時に限って先生に指名されたりと……兎に角ツイてない散々な一日だったと溜息を着く。


しかし午後もその調子だったのは理由がある。昨日の事がどうしても腑に落ちないのだ。


影世界という、人っ子1人も居ない信じられない世界で付喪神とも妖とも違う『影』という化け物に襲われ、それを狩る陰陽師と名乗るの金髪の狐少女尾皆おみな 陽那ひなに助けられた。


そして何故だか響だけに気配のようなものが分かる『影』も現れ、響は腹に傷を受けた。


昨日の出来事はそこまで覚えている。しかし今朝も散々確認したようにその痕跡は何1つ無い事に困惑する響。


「やっぱり夢……なのか……?」


幾度目かの思考をして、結局響は夢だと結論付けることにした。そうこうしていると校門を超えて慣れた帰路に着いていた。


「響くん! また1人で行って……しかも今日は一段と様子が変だったし。何かあったの?」


そこにいつの間にか響の横に並んだ空が声をかける。その目は純粋に心配している色が伺える。


「あ、わりぃ……声かけるの忘れてた。あと別に何にもねぇよ……」


こんな突飛な話、空に言っても仕方がないと思い響は何も話さない。


「……そっか」


空は少し寂しそうな顔で小さく返事をするだけでそれ以上何も聞かなかった。


幼少期にお互いの家庭が一変した事で何かあっても自分から話さない限り深入りしない事が暗黙の了解になっていた。思えばこれがあるお陰で環境が変わっても変わらず仲良しの幼なじみで居られたのかもしれない。


そう考える響。


そんな事を考えていると、少し重い空気を払拭するように空が口を開いた。


「それじゃあ元気が出るように今日はご飯作ってあげる! 響くんが好きなハンバーグにしよっか?」

「マジか、そりゃ楽しみだ。んじゃ、このまま食材買いに行くか?」

「うん!」


響を元気づけようとする気遣いを察して響はありがたくその言葉に甘える。そうして2人はスーパーの方へ足を向ける。


すると、空は何故か足を止めて響の袖を引いた。



「ねえねえ響くん。あの子、こっち見てるけどどうしたんだろ?」


首を傾げながらそう言う空。響はその視線の先を見る。そこには壁にもたれ掛かるように立ち、まっすぐ響達に視線を向ける金髪の少年が居た。響がどこかで見たのか思い出している間に彼はゆっくりと近づいて来た。


「あんたは……」

「初めまして。僕は武見 秋たけみ しゅう。すまないけど、君は外してくれるかな? 少し彼と話がしたいんだ」

「私ですか?」


響の言葉を遮り、横にいる空を一瞥してそう声をかける秋。どうやら響と2人きりで話したいようだ。


「あ〜……すまん空、先に行っててもいいけど……」

「ううん、ちょっとジュースでも買って待ってるよ」

「分かった。終わったら呼ぶわ」


空の提案に響は了承する。空は小さく手を振ってそのまま自販機へと向かっていく。


「白波 響、尾皆 陽那を覚えてるか?」


2人っきりになった事で秋は早速響に問いかける。


「あ、うん……覚えてるっていうか、やっぱ夢じゃ無かったんだな……」

「はぁ……そうか、覚えてるか……」


響の覚えているという答えに何故か溜息を着く秋。その反応に怪訝な顔をする響の目を真っ直ぐ見返して秋は言う。


「悪いが着いて来てくれないか? 詳しく話さないといけない事がある」

「どこに、何を?」

「陰陽師の本拠地。彼女も居るだろうし訳は行ってから話す」

「……学校休みだし明日でいいか? 遅くなりそうだし今日は先約がいるんでな」


一方的な要求に少し悩んだが、秋の真剣な眼差しは只事では無いとも感じて響は妥協案を出す。今からとなると内容次第だが遅くなるだろうし、空の気遣いを無下にする事になると考えたのだ。


「うん、それでいい。邪魔したね」


秋はあっさりと提案を呑む。そのまま響の横をすり抜けて去って行く。響も反対の自販機……空が待っている所まで歩いていく。


「わりぃ、待たせたな」

「ううん、大丈夫! はいこれ、コーラ好きでしょ?」


気にしていない様子で空は缶コーラを渡してくる。響がいつも飲んでいるメーカーだ。響は感謝を伝え受け取ると、缶のひんやりとした心地よい冷たさを直に感じとる。


「んじゃ行くか」

「うん!」


そうしてご機嫌になったまま改めてスーパーへの道へ足を向ける。


「っ!?」

「きゃっ!」


その時、2人の足元から黒い影が炎のように立ち上る。それは瞬く間に2人を包み込み、その姿を消してしまった。


そしてその場には2つの缶コーラが転がり落ちるだけであった。


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