第29話 身元を明かせ
さて、鬼憑きの退魔師団は北東に向かう。一度の野宿を挟み、大きな城が見えてきた。
「でかいな」
王都エイケイト。
街全体が城壁で囲まれている。建物が縦に長く、見通しは悪いように思えた。
「十年ぶりくらいに来たわ」
「僕は三ヶ月ぶりくらいですかね。いつ見ても荘厳だ」
全体的にやはり石造りだ。ほとんどが木造であったアカツキの国の建築様式とは根本的に違うのかもしれない。
「どこから入るんだこれ……」
「右手の方に門があるでしょう。あそこで手続きをします」
手続き。関銭でもとるのだろうか。
強面の門番が立ちはだかる。
「身元の証明を」
そんなものない。異国人だし。狼狽えていると、ふたりは全く慌てずそれぞれ一枚の紙をペラリと示した。……それか。俺も、ふたりに倣って勇士登録書を見せた。
「ふむ、準二級か。そちらのふたりは連れか?」
「……まあ」
どちらかといえば連れてきてもらっているのは俺のほうだが。
「よろしい。入れ」
案外すぐに城壁内に入ることができた。
「もっと時間がかかるのかと思ってた。お金を取られたり」
「普通の旅人だとそうですけど。四級勇士からは結構融通がきくって言ったでしょう」
確かに、登録時にそんなことを言っていた気もする。荒くれ者に職を与える救済措置である反面、王国側も勇士がいないと困る、ということなのだろう。
「さ、面倒ごとは先に済ませましょう。勇士連盟本部は少し先です」
人通りの少ない路地でルーカスを
「……でかいな?」
本部を見ての一言目はそれだった。想像の倍は大きかった。ドレイドの街で見た支部より遥かに大きい。吹き抜けは三階までを貫いており、その傍に広々とした空間が広がっている。
と、突然ルーカスがパサ、と俺に外套の頭巾を被せた。
「なんだよ」
「左側。あそこの台にいるの、ラフボルドで一緒にヒトカゲの討伐をした一級勇士の隊です」
言われて、顔を動かさず視線だけでそちらを見た。確かに、見覚えのある顔のような気がする。
「覚えてないんですか?」
「異国人の顔ってパッと見ただけじゃ全員同じに見えるんだよ」
よっぽど特徴ある人しか覚えられない。ああ、あの槍使いの女性は覚えている。初対面で延々と勇者一行の槍使いの話を聞かされたからだ。
ふと、疑問に思う。その人が十英傑の中にいるとしたら誰だろう。豪傑の戦士レオン、疾風の騎士クラウスあたりだろうか。他は術師らしき人ばかりだし。たしか一振りで山や海を割るとかなんとか言っていたから、豪傑の戦士だとみた。
さて、彼らがここにいるのは少々厄介だ。おそらく彼は俺を例の“人型の魔物”だと察知すればすぐにあのときのように討伐の動きをとるだろう。
「ちょっと、何してるの。早く行くわよ」
オフィーリアに手を引かれ、俺たちは受付台へ。
「えー、準二級勇士のテックだ。ドレイトで受けた任務の完了報告をしたい」
「少々お待ちください」
受付の女性は紙の束を調べている。受付奥の空間は見える範囲だけでもえらく紙が多い。
「はい、テック様ですね。左手奥で承ります。御連れ様も一緒に入られますか?」
「じゃあ、一緒に」
案内されたのは個室で、質の良さそうな柔らかい椅子に座って待つよう言われる。しばらく待つと、やたらと身なりの良い若い男が入室してきた。
「やあ、副本部長のイザーク・エウィ・フルドリッチだ。勇者の遺跡の報告というわけで構わないかな?」
「ああ、そうだ」
事前の取り決め通りに勇者の遺跡の内部について報告をする。
「なるほど、悪魔まで出ていたんだね。見た感じで強さとか分かった?」
言っていいものなのか分からなかったのでチラとルーカスを見ると、彼は言え、というふうに顎を突き出した。
その様子を見て、イザークさんは少し眉を上げる。が、見間違いかと思うほど一瞬のことだった。
「……かなり強かったと思う。力の弱いエクソシストだと呪いを受けるかもしれない」
「そうなんだね。いや、助かるよ。僕、学者が本職なんだけどさ、あそこの遺跡は勇士に依頼しても誰も帰って来なくてね。孤高の賢者アドルフか。うん、貴重な情報をありがとう」
イザークさんは満足気にひとりでうんうん、と頷き、記録をとっている。やがて思い出したように顔を上げた。
「そうだ、報酬の話だね。二十万ルデンという話だったけど、三人で行ってくれたようだからね。色をつけて二十五万ルデンでどうかな」
分からん、金銭感覚が。ただ、両際のふたりが一生懸命頷いているので多分いいのだろう。
「よく見たら初の依頼じゃないの、君。え、初登録で準二級なの? すごいねぇ。どうする? 二級に上げとく?」
「いや……大丈夫です……」
多分そう簡単に上がって良いものではないので、やんわりと断っておく。
少し経ってから約束の二十五万ルデンを受け取り、頭巾を被って個室から出る。
「すごく友好的な貴族だったわね」
「あの人、貴族なのか?」
「そうですよ。しかも、確かあの人、建国記の研究ですごく有名な人です。建国記伝っていう、解説書を出版していたはず」
「へえ……」
と。目の前に突然、大きな壁、否、人間が立ちはだかった。……ラフボルドにいた、一級勇士たちだった。
「そこのお前、少し話があるのだが。頭巾を外してはもらえないか」
「いきなりですね。僕たち、急いでいるのですが」
一歩俺の前に出て、ルーカスが言う。向こうからは頭巾でギリギリ顔が見えないはずだ。
「……失礼した。しかし、こちらも譲れないのだ。俺は、一級勇士、ラーモンド・エウィ・マリッチという。頭巾の男、名はなんと言う」
あたりも少しざわつき始めた。俺を、ヒトカゲ討伐のときの“人型の魔物”だと推測しての行動だろう。入り組んだ建物内なら、簡単に転移術を使えないだろうと考えたに違いない。そして、実際俺もまだ建物の構造を理解しておらず、転移を使うのに勇気がいるのがなおのこと厄介だ。
先ほどの受付の女性が走り寄ってくる。
「何事です?!」
「ああいや、個人間の話だ」
彼はかなり発言力のある人物なのかもしれない。彼女はそこで黙って立ち止まってしまった。まずい。そこに立たれると、頭巾を外したときに顔が見えてしまうではないか。変化の術で切り抜けようと思っていたのに。
「名は
彼女に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で告げた。彼の前でルーカスやオフィーリアが俺のことをテックと呼んでしまっている。その名は使えない。しかし、今を切り抜けることができればあとはどうとでもなる。
頭巾の陰から彼を見上げる。あえて、堂々と。少しの間一緒にいただけの見慣れない顔立ちの異国人をそう長く覚えていられるようなものでもないはずだ。
「……頭巾を払っても?」
彼の訝しむ視線が俺を射抜く。
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