第19話 誰かの屋敷

「結構魔物がいそうね」


「……あー、確かに」


 勇者の遺跡がひとつ、“水面の決戦砦”跡地、その地下の洞窟。ちらちらと魔物の気配がしないこともない。感知結界を一瞬張ると、魔物がかなり奥の方までいることが分かる。それだけ遺跡が広いということでもある。


 途中で白骨などが見つかるが、全員見ないふりをした。七年未踏の洞窟だ、そういうこともあるのだろう。


 途中で出るカエルだかイモリだかよくわからない魔物を倒しながら奥に進む。すぐにルーカスが破魔の光線を放つので武器を出すまでもない。


「神力、大丈夫か」


「大丈夫ですよ。余裕はあります」


 まあ……ルーカスの霊力量は人間の中ではほぼ敵なしだろう。実際人間だった頃の俺の五倍近くはありそうだ。


 さらに行くと、地面の様子が変わる。土や岩でできていた壁や床が丁寧に積み上げられた石になっていた。


「ここからが本番というわけですか」


 入り口にはひとつの石碑のようなものが立っている。


「かなり昔のものね」


「……帝国時代の文ですかね」


 今の文章ではないらしい。この国の文字がほとんど読めない俺には区別がつかなかった。ルーカスが解読を試みているが少し時間がかかりそうだ。


「『孤高の賢者 アドルフ ここに眠る』……誰かの墓、か」


 ルーカスがボソッと呟く。


「孤高の賢者……? 勇者エーデルではないの?」


 オフィーリアもまた文の続きを読んでいる。その間に周囲を見渡した。石造りの壁。正面に大きな両開きの扉。そして、ドレイトの街で見たような石の階段の先にもうひとつ大きな扉がある。


「やはり、誰かの墓ですね。今から300年ほど前……年代と勇者の遺跡と呼ばれている点から、勇者一行の誰かの墓というところでしょうか」


「その、“孤高の賢者アドルフ”の名前は残っていないのか? 建国記とかに」


「残っていなかったはずよ。エーデル王以外の名前は」


 そんなことあるか……?


 俺の国にも軍記物語は多くあるが、ひとりの名前しか残っていないなんて書物はない。


「強いていうならば勇者一行は、勇者含め七人の武人とふたりのエクソシストで構成されていた、とかいう話です。最近では、そのうちのひとりがエクソシストの祖であるイエルク様ではないかと言われています」


「誰だっけ、祓魔聖書を書いた人だっけ」


 そんな話をルーカスがしていた気がする。


「その通り。でも本当にそれくらいですね。一行の面子については」


「この時点で世紀の発見かもしれないわね」


「生きて帰れたらですけどね」


 不穏なことを言うのはやめてほしいものだ。ただでさえ白骨死体がそこら中に転がっているのだから。


 ひとまず全員で近くの扉に向かう。


「鍵はかかってませんね」


「というか誰かが壊したんでしょうね。見てよ、ここ。綺麗にひしゃげてるわ」


 押すとギシギシと奇妙な音を立てながら扉が開く。


 中はかなり埃臭い。しかし、勇士連盟の支部よりも遥かに立派な内装が広がっていた。


「……なんだ、これ」


「屋敷……?」


 そう。遺跡というにはあまりにそこは住居じみた空間だった。




「いくらなんでも家が広すぎるわ」


 しばらくの探索ののち、丁度見つけた居間のような部屋で休憩中である。柔らかい椅子にオフィーリアが深く腰掛けていた。くつろぎすぎだと思う。


「流石はかつての英雄の家ですね」


「まだ確かじゃないけれどねー」


 俺は改めてあたりを見渡す。やはり大きい。永信の城みたいな広さだ。


「なんです、テック」


 声に出ていたらしい。


「いや……兄貴分の家がね。このくらいの広さだったかなって」


「……は?」


 ルーカスがほうけた顔をする。


「……やっぱり貴族は規模感が違いますね」


「貴族じゃないよ」


「無理がありますよ流石に」


「兄貴分がそのあたりの戦士家系の家長だったんだよ。だから昔は城に住んでいたらしい」


 相変わらず良い表現が見つからない。要は戦国大名の家系だったのだ。うまく伝わらなかったか、オフィーリアとルーカスが顔を見合わせる。


「テックの国って結構謎よね」


「そうですよね。戦士が支配階級なんです? そのあたり、普通に興味があるので休憩がてら教えてくださいよ。食事の準備もしますし」


 ええっ……。


 とりあえずルーカスの荷物を取り出して渡す。彼は塩漬け肉やブロッド(パンのようなもの)を準備しながら俺が話し始めるのを待っている。


 そういう話をするのなら多分歴史の知識が必要なのだろうが、詳しく語れるほど精通していない。


「えーっと、まず、俺のいたところ……アカツキって言うんだけど」


「アカツキ? 変な響きね」


 “トキ”は聞き取れないのにそっちは聞き取れるのかよ、と言いたくもなるが、話の腰が折れるのでぐっと堪えた。


「そう。明るい月という意味だ」


「へえ、おしゃれ」


「ルーカスの言うようにかなり長い間戦士階層が国を治めていた。一方で貴族たちが支配する地域もあったから完全とはいえなかったらしいけど」


「結構複雑なんですね」


「そうだな。でも二百年前、アヤカシ……悪魔の王が生まれて話は変わった。人間と悪魔の長い長い戦いが始まったんだ」


「それは、例えば伝説の魔王のようなもの?」


「魔王を詳しくは知らないからなんとも言えないけど、多分」


 建国記について、前にオフィーリアの武器屋で槍使いの女性に話された内容以外はほとんど知らないのである。


「そのときにジュツを使える武人が集まって戦士団ができたんだ」


 そのときにできた武士団には昔ながらの武士に加え、術を使用できた陰陽師やら忍者やら、とにかく色々な者が参加したという。そのため、自身の土地を守るため武装したかつての武士とは少し定義が変わっているのだろう。


「戦士団っていうと、規模が大きそうですね。魔物討伐といえば、この辺りじゃ七人程度が定石ですが」


 結構少ないな。


「討伐というか、むしろ戦だからかな。敵も敵なりの作戦行動をしているし」


 アカツキでの戦いでは妖たちが上級の妖に指揮されている場合が多く、殲滅は困難を極めた。


 と、ルーカスは塩漬け肉を串に刺して脇に立て、火をつけようと火打金を打ち鳴らし始めた。


「魔物が寄ってきそうだ、俺が点ける」


「へえ、火も出せるんです?」


「火は苦手だけど、温めるくらいなら」


 俺は石の床に霊力で術印を書き始めた。薄く光っているようにも見える。しばらくすると、そこが熱くなり始めたので、ルーカスはその側に肉を置いた。


「君って一辺倒ですよね」


「うるせえな」


 自分でも分かっているのだ。誰かに言われると少しムキになってしまうが。


「なに、どういうこと?」


「俺があまり器用じゃないって話」


「テックって、基本的には空間を操るジュツか温度を変えるジュツばかりなんですよね。広義で言えば物の性質を変えるというところですか」


「そう」


「へぇ……」


 全く興味が無さそうだ。というより知識が無いから、よく分かっていないのだろう。


「アカツキにはジュツが使える人がたくさんいたから、偏っていてもあまり支障がなかったんだよ」


 なんなら、ずっと防御結界を用いた盾役だった。あとは、探知結界を使ったり、瘴気を取り除いたりといった後方支援。大人数だからこその適材適所というやつである。


 しかし、ずっとルーカスに言われっぱなしなのも癪なので、何かしら別の術を使えるように練習しようかな、と思ったのであった。

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