第20話 悪魔強襲

 ルーカスが焼けた肉を切り分けたブロッド(パンのようなもの)の上に載せ渡してくれる。


「屋敷の探索自体は難しいことでもなさそうなんですけどね」


「魔物がちょっと強いわよね」


「そうなのか?」


「そうよ。テックはあまり魔物については詳しくないんだっけ?」


「まあ……」


 戦いの相手としての魔物に詳しくないのは事実だった。


「そもそも、屋敷全体が妙な神力を発していて、魔物の気配が分かりにくいんですよね」


「あー……確かに。全体的に何かの術がかかっているのか」


 それを聞いてオフィーリアが首を傾げる。


「そうなの? 魔物の気配、結構ちゃんとしない?」


「え、本当ですか? 僕もとうとう鈍りましたかね」


「嘘つけ」


 ルーカスの力量で鈍っていると言われると俺の立場がないのだ。全員でまるでお互いと競うように魔物の位置を感知せんと意識を集中させる。


「あ」


「来ますね」


 しかも、魔物じゃない。妖……悪魔だ。

 急いでブロッドを口に詰め、飲み込んだ。


「悪魔との戦闘経験は?」


「そんなにないですね」


「私も」


 なら、こちらは俺の専門分野だ。


「神力を剣に這わせるか、ジュツを使うかでしか倒せない。オフィーリアは……」


「守護霊が宿っている武器を持ってきているわ」


 ならいけるか、と思ったが、それはいつぞやのレイピアだ。小動物の守護霊で悪魔が倒せるものか。


「それじゃ無理だ!」


 寧姫の薙刀を空間術から取り出してオフィーリアに渡した。


「……これ」


「何かあったときのために非戦闘時には武器に神力を蓄えておくものだ。一回の戦闘くらいは保つ」


 俺は腰に取り付けていた剣を抜く。ドレイトの街の武器屋て購入したものだ。初陣はもう少し早い予定だったが、ルーカスが瞬殺していたので出番はなかった。


「なんかこの悪魔……気配が大きくない?」


「多分」


 相手は中級……いや、上級に近い。なぜこんなところにいるのだろうか。


 悪魔は奥の方からこの部屋までゆっくり進んでくる。そして、扉の前でピタリと止まった。そして……。


「……ふふ、これは厄介ですね」


 気配が五つに分かれた。分体か、その手の術か。いずれにせよ、どこから来るか分からない。


 こういうときは先制攻撃に限る。


 『千本・白式』。


 空間術がもととなるそれは、障壁を無視して攻撃することが可能だ。それを五つの気配に向けて放った。


 うち三体は当たるも手応えなし。残りの二体はうまく避けたようだ。三体の気配が残る二体に吸われる。


 と、二体は同時に壁をすり抜けて飛び込んできた。モヤの形状。……なんだ。上級妖と同等の瘴気だったが、その形状ならどうということはない。


「『聖結界グリンズ』」


 その声と同時に光る膜が広がり、それに衝突した悪魔は声をあげる。


「チッ、聖結界で死にませんか」


 しかし、かなりの消耗だ。


 俺は新品の西洋剣に霊力を纏わせ、切り付ける。身体を形成するモヤがそれを避けるように広がり、悪魔は退いた。近接は不利と見たか。だが。


 二本立てた指を前に突き出し、一瞬のうちにつけた術印を起動する。


 『釁隙きんげき』。


 ヒトカゲを倒した術だ。核を抉り取られた悪魔のモヤが霧散する。モヤの姿をした悪魔を倒すのはコツさえ掴めば簡単だ。瘴気を生み出す核さえ破壊してしまえばいい。


 もう一体は。


 振り返ると、オフィーリアが薙刀を持って突っ込んで行くのが見えた。馬鹿、そんな戦い方……! 大きく振りかぶり、悪魔を薙ぎ払うオフィーリア。それが霧散する。


「……は?」


 なんだ、その霊力は。それができるほどの霊力を俺は薙刀に蓄えていない。


「『神聖の光ヘイリッジ』」


 明らかに悪魔が怯んだところをルーカスが撃ち抜いた。ジュッと瘴気が消える。


「だ、大丈夫、か……?」


「僕は大丈夫です」


「私も」


 ひとまず安全を確認。確かに俺から見ても特に瘴気を受けた様子は見てとれない。


「オフィーリア……なんだ、それは」


「え?」


 オフィーリアが戸惑いの声をあげる。


「一体何をしたんだ」


「何、何の話?」


 薙刀を指差した。


「俺は、あんな戦い方ができるような神力をそこに入れていない。一体何が……」


「待ってください、テック。僕からすれば順当な効果に思えます」


「……そうか?」


「確かにあれだけ上手く扱うのは難しい。でも、指摘するほどのことではないはずです」


 ……俺がおかしいのだろうか。俺は霊力操作が得意ではないから、モノに定着させられる霊力の量には限りがある。


 あれに蓄えた霊力はせいぜい空間の方の防御結界『桜』を一度展開できる程度だ。でも、どう考えてもそれ以上の威力を出していた。


 悩み込んだ俺を見ながらルーカスが呟く。


「……もしかすると、リアの神力をほとんど持たないという特性が影響しているのかも」


「というと?」


「リアと同じくらいの神力を持っている人がいなければ証明は出来ませんが、例えば僕がこれを使うとすると、僕自身の神力で一部相殺してしまう。でもオフィーリアはそれがない。どうです、この仮説は」


「証明できないんじゃ、どうにも」


「少しは肯定してくれてもいいじゃないですか」


 はぁ、とため息をつくルーカス。


「いや、それでもやっぱり説明がつかない。俺が溜めた神力はせいぜい結界をひとつ張れる程度だ」


「……それはおかしい。あれは君の転移術を行使できるくらいの神力を蓄えていますよ」


「は……?」


 どういうことだ。俺の感知できない霊力が寧姫の薙刀に秘められているとでもいうのか。


「ちょっと、ふたりとも……! 私が多分何かおかしなことをしたのは分かっているのだけれど、そんなことより今はここを離れるべきよ。騒動で魔物が寄ってきてる」


 言われて、周りの気配を探る。確かにそのようだった。


「……あとでちゃんと調べよう」

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