第6話 異国文化交流

「手伝ってくれても良かったのよ」


 その後も客が来て、接客に疲れ果てたオフィーリアが言う。町に集う勇士は増えているようだし、しばらくはそんな調子になるだろう。


「俺はこのあたりの武器に詳しくないから。嫌だろ、そんなやつから武器を買うのは」


「じゃあ、武器に詳しくなったら店に出てくれるの?」


「出たっていいけど……アルベルトさんのところの料理をいただいて、しばらくしたら町を発つ予定だし」


 その発言に、エッと声をあげた。そういえば伝えていなかったかもしれない。


「もう出て行ってしまうの? 折角寝具も買ったのに?」


「そもそも、会ってすぐのやつを泊めようとする方が変わっていると思わないか?」


「……それはそうだけど。でも寝床がないひとを追い出すのは可哀想じゃない」


 実際、それは助かるのだが、女の一人暮らしだし、こんな町だし、もう少し危機感を持つべきだと思うのだ。ため息をつきつつ、ぼんやりとあの人の姿を思い起こした。


「探している人がいるんだ」


「探し人? どんな人?」


「この武器の元の持ち主」


 ひょいと薙刀を持ち上げた。本来、これは俺が持っているべきものではない。


「珍しいわね、長柄武器を使う人なんて」


「らしいな。剣士に憧れている人が多いとは聞いたけど、魔物相手なら長柄武器だって有効だろ。なんで少ないんだ?」


「よく知らないけど、ルーカスが、魔物退治で行く住処は狭いから、槍使いは向いていないみたいな話をしていたわ……あっ、ルーカスのところに行かなきゃ」


 すぐに帰るから待っていて、と慌ただしく出ていく。殴り込みか……。

 もう随分暗くなって、店も閉める時間だろうから店頭の札を“閉”のほうに変えておいた。


 店内の小さな椅子に座って武器を眺めた。弓や槍も並んでいるが、圧倒的に剣の種類が豊富だ。魔物の住処は狭いのなら、なおさらロングソードなんかは扱いにくそうだが。


 長柄武器の長所は相手と距離を取れることに留まらない。刺す、斬る、叩く、あらゆる使い方ができるから強いのだ。言ってしまえば、刃の部分を使わずとも致命傷になり得る。悪魔退治となればそうはいかないが、魔物退治には非常に有効だろうに。


 この国の悪魔退治ひいては魔物退治はかなり遅れている、と感じてしまう。エクソシストや勇士の派遣などの制度はきちんとしているようなのに、それがうまく回っていない。


 そもそも、勇士たちの技量もいまひとつに見えた。最初に来ていた団体はかなり優秀そうだったが、その後に来た武人たちの武器はほとんど手入れされておらず、そりゃ、そんな武器の使い方をしていたら壊れるだろう、という感じ。武器に命を託す覚悟がなっていないのだ。


 オフィーリアはルーカスさんの物言いに怒っていたが、俺は同意見。あれじゃあ相当人死にが出るだろう。


「ただいま……」


「あれ。早かったな」


「ルーカス、いなかったのよ。あれでかなり優秀な勇士だし、応援要請が出たみたい」


「要請なんて出るのか」


「そうよ。今日始めにきたお客さんがいるでしょう。あの人たちも要請で来てた人たちらしいわ。後の人たちは……まあ、お金稼ぎ目的よね」


 なるほど、技量にばらつきがある理由はそこにあったようだ。連盟から要請がでる人は前金を支払われ、後から成功報酬が払われるらしい。前金を渡しても逃げない信頼と実力がある団体ということだろう。


「そういえば、エクソシストへの依頼ってどういう仕組みなんだ」


「そっちは教会へ言うのよ。……この町の神父がちゃんと仕事しているかは定かじゃないけどね」


 オフィーリアが遠い目で言う。この町の人は神父への信頼が薄い。というかない。一体何をしでかしたのか……。



◇◇◇



 私ことオフィーリアとテックは店仕舞いをし、アルベルトさんの料理店へ向かう。


「あなた、料理店の場所も知らないで一体どうするつもりだったのよ」


「いや、まさか家と別とは思わなかったんだ」


 テックが見当違いの方向に行ったので慌てて引き留めたのだ。結構な力で引いてしまったのだが、全く平気そうでなにより。


 私はある建物の前に止まる。


「ここよ」


 入り口には“鷹の止まり木”と書いている。扉を開くと、地下に続く階段が延びていて、中から軽快な音楽が聴こえた。中はかなり混み合っており、繁盛しているようだ。


「ああ、テックさん、オフィーリアさん。いらっしゃい!」


 明るく声をかけてくれた青年。アルベルトさんの息子のカール君だ。


「どうも。もう元気みたいで、何よりだよ」


「その節は本当に感謝してもしきれねえ。奥はまだ空いてんだ、好きな席に座ってくれよ。後でちゃんと挨拶しにいくからさ」


 そう足早に去るカール君を見送り、奥にある席につく。仕方のないことなのだけれど、どうもテックは視線を集める。さすが、噂の“退魔師”だ。


「すごく見られてるな」


「みんな金の匂いには敏感なのよ」


「別に俺、金持ってないよ」


「勇士の任務にはエクソシストの護衛任務とかもあるからね」


「依頼しないけど」


「そりゃ、あなたはそうかもしれないけど。世の中には浄化の力を使えても、武術はからきしみたいなエクソシストが多いのよ」


 父、オリヴァーのようなエクソシストは珍しかった。父は完全に武闘派だったのだ。東洋のそういう力を持つ人たちのことはよく分からないが、テックを話を聞く限りむしろ武術をメインで鍛えている集団らしい。


 席に置かれているメニューをテックに見せる。それを見てテックは目を細めた。


「……なんて書いてる?」


「読めないの?」


「まだ読むのは……」


 完璧超人のように見える彼にまだできないことがあることに少し安心した。テックはメニューの隅をじっと見つめる。


「この鳥、なんて名前?」


 テックは鳥の絵を指でなぞった。


「“鷹”よ。あなたの国にもいた?」


「“鷹”……なるほど」


 それを聞いて、嬉しそうに笑った。


「鷹はいいよな。聞けてよかった。……料理はよく分からないから、オフィーリアに任せる」


 鷹に何か思い出でもあるのだろうか。でもまあ、わざわざ尋ねるほどのことでもないか、と思い会話を続けた。


「そう。……ここ、“鷹の止まり木”の名物はなんといっても日替わりのスッピよ」


 メニューの上から3つ目を指差しながら言う。結構なドヤ顔で言う。自分の店ではないけれど。


「スッピ?」


「今朝、ブラッドと一緒に飲んだ温かい飲み物があるでしょう」


 オフィーリアが朝温めてくれたあの汁物のことか。


「あれか」


「そう。スッピって言うの。今日は肉団子のスッピだって」


 私は、今度は上からふたつ目を指差した。


「それからヴァスト。簡単に言ったら……肉の腸詰ね」


「え……怖」


 わずかばかり食欲がひっこんだというような引き具合だ。


「まあ、それだけ聞いたらちょっとアレだけど、美味しいわよ。食べ盛りの男児に人気」


「なんだよ、20歳越えてるぞ」


 テックは少々不満げだ。それを無視してカール君を呼び、注文する。彼が飲み物を運んでくれて、それを飲みつつ再び会話を続けた。


「20歳がなによ。未成年じゃない」


「え?」


「……え?」


「20歳ってこの辺じゃ未成年なのか?」


 この辺りでは成人は21歳だ。かくいう私は、再来年成人となる。


「……成人の年齢まで違うわけ?」


「俺は12で成人だった」


「12?! そんなの、まだ子供じゃない。まさか、その頃から戦場に出てたの?」


「……まあ、そうだな。なんなら、もっと前から」


 ちょっと引いてしまった。この国にも戦う職はいろいろあるが、流石にその歳で実戦に挑むことはない。勇士の登録でさえ18歳だ。


「……大変だったわね」


「みんなそうだったから」


 信じられない話だが、妙に納得する部分もあった。彼の落ち着きようはこのあたりの同年代には見られないものだったから。戦士団の隊長だと言っていたし、これが経験の差か、とぼんやり思うのだった。

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