第16話 変化の術
目覚めると、結局全員同じ部屋で眠ってしまっていたことに気がつく。酒を冷やす術式の話が思いの外盛り上がったのだ。
「もったいないな。せっかくふた部屋取ったのに」
「まあいいでしょう。今夜も泊まるつもりですし」
「そうなの?」
「言ってませんでした?」
「言ってないな」
昨晩は薄酒とはいえかなり飲んでいたし、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
「勇士連盟に改めて登録しておきたいんですよね。やっぱり勇士の肩書は便利なので」
そういえばこの街には支部があるとかなんとか言っていた。
「でも、大丈夫なの? ルーカスは二級だし、連盟の人には顔が割れているんじゃないの?」
オフィーリアが尋ねる。
「それはそうですけど……そのあたりはほら、テックがちょちょいっと変化で」
「自分以外にやったことないぞ」
「できるでしょう、多分」
常に
しかし、ものは試し。出来ないと思えば出来ない、それが術というものだ。
指を二本立て、唱術する。ルーカスの顔が揺らいだかと思えば、それは別のひとの顔に……。
ぷっとオフィーリアが吹き出す。
「ルーカスとアルベルトさんの中間をとった顔って感じで、ちょっと面白いわね」
「うるさいっ、この国の人の顔立ちがまだよくわからないんだよ」
そういうふうに指摘されると恥ずかしくなり、思わず反論する。
「この国の顔じゃなくても、テックのよく知る顔でいいですよ」
「ふふふ、やめてよ、その顔で喋ると笑っちゃうわ」
よく知る顔……よく知る顔……?
となると限られてくるのだが。
「これならどうだ」
「ええっ、誰?」
「俺の所属する戦士団の団長」
つまり、
「テックの同郷らしくない髪色ね」
「そうだな」
俺も志堂以外に見たことがない。ほとんどは黒か茶色である。
「でも、派手すぎて目立ちそうだわ。もう少し落ち着いた顔立ちの人はいないの?」
俺から見るとこの国の人のほうがよっぽど派手な顔立ちだが、要望とあらば仕方ない。
「じゃあこれは?」
再び揺らいだあとの顔は
「意志が強そうね」
「その通りだけど」
それに何度も救われたものだ。
「これは誰なんです?」
「俺の兄貴分だな」
「お兄さんがいるの?」
「血は繋がってないけどね。別に双子の弟がいる」
なにはともあれ、ルーカスの顔はこれで決定したようだ。永信の顔から異国の言葉が紡がれている違和感はすごいが。
「オフィーリアはどうする?」
「支部には何回か行っているし、できるなら頼みたいわね」
変化の術式を三つか……いや、やってやるしかない。
さて、誰の顔を借りようか。武士団ということもあり、親しい人はやはり男性が多い。女性、女性……。
「これはどうだ」
「おお……」
なんともいえぬ感想だ。どうだと言われても普通はそうなるか。志堂の顔が特徴的すぎたのである。
「兄貴の奥方だ」
「この人妻帯者なの?」
奥方——名を
「そうだよ」
へぇ、と知らないところで言われている永信。オフィーリアの変化も決定した。俺は支部の人に会ったことはないし大丈夫だろうということに。
「それで、登録ってどうするんだ」
「書類を書くだけでもいいですが、それでは五級の資格しか得られないので、多少の実践形式の試験は受けたほうがいいでしょうね。四級からはまともな恩恵がありますから」
そこまで言ってルーカスがぐいとこちらに詰め寄る。
「いいですかテック、ジュツの使用は駄目ですからね」
「ジュツって、神力の使用そのものが駄目なのか?」
「厳密にいえば、神力での身体強化は一般的な技術として認識されているのでいけないことはないですが、君がやるとひどいことになりそうなんですよね」
「なんだよ、ひどいことって」
身体強化とは、僅かでも霊力を持つものならやり方さえ理解すれば使用できる最も初歩的な術だ。
「ほとんどの人の身体強化は多少息切れしづらくなる程度なんですよ。テックは多分屋根まで跳んだりするでしょ?」
ふと、ラフボルトで宿を抜け出しオフィーリアを追った日の一幕を思い出す。……確かに屋根まで跳んだ記憶がある。
「分かった分かった、少し丈夫な人間程度の強化なら大丈夫なわけだ」
「要はそういうことですけど……不安だな」
一体何が不安なのか。こちとら生まれてこのかたずっと霊力操作を叩き込まれているのである。その程度の調整なら朝飯前だ。
不安だな、不安だな……というふたりに多少苛立ちながらも、朝食のブロッド(パンのようなもの)を買いにいくのであった。
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