第28話 鬼憑きの退魔師団

 農作業などを手伝いつつルーカスの回復を待っていた俺たちは、さらに二日後、ルーへ村を発つことになった。


「すみません、本当にお世話になりました」


「いいのよぉ、またいつでもいらっしゃい」


 明るくピトニラさんは答えてくれる。


「王都には何をしにいくの?」


 ルーカスが口ごもる。とても教会、あるいは王国の黒いところを調べに、とは言えないのだろう。


「人を探しているんだ」


 助け舟を出す。


「まあ、探し人かい? 半月ほど前にもそんな人がいたねぇ。黒髪の女の人が」


 黒髪の女性と聞いて思わず反応した。


「その人は、誰を探していたんだ?」


「えー? 誰だったかねぇ」


 斜め上を見ながら彼女は考えている。


「白髪で黄色い眼の男だとか言っていたかね」


 横にいるオフィーリアとルーカスがえっ、と声をあげる。白髪で黄色い瞳。そうそういる特徴ではない。“白夜おれ”だ。


「……その人を探しているんだ。どこに行ったか知らないか?」


「行き先までは聞いていないけどねえ。王都の方に向かっていったよ」


 心臓が早鐘のように鳴る。ここに、寧姫ねいひめがいたかもしれない……!


 礼を言って村を発つ。少し進んで、ルーカスが呟いた。


「ネイヒメでしょうか」


「多分」


「初の手掛かりじゃない? 良かったわね」


 そう言われて頷く。正直、これまで寧姫が本当にこの国にいるのか不安でしかなかったが、希望が見えてきた。


「行先は王都、でいいですよね」


「そうだな」


「じゃあ、早急に相談したいことがあるんですが。勇士連盟への報告の件です」


「ああ……」


 ごたごたで忘れていたが、そういえば王都の勇士連盟で報告してほしいとか言われた気がする。


 要は、どこまで報告するか、という話だ。勇士連盟はその取り扱い依頼の都合上、ある程度教会や王国の騎士団と連携をとっている。孤高の賢者アドルフの屋敷で発見した文献の内容は少なからず現在広く知られていることと異なるため、慎重になる必要があるのだ。


「例えば教会が魔術の隠蔽を図っているとしたら、魔術師疑いを取り付けられて消されるかもしれません」


「消すなんてそんな……」


「教会中心で立ち回ってきた手前、考えたくはないですが、もはやその可能性は排除できない」


 オフィーリアが言葉が見つからず黙る。


 教会の王国民にとっての立ち位置は俺にはよく分からないが、心の拠り所であることは間違いない。


「俺は教会がどこまでを問題にするのか想像つかない。だから、ルーカスとオフィーリアが決めてくれ。俺はその通りに報告する」


「分かりました。……まず、十英傑の話はナシでしょう」


 早速ふたりは相談を始める。


「それはそうね。だめそう」


「封印術の話もナシ。アドルフの名前くらいはいいですかね」


「入り口すぐの所に書いてるものね」


 そんなこんなで、特に言い争うこともなく決まった結論としては、


一、あの遺跡はアドルフという人物の屋敷である可能性があること


一、帝国時代末期から王国初期の建築様式であること


一、魔物は三級相当であり、内部では悪魔も徘徊していた(倒した件は伏せる)こと


は報告しても支障はないだろう、という話だった。


「そういえば……」


「なんです?」


「なんで“十英傑”なんだろうな」


 ふたりはきょとんとしている。


「なんで、とは?」


「え? だって、九人しかいないだろ」


「え?!」


 気づいていなかったのか?


 ルーカスが慌てて手記を取り出して該当の項を探す。オフィーリアはそれを覗き込み、途中で諦めて目を離した。


 分かる。この前少し見せてもらったことがあったが、ルーカスの字はめちゃくちゃ雑なのだ。俺はこの国の文字が読めないのでもちろんだが、多分本人以外には読めないという程度の汚さだ。


「破魔の勇者、豪傑の戦士、孤高の賢者、疾風の騎士、白の退魔師、昼の魔術師、知恵の魔女、祓魔師の祖、癒しの神官……」


「本当に九人しかいないじゃない……十って書かれていたから十人だと思い込んでいたわ」


「しかも、“退魔師”って、そういえばテック、君が名乗っていた呼称じゃありません?」


 それも初めに聞いたときに思った。ルーカスが教会への疑念でひどく動揺していたからそのときは口にはしなかったが。


「まあ、造語だし、たまたまだろ」


 似たような言語感覚ネーミングセンスの人が過去にもいたということだ。


「ね、じゃあ今後、お前たちは何者だ、って聞かれたら私たち、“退魔師”って名乗らない? なんだか箔がつくわよ。魔王を倒した一団の団員なんだから」


 オフィーリア、突然何を言い出す?


「はは、そりゃいいですね。さしずめ、“オニの退魔師団”というところですか」


「はあ?」


「ね、いいじゃない!」


 いや、どう考えてもオニの部分が退けられる側なのだが。


 しかし、ふたりが妙にノリノリになってしまっている。お前たち、元エクソシストとエクソシスト志願者じゃないのか?


 その盛り上がりを否定するような発言をするのもなんだか憚られた。


「分かった分かった、“オニの退魔師団”な」


 俺はアカツキの国の言葉に直し、心のうちではこう呼ぶことにする。


 鬼憑きの退魔師団、と。

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