第18話 初任務
勇士登録を終えた翌朝のことである。宿から出ると試験官のディーターが待ち構えているのが見えて慌ててふたりに変化の術をかける。
「よお」
「……何か?」
「何をそんなに警戒してんだよ。仕事の話だ」
少しだけ安心したようにルーカスが肩の力を抜いた。
「ドラゴンでも出たか?」
「ドラゴン? ああ、そんな話もあったな。ありゃデマだぜ。ヒトカゲだったらしい」
そりゃあ討伐したのは俺たちだから知っているが。火を吹くとかげがいてたまるか、という話ではある。
「仕事の話ってのはよ、遺跡調査だぜ。それも、勇者のな」
「勇者の……?!」
後ろふたりは驚いているが、俺はあまり概要が掴めない。
「はじめっから喋ってやるからまあ座れよ」
勝手に宿の椅子を持ってきたディーターは存外丁寧に説明してくれた。
今からおよそ350年ほど前に魔王を倒し、このエルデス王国を建国した勇者、エーデル。
彼は王となってからも各地に未だ多く残る魔物、そして悪魔に対応する施設を作った。しかしその多くは、もはやどのように扱うのか分からず、王国側も手を焼いているらしい。
「それが……どうして俺に?」
「そこなんだよ。その施設……いわゆる勇者の遺跡ってやつがよお……“水面の決戦砦”跡地って言われる場所なんだがな? 少し西に行ったらある橋の下の洞窟にあるわけよ。で、まーぁ足元が悪い。結構崩れている上、魔物も出るしな。並大抵の勇士じゃドボンよ」
ディーターは飛沫が上がるような仕草をし、その流れで俺をビシッと指差す。
「そこにおめえが来たわけ。その身体強化の能力を見込んで頼みてえのよ」
「いや、でも割と先を急いでて」
チラと後ろを見ると、ふたりは大きく頷いた。
「そこをなんとかならんか? もう依頼が出て七年も放置だぜ、報酬も弾む」
「無理ですね」
「こちらもこちらの事情があるのよ」
「二十万ルデンだ」
「行きましょう」
「やるわ」
え? 一瞬で意見が変わっていないか?
「だって、二十万よ?」
「僕の年俸こえますよ?」
「でも、はやく街を離れるんじゃ」
「洞窟なら同じことです、ほらさっさと返事をしてください」
ゴニョゴニョと相談する俺たちを黙って見ていたディーター。
「決まったか?」
「じゃあ、受ける……」
「そう来なくちゃな。公式任務だからよ、どこでも完了報告できるぜ。むしろ、そうだなぁ、王都に報告に行ってもらえたら馬出さなくても済むからな、そのほうがウチとしてはありがてえ」
詳細だぜ、と紙を渡され、それを見ながら説明を受けてすぐにディーターは慌ただしく帰っていった。
「そうと決まれば、少し物資を準備しなければいけませんね」
こちらのふたりも慌ただしい。俺だけが妙に気乗りせずなんだか少し寂しかった。
金に踊らされウキウキのオフィーリアとルーカスに引きずられるよう、件の“水面の決戦砦”跡地、その地下にある洞窟に向かう。橋の上から洞窟を覗き込んだオフィーリアが、結構大きいわね、と呟いた。
「落ちないでくださいよ」
「落ちないわよ」
大きな鞄がとても重そうで、ルーカスがそう心配するのも頷けた。
「オフィーリア、荷物持とうか」
「いいわよ、テックにも結構持ってもらったし……あれ?」
オフィーリアが改めて俺の姿を見て首を傾げる。
「テック、荷物はどうしたの?」
「持ってるよ」
いつものように術式を解くと、何もない空間から鞄や薙刀が現れる。転移術や結界術などの空間術の一種である。
「……え?」
「え?」
「人生分からないものですねぇ、伝説のエクソシストと同じ力を目にすることになるなんて」
「そんな大層なジュツではないけど」
霊力消費も多くないし、結界術よりよっぽど簡単だ。ただ、武士団ではこの術を使える術師が俺のみだったので、なにかと運搬させられていた。結構扱いが雑なのだ。
「で、伝説のエクソシストって?」
「あー……」
ルーカスの視線がオフィーリアを捉える。
「リア、流石にイエルク様は分かりますよね?」
「も、もちろん? それこそ、勇者一行と共に旅をしたエクソシストよ。……あってる?」
「及第点ですね。それでいて、エクソシストの力の源である祓魔聖書を記した人物です。エクソシストの祖と呼ばれています」
有名な偉人らしい。道中ルーカスにエクソシストはどんな力が使えるのか聞いたところ、かなり難しいとされている治癒や破魔の術ばかりだったところを考えると、素質ある人間対象とはいえ、その全員が扱える術式を遺した功績はとてつもなく大きいだろう。俺が幼い頃に使っていた教本とてそこまでは出来なかったのだ。
「そのイエルク様? と同じ力なのか、これ」
「まあ、その手の力の技術の進み方が僕らと君たちの国とでは相当違うのでなんともいえませんけどね。いいなぁ、テックの国。羨ましいですよ」
今日までの術式談義を通して、ルーカスは俺のいた国の技術に大きな興味を持ち始めていた。
「ジュツの考案の自由度は高いと思うよ。種類が多すぎて対応できないけど。最強のジュツが“ジュツの解除をするジュツ”って言われたくらいだからな」
「ふふ、なるほどですね。……また教えてくださいよ。まだ僕は飲み物を冷やすことしかできないんですから」
ルーカスは例の少し教えただけの飲み物の温度を変える術を一日足らずで完全にものにした。稀にこういう天才がいるのである。その術式を組むのに俺は三ヶ月はかけたのに。
一方オフィーリアのほうは駄目そうだ。こればかりは霊力量が関係するので仕方ない。
霊力量は魂の外殻のもろさに比例するが、オフィーリアのそれはとても固いのだ。むしろ珍しいくらいに。術や霊力、または瘴気を感じる“見鬼の才”はあるようなので、当の本人はすごく悔しそうである。
「ジュツが使えたらなぁ」
既視感を覚えた。
そうだ、あの人も同じことを言っていた。
「ジュツが使えないからって戦えないわけじゃない。俺の仕えた主人もジュツは使えなかったからね」
「そうなの?」
「そうだよ。あの人はオフィーリアと逆で神力が多すぎた。ジュツ側が焼き切れてしまって、保たなかったんだ」
ルーカスが顔を顰める。
「ジュツ側が焼き切れるって……その人、
「正真正銘人間だよ。でも、今の俺より神力量は多いんじゃないかな」
「本当に人間ですか……?」
彼は若干引き気味だ。
俺は、鬼として蘇ったことにより魂の外殻かより脆くなった。しかし、寧姫はそれと同等かそれ以上の柔さだったのだ。
魂の外殻がどうだ、という話はここ十年くらいで有名になった話で、よく分からないことが多い。一説には魂の外殻の脆さによって寿命の長さが決まるだとか、輪廻転生のときに魂を留めておけるかどうかにかかわるだとか言われているが、それも定かではない。死んだことがある人間なんていないからだ。……いや、実際俺は死んだのだけれど。少なくともあの世の記憶はない。
「で、どうやって下りる?」
オフィーリア、そしてルーカスの荷物も空間術で収納すると、俺もまた橋の下の洞窟、すなわち勇者の遺跡の入り口を覗き込んだ。
「テックの転移術? じゃ駄目なの?」
「よく分からないところに飛べないからな。転移先がもし岩の中だったら、転移した瞬間に全身が捻じ切れるというか、吹き飛んだりしてえらい目にあう」
オフィーリアがサァッと青ざめた。
「それで誰か死んだの?!」
「死んでないよ。……最近はね」
ふたりが絶句しているが別に人は死んでない。妖や異形の退治には結構使っていた。もっとも、妖についてはその程度では戦闘不能にならないのだが。
「いや、俺が先に降りて様子を見ればいいか」
何かあったときのため、転移術の術印を仕込んでから、霊力操作で足に霊力を集中させ、転げ落ちないように滑り止めをしつつ洞窟の地面まで降り立つ。
魔物もいないし、大きな隔たりがあるわけでもない。転移も使えそうだ。
「大丈夫そうだ、そっちに戻る」
そういうと、ルーカスの返事が返ってきた。
「いや、大丈夫です。僕も普通に降ります」
「え、待って、置いていかないでよ」
霊力操作ができないオフィーリアが焦りの声を上げるのが聞こえた。
「別に置いて行きやしませんよ」
「……え?」
どういう状況だ、上は。なんだかオフィーリアが騒がしい。
しばらくすると、ごく自然に壁を歩いてきたルーカスと、それに姫抱きされているオフィーリア。
「……え?」
地面に下ろされたあとも少し照れているオフィーリアとは正反対にルーカスは平然としている。罪な奴……。
その衝撃にルーカスの霊力操作の精度が霞んでしまった。壁をモノの落ちる方向に逆らうように歩くというのはなかなかできないことだ。普通なら拍手喝采が起きてもおかしくないが、微妙な反応をしてしまう。
「ルーカス、凄いな……」
それを聞いたルーカスがまた悪い笑みを浮かべる。
「テックって、結構不器用ですよね」
「その分一点集中で努力して補ってるんだよ、分かれ」
褒めたのに嫌な気分になった。不器用なのは事実なので何も否定できない。結局実戦で使える術が空間術ばかりなのがその証拠だし。
「恋愛ごとでも不器用なんだろうし……」
と、ついでにとんでもないところを刺される。
「は? お前……は?」
「はは、この話題弱いですよねぇ、君」
悪い奴だ。こちらを弄んでやがる……。
「ほら、早く行くわよ!」
少しキレ気味のオフィーリアが先に進む。ルーカス・シーゲン、この男、本当に一行にいていい人材なのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます