第4話 蒼天の夢
気がつくと俺は晴天の摩天楼に1人ポツリと立って居た。
ビルは蒼い空を反射し、地面もまた空を反射する水に浸かっている。まるで蒼天の中にいるようだ。
確か俺は影世界だかに迷い込んで、『影』に襲われた所を陽那……陰陽師を名乗るが、とても陰陽師らしからぬギャルっぽい狐の少女に助けられた。
だが目覚める迄の直近の記憶が朧気だ。
「てかここは……っ!」
辺りを見渡すと、誰かが居るのが分かった。
腰まで伸びた長い黒髪、白い和装に身を包んだ人物。羽衣も纏い、その背には高貴な雰囲気が漂っている。
「2人はまた眠ってしまったのですね……目覚めたばかりであそこまで力を使えばそうなるのも致し方ありませんが」
あどけない可愛らしさと、その奥にある力強さを感じる凛とした声が呟く。
言ってる意味は分からないが、この状況で頼れそうなのは彼女だけだ。だから声をかけることにした。
「えと……すみません」
「あら? 響様。気がついたのですね」
「っ! なんで俺の名前を……」
振り返った彼女の口から自分の名が出た事に驚く。それと幼さと美しさを兼ね備えた顔立ちに思わず生唾を呑む。
「あら、いけませんね。先ずは自己紹介から。私の名は■■です」
「え? なんて?」
「……? ■■ですわ」
(なんて……?)
聞き返してもその名が音として聞こえなかった。普通なら意識すれば唇も読む事はできるだろうが、 何故かそれも出来ない。
動いた事は認識できるのに、頭から直ぐ抜け落ちるかのように思い出せなくなる。不思議なことに。
「ああ、まだ伝わらないのですね」
「どういう事だ?」
「名は体を表す。その存在の力を表すものでもあります。特に霊的存在は……。まだ目覚めたての私は力の全てを取り戻せていない。だから貴方に伝わらないのでしょう」
理屈はなんとなしに分かるがまだ混乱している。
「えと、ここどこなんだ?……まさかあの世とか?」
およそ現実とは思えない空間に居るのだからそんな答えしか浮かばない。しかし帰ってきたのはもっと突飛な答えだった。
「ここは貴方の心の中ですわ」
「心の……?」
「はい」
そんなもんあるとかマジか……もうどこからツッコめばいいのやら。
「えと、じゃあ次。君はなんで俺の心の中に……っ!」
質問をしようとした時、彼女の体が一瞬、まるで水面が風に吹かれるように揺らいだ。
「ああ、私もまた眠りにつくのですね。あの子達のように」
「ど、どういう事だ?」
よく分からん内に眠られても困る。全部納得する説明が欲しい。その一心で焦りながらも問いかける。
「貴方は現実世界で『影』と出逢った。その影響で四つの力が目覚め出したのです」
確かに俺は『影』と呼ばれる化け物と出くわした。けど……。
「四つの力……?」
「はい。1つ目は貴方自身の……人の力。2つ目は喰らい取り込む鬼の力。3つ目は放ち清める天女の力。そして現実を生み出す神の力」
4つ……それも鬼だか天女だか色々あるらしい。あまりに突飛で理解が追いつかない。
しかし記憶は朧気だが、確かに強い力を内に感じたのは覚えている。
それに、目の前の彼女は天女っぽい装いをしている。間違いでは無いのかもしれない。
「しかしそれらはまだ目覚めたて。現実世界で貴方をお救いする為に人の力と鬼の力は行使された。だけど負荷がかかりすぎました。助ける筈が、逆に貴方の体を殺してしまった」
「えっ!? 俺死んだの!?」
サラッと死んだ事を伝えられ声が裏返る。
「はい。しかし完全に死ぬ寸前、私が力を治癒に使って蘇生しました。だからご安心下さい」
「そ、そうか……良かった。えと、ありがとう」
とりあえず生きてはいるらしい。めっちゃ焦った。
「ですが、私も目覚めたてで力を使いすぎました。力の全てを取り戻し安定させるには……ふわぁ……うぅん。暫く眠りにつく必要があります」
説明を裏付けるように、彼女は途中で眠たそうに大きな欠伸をした。
「そうなのか……」
「でも、忘れないで下さいませ。一部ですが既に目覚めた分の力はいつでも貴方と共にあります。私が眠りについた後も、微力ながら貴方をお助けしますから……」
真っ直ぐ俺の目を見て告げる。それが偽りでは無い事は、不思議と伝わってくる。
「なんかまだ全部は理解してないけど……色々教えてくれてありがとう」
「いえいえ。それと……もう1つだけ、我儘を申しても良いでしょうか?」
彼女は人差し指同士を突き合わせて控え目に問う。
「何だ?」
「その……できれば次もまた……2人きりでお話がしたいです」
「……分かった。そん時はゆっくり話そう」
(まだ知りたい事がいっぱいあるし……名前とか)
「はい♪ ありがとうございます。では……おやすみなさいませ」
俺の返答に嬉しそうに微笑み、彼女が瞼を閉じる。するとまた水面のように揺らめき……その姿は消えるのだった。
「……なんか、俺も眠く……」
そして俺にも睡魔が襲い来る。瞼を開けて居られない程強力なそれには到底抗えそうもなかった。
そうして俺の意識も溶けるように途絶えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます