第24話 天才と凡才

「できそうか?」


 薙刀を握りしめてしばらく経つオフィーリアに痺れを切らして尋ねた。


「……分からないわよ。やったことないんだもの」


「循環自体はできてるんですけどね。それを外部に出すっていう感覚が分からないんでしょう」


 悪魔と戦ったときは自然にできていたのにな。火事場の馬鹿力というやつだろうか。


「さっきの循環の訓練は見習いエクソシストがよくやるものなんですが、放出のほうはそういう訓練がないんですよね……循環ができるようになると自然と放出もできることがほとんどなので」


 何か良い方法はないだろうか……と考え込むルーカス。それを見て、俺は声をあげた。


「こういうのはどうだ?」


 俺は指を立てて印を結ぶ。オフィーリアがそれに気づいて循環を止めた。


「いや、そのまま続けてくれ」


「わ、分かったわ」


 彼女は少し怯えながら循環を再開する。失敗すると申し訳ないので、今回は唱術もする。と、オフィーリアの目の前に結界が展開された。


「わっ」


「空間結界術『サクラ』だ。これで何か掴めたりしないか?」


「ちょっと、練習してみる」


 オフィーリアの循環のやり方が変わったように見える。俺が普段やっているやり方に近い。あの分だと、早めに感覚を掴めそうだ。


「ナギナタのほうからもジュツを出せるんですね」


「やってみたらできた。今はあっちが本体みたいなものだし、そういうものらしい」


「へえ……」


「守護霊憑きの武器はその守護霊の生前のジュツを扱える、という噂があるんだ。オフィーリアが慣れたら俺のジュツを使えるかも」


「あ!」


 その声に、オフィーリアの方を見た。彼女の目の前には、先ほど俺が展開した『桜』と全く同様の結界が張られている。


「………………ほら」


「いや、絶対予想してなかったでしょう……」


 早めに感覚を掴めるとか、その次元ではなかった。オフィーリア、まさかお前も天才か?


「……それを細く捻ると『千本センボン』っていう、攻撃のジュツになる」


 試しにオフィーリアが出した『桜』を『千本・白式』に変形させた。それをパッと消す。


「やってみてくれ」


「こう?」


「…………そう」


 なんだろう。すごく悲しい。


 『桜』のほうは三年、『千本・白式』はだいたい半月かけて組んだ術式だ。これが、こうも簡単に再現されると……いや、もちろん模倣と創術じゃ労力が違うのだが。


「その要領でここの回路を繋げてくれ……」


 若干心に傷を負いつつ、俺と霊力の放出を理解したオフィーリアとで回路を押さえ、ルーカスに中庭を見てもらう。


「……何も変わってませんね。水も出てません」


「なるほど、ただ押さえるだけじゃなくて二種類の神力が必要なわけだ」


 オフィーリアが介しているとはいえ、俺の霊力だから作動しないらしい。というわけでルーカスと交代。


 中庭を覗くと、確かに水が湧いているがそれだけだ。窓枠も特に異常なし。オフィーリアの言うような霊力は感じられない。


「厄介ですね。そちらにも神力を隠す回路が組まれているらしい」


 ルーカスの言う通りだ。ここまでの封印術の全てに霊力を感知させづらくさせる術式が組まれているのはすでに確認済みである。


「孤高の賢者は最低でも回路を触れる人二名、それから感知系の技能がある人一名を要求しているってことか」


「私は感知系の人でいいの……?」


「実際感知できてるからいいんだよ」


 鷹山武士団では感知系の術師はいなかった。強いて言えば俺や弟である明孝あきたかが感知結界を使えたくらいか。武士団の仲間は信頼しているが、あの面子では太刀打ちできなかったろう。いや、最悪、寧姫ねいひめが術式を破壊できるか……。


「リアは噴水、僕とテックは封印術の回路で分かれるしかないですね。拾えていない鍵もあるかもしれませんが、ここまできたらできそうなことを全てやりましょう」


 オフィーリアには一階に降りて噴水の様子を見てきてもらう。魔物の心配はあるものの、霊憑き武器の特性か、術印も唱術もなしで結界が出せるようなので大丈夫だろうということに。


「あまりに使い勝手が良すぎて怖いな……リアから生命力を吸ってたりしませんよね?」


「してないよ」


 変な懸念をされる始末である。


 窓から下を見ていると、左手側の両開きの扉からオフィーリアが出てきて手を振った。


「じゃあ、今からさっきみたいに回路を繋ぐから、噴水を見ててくれ!」


 大声で伝え、定位置に戻る。よく考えたら魔物が寄ってくるかもしれないし、大声を出すべきではなかったな……というのは今は置いておく。


 ふたりで術式を操作すると、しばらくの後、下から呼び声がかかった。


「どうだ?」


「こちらから見ると、神力が円盤状に広がっているわ。まるで的みたいに面がそちらに向いてる」


「的? ああ……なるほど。オフィーリア、こっちに戻ってきてください」


 やや息を切らしながらオフィーリアが戻ってくる。


「テックの転移術、私も使えたりしないの?」


「失敗したら全身血塗れになるからやめておいたほうがいい」


 そう言うと彼女は身を震わせた。


「で、ルーカス。何か分かったのか?」


「ええ……リア、この窓枠にも回路が仕掛けられているんですよね?」


「そう見えたわよ」


「なら、ここからその円盤を射抜けということでしょう」


 なるほど。作成者はそういう動的な仕掛けも施しているのか。今までの術式の独創性を思えば納得である。


「射抜けって言ったって……どうやってよ」


「ルーカスが使うような光線を想定されているんだろうな」


「でも、ルーカスは手が離せないじゃない」


「そもそも、僕らは的が見えませんしね。でも、リアがいるじゃないですか」


「私?」


 ルーカスはすぐに無茶を言う。弄んでいるのか、はたまた信頼か。


「『センボン』は確か、空間術の一種ですよね」


「ああ。調節次第では物質的な障壁は無視できる。ただ、オフィーリアにそれができるかどうか……」


 すぐに再現できたからといって、この術が簡単だというわけではない。自分のものとして扱えるようになるにはまだ時間がかかるはずだ。


「でも、テックなら遠隔で操作できますよね」


「……本当にすぐに無茶を言うな?」


 そういうところが、どこか弟に似ている。

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