第21話 魔物でもない

 ひとまず逃げ込んだ書斎で寧姫ねいひめの薙刀を調べていたルーカスの表情が次第に曇っていった。それから瞳を閉じた。


 そうしてからもう大分経つ。やがて再び目を開いたルーカスは、意を決したように俺の前までやってきた。


「単刀直入に言いますよ。テック、君は、人間じゃない」


「……何を今更」


「ましてや、魔物でもない」


「え?」


 オフィーリアが声をあげる。俺は黙って聞いていた。


「君の本体はコレです」


 ルーカスが差し出すのは、薙刀だ。


「……丁寧に説明してくれ」


「分かってます。まず、確認したいことがあります。どこかで、死んだ記憶は?」


 死んだ記憶。心当たりはふたつだ。


 ひとつは、寧姫を守るため、冬の雪山で強大な妖と戦ったとき。そこで“暁孝ときたか”は確かに死に、そして次の春“白夜”として蘇った。


 ふたつめは、妖の王との最終決戦。あのとき、俺は周囲の瘴気を一掃する術を使った。俺は鬼……瘴気を動力に持つ異形だったから、それは自殺行為。多分、死んだ。


 そして気がついたときにはこの国にいた。


 そういう術を使ったことがある、とルーカスに話す。


「……ならほぼ決定だと思います。今の君の正体はその……オフィーリアが持っているレイピアに宿るのと同じ、守護霊」


 驚く一方で、なぜか納得する自分もいた。全部、辻褄が合う。


 アカツキで俺が使っていた太刀もその手の武器であった。もとからその武器自体に霊力が宿っていて、霊力を使用者が這わせることなく妖を討伐することができる武具だ。


 意識してみれば、それにしか見えない。その可能性をどこか信じたくなかっただけで。


 俺は二度目の死後、寧姫の薙刀に憑く霊となったらしい。


「そうか」


「そ、それってそんなに落ち込むことなの? だって、姿は人間と変わらないじゃない」


 オフィーリアが慰めるようにこちらに言う。それを俺は力無く見上げた。


「そういうふうに化けているからな」


「あっ……」


 もはや俺に実体はない。ただの霊力のかたまりだ。“白夜”の姿を基本の姿としてとっているのも、多分最も縁のある形態だからにすぎない。


「守護霊には、寿命という概念すら無い」


「不老不死ってこと……?」


「そう言えば聞こえはいいでしょうがね。テックの人格自体は人間です。人間として定められた時間の範疇を越えるのは……まあ、気が狂うとか、そういうことの原因にもなるかも」


 かなり柔らかく言ってくれてはいる。それこそ、俺の持っていた太刀に宿るモノは自我を保てていなかった。彼は、七百年以上前の王朝時代に猛威を振るった異形だと聞いているが、そのような面影はもはや見られなかったのである。


「まあ、武器を折るか、魂を破壊するかで蹴りがつく。そのときは仲間になんとかしてもらうよ」


「君の仲間は、君を殺せるんですか」


「駄目だったら……そうだな、ふたりがなんとかしてくれよ」


「そんなに近いうちに死ぬつもりなんです? 自暴自棄になるのはよしてくださいよ」


「そうよ。ネイを見つけなきゃいけないんでしょう? その、テックが、し……死んだ後、その薙刀に宿ったのもネイのためなんじゃないの?」


 寧姫のため、か。


 そうだ。俺は、またこうして生き延びることができたのだ。この命、寧姫のために使わなくて何になる。


「そうだな。大事なことを忘れていた」


 俺は立ち上がる。ルーカスの表情が未だ曇っているのが少し気がかりだった。


「さ、時間をとってしまって悪かった。この部屋の探索を始めよう」


「ええ。ここは、誰かの書斎ね」


「……そうですね。順当に考えれば家主の書斎……」


 家主。そう聞いて思い浮かぶのは屋敷の正面の石碑に書かれていた名前だ。


「孤高の賢者アドルフ、か」


「定番だと日記が残されているものだけれど」


「リア、小説じゃないんですよ、これは」


 そう言いつつみんなで家探しをした。今まではあまりその意識はなかったのだが、この部屋は生活感がある……というか端的に言えばだらしないので余計に家探ししているみたいになる。


「あ」


「なんです」


「日記だわ」


 本当にあるんだ……。中身は石碑と同じく帝国時代の文だという。どういう違いなのだろう。アカツキでいうところの今の文と王朝時代の文との差程度なのか、それとも昔の華の国の文との差くらいなのか。


「えーっと、内容、読むわね」


 オフィーリアが意訳し、ときどきルーカスが助けたりして言い連ねた内容はこうだ。



記録(抜粋)


二月二十五日


 私は魔王を倒して一年ほどたった今日、この屋敷をいただいた。エデレス国王……すなわちエーデルから賜った屋敷だ。我らはこのように各地に散らばり、再び魔王となる者が現れたときに備え自らの力を残すことにした。


 私が残すことに決めたのは、封印の魔術である。今かの穴を塞いでいるのは私の魔術だ。それもいつかは必ず綻ぶ。ソフィアやイエルクと共にときどき修復に向かっているし、私の死後もソフィアが結界の保持をしてくれると言うが、それでも千年、否、五百年と保たぬだろう。


五月二十九日


 エーデルに呼ばれて王宮に赴いた。立派な城である。王宮に魔術師の組織を作るらしく、その構想について相談したいことがあると言う。ルーク、エイン、ソフィアが招かれており、今宵は宴会となりそうである。本格的な話し合いは明日からだろう。


六月十八日


 エインの体調が思わしくない。彼は力を失った。それが原因か、魔王との戦いを終えて急に憔悴した。ソフィア、そしてノアと共に治療に励んでいるが、多分もう数年と生きられぬ。


 今はノアの魔術でどうにかなっているものの、ノアとてもうかなりの年だ。ノアにはまだやってもらわねばならぬことがある。しばらくはソフィアの屋敷で様子を見てもらう。


十一月二日


 ルークとクラウス、そしてエーデルが屋敷に訪ねてきた。先日、ルークは王宮魔術師の長に、クラウスは王宮騎士団の団長になった。ふたりともまだ若いし、当初からの仲間だ。エーデルを側で支える人材としてこれ以上ないだろう。


 相談事はエーデルが不吉な夢を見たという件についてだった。エーデルの予知はこのごろなりを潜めていたが、ここで再び顕れるとは。


 十日後から勇者一行の魔術師たちを集めて結界を作ることにする。


一月二十一日


 レオンがやってきた。創設中の結界を見て立派だと言ってくれたのでみな満足げである。


 レオンが言うことには、我々魔術師たちが各々の屋敷を離れてからというもの、各地の魔物が勢いを増しているとのこと。完成を急ぐ。


三月三十日


 結界が完成した。しかし、その直後本格的にエインが体調を崩した。やはり(ここで途切れている)


四月十六日


 葬儀が執り行われた。エインには“白の退魔師”の称号が教会より贈られた。それに伴い、残る我々八人にも称号が与えられた。


十英傑

破魔の勇者 エーデル

豪傑の戦士 レオン

孤高の賢者 アドルフ

疾風の騎士 クラウス

白の退魔師 エイン

昼の魔術師 ルーク

知恵の魔女 ソフィア

祓魔師の祖 イエルク

癒しの神官 ノア


 我々の仲間、エインが安らかに眠らんことを。再会を祈る。


追記 私はそんなに孤独な男だと思われているのだろうか。心外である。



 孤高の賢者アドルフの記録を見た俺たちは口々に感想を呟く。


「なにこれ、どういうこと?」


「人名が多すぎて分からん」


「魔術、ですか。思っていたより相当まずいものが出ましたね」


 唯一まともな感想のルーカス。一応俺にも気になった点があるが、ルーカスの言うそれはかなり切迫感があったので、先にそちらを問うことにする。


「まずいというと?」


「国規模の陰謀が関わっている可能性がある」


「陰謀?」


「ええ。“勇者一行には多くの魔術師がいた”。この事実は公にされていません。現在知っている者がいるかどうかさえ怪しい」


 ルーカスが言う。確かに、今までいくつかの勇者伝説、いわゆる建国記について聞かされてきたが、そのような話は一度として聞かなかった。


「あ……これ、祓魔師の祖イエルクって、まさか……」


 オフィーリアが口元を抑えながら呟いた。


「まず間違いなく祓魔聖書の著者でしょう。彼もまた魔術師との関与が記されています。……いや、イエルク様自身が魔術師である可能性さえ」


 なるほど、話が読めてきた。


 現在、エクソシスト、そして教会は魔術師を悪魔に関与するものとして弾圧、処刑を繰り返している。しかし、魔物や悪魔の長たる魔王を倒した一行のほとんどが魔術関係者だという事実はそれを大きく覆すものとなってしまうのだ。


「これ、連盟に提出できる内容じゃありませんよ。連盟には少なからず王国関係者、教会関係者の目もある。こちらが首を落とされるかも」


「待って、もう少し砕いて言ってほしいわ」


「だから、多分勇者一行の死後に国か、教会かが記録を書き換えたんですよ。そうじゃなきゃ建国記にそういう記述がなかったり、称号贈与の記録が公にされてなかったり、その理由が説明つかない」


「……頭痛くなってきた」


「一旦落ち着け、ルーカスも」


 言われてルーカスも深く息を吐きながら近くの椅子に腰掛ける。古い椅子がギイと音を立てた。

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