第23話 回路を巡って
最後の解術を始めて、おそらく半日が過ぎた。ほとんど術式は理解できたが、おそらく一番最後のしかけがどうにも作動しない。完全に手詰まりだった。
オフィーリアは中庭……地中に埋まっているが……を見下ろしている。しばらくは書斎の書物などを読んでいたが、いよいよ読むのさえ疲れてしまったようだ。
それを少し申し訳なく思いながらも、俺はルーカスを前に指を一本立てた。
「分かったことひとつ目。この封印術は“誰かに解かせる”ことが目的だ」
「始めと言ってることが違いません?」
確かに俺は半日前に作者には解かせる気が全く無いとか言った。それは認めよう。
「訂正する」
「まあ良いですけど……じゃあ、その心は?」
言われて俺は術印を指差した。
「こことここ……本来なら書かなくてもいい回路なんだ。それが、わざわざ書いてある」
「ああ……確かに、いらない回路ですね。神力を大分食ってる」
「あと、二人分の神力が混ざってるのを隠す術式が、わざわざ分かりやすいように組まれてる」
これは暇を持て余したオフィーリアがぼーっと術式を眺めていて気付いたこと。
彼女の突如覚醒した感知能力についてもあとで調べなければならない。本来、微細な霊力感知は術式を介して行われるもので、オフィーリアのように霊力をほとんど持たない人間が行うのは困難だ。
感知の術式を持つ俺やルーカス以上に霊力に対して敏感なのは少々不可解。
だが、まずはこちらだ。
「混ざっているのが分かると何がいいんです」
「分からない。ただ、解術に数人必要な可能性が出てきた。これがふたつ目」
「……以上ですか?」
「以上ですが」
魔王たる者が妖の王と同等の者かどうかは分からないが、それを倒した団体の術師だ。普通に考えてもただ者では無い。
それをルーカスに言うと、彼は手元を見ながら上目遣いで一瞬こちらを見た。
「前も言ってましたね、アヤカシの王。大丈夫なんですか、アカツキの国は」
「多分大丈夫だと思うんだけどな。あれだけやって倒せていなかったら、もう俺たちの代じゃどうしようもない」
へえ、とルーカスが術式をいじりながら答える。
「まるで見てきたかのような言い分ですね」
「見てきたからな」
ルーカスがちらとこちらを見る。
「……へえ……勝ったんですか?」
「それは分からない。まあでも、ほぼ無力化はしたし、団長たちが首を落としてくれたはずだから、倒せたんじゃないか?」
ルーカスの手が完全に止まった。
「あまりに当たり前に言うんで驚くにも驚けませんでしたよ。……そりゃ、強いわけです。君、この国でいう勇者一行じゃないですか」
対人間の組織の長と戦ったという見方で言うなら、確かにそうなるのかもしれない。
「別に、無力化のジュツを使っただけだから俺は大したことはしてないよ」
妖やら異形やらを対象にした術だったから俺自身もそこで死んでしまったわけだ。改ざんの可能性があるとはいえ、後世まで建国記に残る勇者エーデルとは比べ物にならない。
「魔王もアヤカシの王もこの目で見たことはありませんけど、多分大したことないことはないと思いますよ」
やや動揺しつつも、ルーカスは再び手元に目を落とす。俺もそれに追随して術式を見た。
「ああ、テック、そこを繋げてもらえませんか。同時に押さえたいんですが手が足らなくて」
「分かった」
半日ほどでルーカスは解術のいろはをほとんど理解した。もちろん、経験や知識の不足はあれど、一般的な結界の破壊なら三十数える間にはできそうである。この天才め。
俺は言われたようにその回路を繋いだ。
何も起きないか、と思ったそのとき。窓辺に座っていたオフィーリアがガタッと音を立てて立つ。
「どうした」
「なんか、今、中庭の噴水が動いたのよ」
窓辺まで行って見ると、確かに濡れた形跡があった。
「封印術の回路と連動しているのか?」
「そうとしか考えられませんが」
ますます分からん。一体孤高の賢者アドルフは何をさせたいのだろうか?
「もう一回やってみるか。オフィーリア、噴水を見ててくれ」
「分かったわ」
俺とルーカスが同時に回路を繋げる。
「……今、水が出てる」
「他に変わったことはありませんか? 神力の変化とか」
「神力の変化? えーっと……」
オフィーリアが目を細め、じっと噴水の方を見つめているのが見えた。
「あ」
「なんです?」
「噴水の柱の中に、神力が集まっているところがあるわ」
なるほど。
「だからなんだ」
「知りませんよ」
結局手詰まりか。
「あと、今気づいたのだけれど、この窓枠……窓枠にも回路? が通ってる」
見に行こうと回路から手を離す。
「あ……消えた」
噴水、窓枠両方ともから神力の気配が消えてしまったらしい。
「この封印術を解くには少なくとも三人必要というわけですか」
「……私も戦力に入るの? それ」
「分かりませんけどね」
「現状その神力を感じとれるのがオフィーリアしかいないから、戦力だな」
「……お腹痛くなってきた」
どちらにせよ方針が立たないので三人で相談する。
「私は封印術のことなんてよく分からないし、ふたりのどちらかに見てもらいたいのだけど」
「うーん……厳しいな」
封印術か施された本棚は窓からはかなり遠い。会話はできる距離だが、中庭を覗くことはできず、窓枠に施されているらしい術式も感知できない。
「リアが回路の操作ができるなら話は別なんですが」
「多分、無理よ」
「ナギナタの神力では?」
「ああ……その手がありますか」
俺の霊力がこもっている薙刀をオフィーリアが使用すれば、操作できるほどの霊力量がないという点は解決するはずだ。
試しにオフィーリアに薙刀を渡す。
「……そもそもナギナタの神力を使うって言ったって、具体的にはどうするのよ」
「武器の神力を全身に巡らせるんだよ。悪魔と戦ったときやったみたいに」
「そんなの覚えてないわよ」
こればっかりは感覚的なもので、言葉では説明できない。
「一回感覚を掴むしかないですね。リア、手を出して」
「はい」
オフィーリアが右手を差し出す。
「両方です」
言われて差し出された両手をルーカスが掴んだ。オフィーリアの肩がビクッと跳ねる。
「え、何?!」
それを薄笑いで見ながら、ルーカスは続けた。
「今、僕はリアの右手に神力を流して、左手からそれを受け取っているんですけど、分かります?」
「わ、分から……いや、分かる、かも」
「そういう要領です、神力を巡らせるっていうのは」
ルーカスが手を離す。おお、と感嘆の声をあげながら、オフィーリアは自分の手を見た。
俺は、ルーカスってすげえな……みたいな気持ちでそれを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます