第22話 魔術隠蔽

 その後、屋敷の全ての部屋を見てまわり、先ほどの書斎に帰ってきた。


「情報らしい情報はここだけだな」


「そうね」


「となると、僕がこれからやるべきは勇者一行……“十英傑”の魔術師たちが作った結界を見つけることですね」


 ルーカスの決定が早い。


「なんでそうなった?」


「ことが大きすぎる。僕の力じゃ教会をどうにもできません。まず、魔術師がなんなのかこの目で確かめたいんです」


「じゃあ、王都には行かないの?」


 オフィーリアが心配と不安を織り交ぜたような口ぶりで尋ねる。


「王都には行きます。結界の位置の情報は日記のどこにもない。王都の図書館にでも行くほうが賢明でしょう。あるいは……」


「王宮に忍び込むつもりか」


 グッと言葉に詰まって息を吐き出し、ルーカスは続けた。


「……まあ。もしそういう書物が見つかれば、王国の隠蔽工作の線が濃厚になる」


 とてつもなく危ないやつだ。正義感と好奇心が混ざってひどいことになっている。


「一旦落ち着け、ルーカス。そこまで急ぐ必要はないはずだ」


「……そう、ですね。取り乱しました。すみません」


 しばらく休んでいると、少し遠くからオフィーリアが呼んでいる。


「ねえ、テック、ルーカス。ここの本棚……少しおかしいと思わない?」


 オフィーリアが指差すのは、なんの変哲もない本棚だ。


「おかしい?」


「なんだか、妙な神力? がこの本棚の向こう側の壁から漏れている感じがするのよ」


「……なにも感じませんけど」


「もっと、このあたりよ」


 オフィーリアに言われたところをルーカスとふたりで凝視する。


「……気付かなかった。封印術だ」


「こんなに気配を消せるものなんですか」


「いや……この封印をした人はただものじゃない」


「じゃあ、これアドルフさんが作ったものなんじゃないの? ほら、封印の魔術を残すって……」


 その説は確かに濃厚だ。そして。


「これが魔術だっていうなら、こんなのジュツやエクソシストの力と変わらないぞ」


「……そうですね。少し使用文字が違いますが……ほぼ同じだ」


 ますますルーカスの懸念事項が現実味を帯びてくる。


「よし、この封印を解く。ルーカス、オフィーリア、協力してくれ」


「もちろん」


 ルーカスは返事するが、オフィーリアが戸惑っている。


「わ、私は封印術のことなんて分からないわ」


「いや。それでもいい。俺は……」


「僕もですよ」


「ああ……俺たちはこのジュツがどういうふうに張り巡らされているのか感じ取れない。オフィーリアは分かるんだろ?」


「……うん」


「それを教えてほしい」


 こうして、三人がかりでの解術が始まった。


 術印自体は幸い文字ではない。しかし、見たことのない方式だ。円の中にいくつもの幾何学的な図形が描かれた模様が点々とどこまでも連なっている。


 かなり大きいようで、今回は封印術の上に直接解術の術印を書き連ねる方法をとった。最後に霊力を流すことで解術の術印が起動する。


「オフィーリア、次は」


「もう少し上よ。いや、行き過ぎ。少し下」


「これか」


「テック、さっき書いていたここの式が間違っているような気が」


「分からん。直してくれ」


 同じ文化圏なのが影響しているのか、ルーカスの補助が光る。解術はほとんどやったことがないらしい。やはり天才か……?


 しかし、徐々に様子は変わる。


「……文字が増えてきた」


 この国の文字が読めない俺にとっては致命的。この封印術を施した術師……おそらく孤高の賢者アドルフだが、三つの方式を組み合わせて術式を組んでいた。うちふたつは俺でも対応できるが、もうひとつが読めない。


「ルーカス、できるか?」


「……やってみます」


 術印の所在もわからず、文字も読めない俺は完全に手持ち無沙汰になってしまった。この国の文字も勉強しなければ……。


 熱中するふたりをよそに、今度は俺が食事を用意する。……同じ献立で許されるだろうか。同じだと言われるのも癪なので、ブロッド(パンのようなもの)を半分に切り分け、その間に薄く切った肉を挟んでやった。これが結構良かったらしい。手も汚れないので喜ばれた。


 まだかかりそうだ。俺は近くの床に座り込んだ。


 今まではほとんど意識してこなかったが、術式というのはかなり言語感覚に依存するらしい。俺が青と言っても、ルーカスやオフィーリアの言う青の範囲とは若干のズレが生じる。その認識の歪みが最終的に大きな失敗をもたらす、それが術というもの。


 それが文字による術式になるとすればなおさらだ。現地人に頼るより他ない。


「テック、少し」


 呼ばれてふたりのそばに行く。


「最後の円なんですが」


 もう最後なのか。ほぼ初めての解術でこれならば相当早いと思う。


「円というか……球というか」


 ……これはひどい。立体の術式だ。流石、封印術を残すと言った人物なだけある。四つめの方式がろくでもない。解かせる気さえ感じない。


 表面の術式をなぞる。……複雑だ。葉脈のように張り巡らされた緻密な術印。妨害の術式などは組まれておらず、失敗しても発火するなどの反応はなさそうなものの、難しいことには変わりない。


 ルーカスとともに、術式の解読を急いだ。オフィーリアには鍵となりそうな別の霊力体がないか探してもらっているが、この術式を組む術師だ、そういうものを隠す性格ではないだろう。


明孝あきたかがいたらな……」


「……誰です、それは」


 そろそろ集中力を切らしかけているルーカスが聞き返した。


「……弟だ」


「ああ……いつでしたっけ、昨日? 言ってましたね、双子の弟がいるって」


「そんなこと言ったか?」


「言っていた気がするわ」


 オフィーリアも言うならそうなのだろう。


「この手の小難しいやつは弟のほうが得意なんだよ。あいつこそ天才だ」


「へぇ……僕より?」


「なんだお前……?」


 自信がありすぎる。いや、ないよりはマシだとは思うが。


「まあ、ルーカスとは方向性が違う天才だよ。明孝は一目見ただけで他者が使うジュツを模倣できた。ジュツの知識なら右に出る者はいないんじゃないかな」


 ルーカスはもちろん術に対する解釈も深いが、それよりは実戦向きの術師だ。対する明孝は戦闘員というよりむしろ研究者気質なのである。


「へえ……会ってみたい、です……ね……」


 ルーカスの声は次第にすぼまった。


「どうしたの、ルーカス」


「いや、なんでも」


 にっこりと笑ってルーカスは首を振る。


「ぜひ会ってみてほしいな。多分あいつも喜ぶから」


 それよりも先に、謝らなければならないことがたくさんあるけれど。

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