第17話 勇士登録試験

 朝食を終え、昨日は行かなかった街の第二階層、石造のほうへ向かう。建物が立派だ。あらゆる店が立ち並び、興味はそそるが、今日の目的は勇士連盟への登録。足早に勇士連盟へ向かう。


 両開きの扉を開けると、二階まで突き抜けた玄関が広がっていた。


「大きいな」


 こんなに高い天井は初めて見た。立ち止まる俺をよそに、永信えいしんの顔をしたルーカスと、千代姫ちよひめの顔をしたオフィーリアは奥に向かう。奥には受付台があり、ふたりはそこに立つ娘に声をかけた。


「すみません、勇士登録の試験を受けたいのですが」


「分かりました。二名で?」


「いえ、あそこで突っ立っている男を含めて三名です」


 指差されてあわてて駆け寄る。


「三名ですね。では担当の者を呼んでまいりますので、詳しい話はそちらでお聞きください」


 しばらくすると、ガタイの良い男が二名やってきた。


「俺たちが試験官だ。珍しいな、東洋人の団体とは」


「最近こちらに来たんですよ」


「なるほどな。東洋は大変らしいからなぁ」


 東洋は大変、か。そういえば、あの戦いの後はどうなったのだろうか。そもそも妖の王は倒すことができたのか?


「貸し出しもあるが、みたところ武器は持ち前のものでいいな」


 その言葉にルーカスとオフィーリアは頷くが、俺はいや、と言う。


「東洋の剣があれば借りたいんだけど」


「東洋の剣はないな。店まで行けばあるかもしれんが」


「そうか。なら大丈夫だ」


 ずっと寧姫の薙刀を借りているのも気が引けたのだが、刀がないなら仕方ない。後で武器屋を見て、手に入らなかったらそろそろまともに西洋剣の訓練もするべきかもしれないな、と思った。


「おめえら大丈夫かあ? ヒョロガリばっかりじゃねえのよ」


 もう片方の男が舐め回すように俺たちを見る。


「歳若えのによ、勇士なんて。年齢制限のことは知ってっか?」


 やはり東洋顔は幼く見られがちである。永信なんかは二十七にもなるのに。


「俺は二十」


「僕は二十二です」


「私は十九」


「あ、そう」


 見えねー、みたいな顔をされているが、これ以上追及するつもりもないようだ。


「では、早速始めよう。今日は他に申し込みもないからな。私はエクムント。準一級勇士だ」


「同じく準一級勇士、ディーター。手加減はしねえぜ」


 というわけで二人に連れられ試験会場である訓練場へ向かった、が。


「なんでえ、パーティ同士の合同訓練なんて聞いてねえぜ」


 パーティ……要は勇士の団体同士で訓練をしており、空間の半分近くは占拠されていた。


「仕方ない、ひとりずつやるか」


「やだね、待ち時間ができるじゃねえか。おい、そこの槍使い! おめえはこっちで試験だ」


 槍ではないが、多分俺だ。


「じゃあ、後で」


 ふたりに手を振りディーターと名乗った彼に着いていく。先ほどの玄関を横ぎり、反対側の扉へと向かった。支部の中を歩いているだけでもディーターは多くの人に声をかけられている。信頼は厚そうだ。


 通された部屋の入り口には第二なんとかと書かれている。おおよそ第二訓練場といったところだろう。ディーターを見ると、顎で奥に行け、とでもいうように指示を出された。


 奥に向かいながら薙刀を抜き、少し行ったところで振り返って構えた。


「……おめえ、全くおそれがねえな」


 返事に困った。


「いやいいんだぜ。ただこっちも覚悟が必要かと思ってな。多分相当な実力者か、とんでもねえ世間知らずかのどっちかだろ?」


「まあ、場数は結構踏んでるんじゃないかな」


「おお、怖いこった……」


 彼もまた剣を抜く。


「じゃあ、試験を始めるぜ?」



◇◇◇



「おっそいわねぇ」


 オフィーリアが呟く。僕、ルーカスとオフィーリアの試験はとっくのとうに終わっていた。なんなら、四級の資格を取得し発行手続きを済ませて、昼食を食べ、街の店をひととおり見終わった後もテックが出てくる気配はない。


 ものすごく嫌な予感がしていた。


 彼は生まれてからずっと密接にジュツと関わってきた。彼にとってジュツを使うことは走ったり跳んだりするのと同じことだろう。ほとんど無意識下、あるいは自動で結界を張る、などということさえ容易いかもしれない。


 咄嗟にジュツを使ってしまい、魔術師疑いがかかっている……などという悪い想像が時間を追うごとに大きくなっていた。


「あ。見て、ルーカス」


「……なんです?」


 特になにも考えていなさそうなオフィーリアが掲示板を指差す。


「南東の盗賊団、謎の壊滅だって」


「ああ……たまにラフボルト周辺にも出ていたアレですか」


「内輪揉めかしらね」


 結構凶悪で人攫いをしているという噂もあり、たびたび連盟に討伐依頼が出ているほどだったため、壊滅はありがたいことだが、“謎の”とついている点が不可解だ。


 と。


 テックが冷や汗をダラダラかきながら、引き攣った笑顔で組合の玄関口まで戻ってきた。


「……待たせたな」


 後ろから真面目な顔をした大人たちが四名着いてきている。試験官のディーター、エクムントに加えてあれは支部長と副支部長ではないか。


「えーっと、どういう状況です?」


「すまねえなぁ、再試験と再々試験と手続きでこいつ長いこと借りちまってよ」


「再試験……?」


 テックがなんともいえない顔でこちらを見ている。支部長が一枚の紙を僕達に見せた。覗き込んだ僕のオフィーリアは揃って咽せる。


「じゅ、準二級……?!」


 勇士の誰もが目指すひとつの区切りが準二級だ。三級までは連盟に依頼された一般に公開されている仕事を請け負うが、準二級からは連盟から直接出動要請が出るなどそれのみで食っていけるようになる。


「本当は二級くらいまで上げても良かったんだが、初めての登録でそこまでの位を与えては角が立つからな」


 署名を、と差し出された羽根ペンを持ちテックが固まっている。そして今までに見たことのないような情けない顔で言うのだ。


「名前書けない……」


 結局僕が手を添えて名前を書かせた。ガタガタの“テック”の署名に支部長たちは苦笑いだ。


「まあ、何はともあれ、確かに登録した」


 サラサラと確認の署名が添えられる。



◇◇◇



 俺はテックこと、暁孝ときたか

 宿の部屋に戻ってきた途端、怖い顔をしたルーカスに詰められている。


「で? テック? 何をしたんですか?」


「何もしてません……」


 こちらもなぜ支部長まで出てきて試験させられたのか分からないのである。


「ジュツは使ってないんですね?」


「身体強化だけです……」


 ハア、とため息を吐かれた。


「分かってますよね? 僕達は目立っちゃ駄目なんですよ。特に君は!」


 乾いた笑いが溢れる。


 支部では大量の魔物討伐任務の募集がかかっていた。魔物の大群が出ているというものからどこどこの家が魔物を匿っていそうだから調べて欲しいというような内容までよりどりみどりだった。


 この国で俺が鬼……魔物だということがバレたらタダでは済まないだろう。


「でも準二級ってすごいわねぇ。もう少し頑張ればすぐにルーカスに追いつくんじゃないの?」


「馬鹿なこと言いなさい、リア。僕だって登録時は三級なんですよ。この規格外野郎が……」


 ごく自然に罵倒してくるルーカス。丁寧な言葉遣いを意識しているようだが、多分素は口が悪いのだろうな……。


 彼は再びハア、とため息を吐く。


「明日の朝すぐにでも出ましょう」

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