徒桜〈四〉五月十五日

 その日は久しぶりの晴れだった。


 団長が呼んでいる、と聞いた暁孝ときたかは中庭に出る。わずかに緊張の面持ちだ。


 中庭では金髪の男……すなわち志堂しどうがすでに腰掛けて待っていて、暁孝を認めると手招きをした。暁孝は少し寄って、どうしたものかと立ったままでいると、志堂がふっと笑って言う。


「なにをしてる、早くこちらに座れ、トキ」


 力が抜けてしまった暁孝は志堂の隣に座った。


「どうしたんだよ、志堂」


「今、“眼”の術式を組み直しているんだ。先の戦いでお前の弟に解術されてしまってな。助言が欲しい」


「……なるほどね」


「弟……明孝あきたかとか言ったか。様子はどうだ」


 暁孝は少し伏目がちになって答える。


「今は落ち着いている。明孝にはかなり無理をさせたから……」


「まあ、突如次期とはいえ、当主となるのは辛かろう。……なに……彼自身に意思があるのなら、団員になるのも良い」


 その志堂の言葉に少し暁孝の表情が和らいだ。


「しかし、お前も熱い男だな。あんなことを言うとは思わなかったぞ」


「勘弁してくれ。……あれは、弟と戦いたくないっていう気持ちの表れでもあるからさ」


「それでもだ」


 志堂は上空を待っている鷹を呼び寄せる。片腕に鷹を留めるための装備をつけていた。降り立った鷹に術をかける。


「おい、露骨に嫌な顔をするな」


「いや……術式が古くさいなと思っただけだ」


 志堂はちょっと傷付いた表情をする。


「七つ年上なだけで、そこまで……」


 それを見て暁孝は慌てて手を振った。


「違う、そういう意味じゃない! この術式、桔梗式か?」


「そうらしいな。あまり詳しくはないのだが」


 大きく頷いた暁孝が続ける。


「実物をお目にかかれるなんて思っていなかったよ。桔梗式は王朝時代に最強と名高かった術師が使っていた方式なんだ。ただ、問題は信じられないくらい難しいってところだ。むしろ、よくここまで組んでる」


「ははは、天才と呼んでくれ」


「いや、本当にすごいよ」


 褒められて志堂は少し嬉しそうにおちゃらけた口調で言う。


「へへ、よせやい」


「桔梗式でここまで出来ている志堂なら今から葵式に乗り換えてもうまく行くよ。桔梗式は葵式の派生だしな。人口が多いから、研究も進んでいてかなり霊力効率も良くなってる」


「なるほどな。後で書物を探そう」


「それがいいよ」


 志堂が鷹を空に飛ばす。羽ばたいた鷹は屋敷の上を旋回した。


「トキ、お前は、術は好きか」


「好き……ではないな。今までも必要だったし、これからも必要だ」


「それは、ねいのためか?」


 暁孝は少し目を見開く。焦げ茶色の瞳が真っ直ぐ志堂を捉え、そしてそらされる。


「それもあるけど、一番は自分のためなんだと思う。都から逃げ出したあの日、寧姫ねいひめを守れず、あの人に戦わせた自分が……まあ、大嫌いなんだ。だから……」


「寧のためなら命も惜しくない、と?」


「そう……だな」


「改めろよ。私たちはお前が死ねば悲しむぞ。何か起こる前に報告しろ」


 暁孝は少し笑って言う。


「気をつけるよ」


 その冬、彼が命を落とすことを、そのときはまだ誰も知らない。

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