第5話 繁盛には慣れていない

 ルーカスさんと別れて、武器屋に戻ると、数人の武人たちが座り込んでいた。うちのひとりが、俺を見て立ち上がる。


「あんた、ここの店主か?」


「いや、店主はこっちだ」


 そう言ってオフィーリアを前に押しやる。


「そうか。ロングソードが欲しいんだが」


「皆さんはドラゴン討伐かしら」


「まさか。誰から聞いたんだ、ドラゴンなんて。ただのヒトカゲだ。かなり大型化しているが」


 そこそこの額を払って得た情報が誤りだったことに驚きを隠せていないオフィーリア。しばらく凍りついているが、構わず男は続けた。


「昨日討伐に向かったんだが、全く歯が立たなくてな。剣もこのザマだ」


 そう言って彼が鞘から抜いた剣は途中で折れてしまっている。


「鱗が鉄より硬いっていうのは本当なのね」


「いいや、鱗も硬いが、刃が通らないというほどではない。表皮が厚いんだ。刃が通っても、力技でへし折られてしまってな」


 それを聞いてオフィーリアはどこか不満げだ。今晩にでもルーカスさんのところに文句を言いに行くかもしれない。


「でも、大丈夫なの? 丈夫な魔物相手にロングソードなんて。結構しなるわよ」


「どちらかというと、切れ味重視だな。それに、しなるほうが壊れにくいかと思って」


 武人たちとオフィーリアが話している横で、特にすることもないのでなんとなしにロングソードを持ってみる。


(え、軽……)


 大きな見た目に反して思っていたより軽かった。あちらの刀の二分の三ほどの大きさなのに、重さはそれほど変わらない。

 すこし端の方に寄って振ってみる。俺が使っていた太刀と比べると、大きさ、重さ共に同等くらいだと思ったが、振った感覚は少し重い。反りがないからか?


「テック、あなたも買う?」


「いや、ごめん、買わない」


「まあ、良い武器あるものね」


「もともとは剣を使っていたから、慣れているものに近いものがあったらいいな、と思ったんだけどな」


「全然違うものなの?」


「やっぱり、振った感覚がね」


 そのとき、武人の中のひとりが、こちらに向かって話しかけてきた。女性だ。


「お前さん、槍使いかい」


「え? ああ、いや。これはナギナタっていう東国の武器だよ」


 鞘を取って、刃を見せてやる。


「ああ、そうなのか。いやね、槍使いなんて珍しいと思って声をかけたんだけどね」


「槍使い、あまりいないのか。結構強い武器じゃない?」


「いい武器なんだけどね。勇士ってやつはロマンを追い求めるものなのさ。350年前に魔王を討ち滅ぼし、この国を建国した勇者は剣士だったからね、ことごとく皆剣士になりたがるんだよ」


「じゃあ、あなたはなんで槍使いなんだ?」


「そりゃあね、異国人なら一度建国記を読んでみるといいさ。勇者一行は、剣士が六人とエクソシストがふたり、それから槍使いがひとりだったんだよ」


「なんだその微妙な編成」


 前衛が七人、術師ふたりの戦い方の想像がつかない。敵の周りを取り囲んでめったうちにするくらいしかやりようがないのではなかろうか。


「笑えるだろ? 建国記はほとんどが初代王の話ばかりだけどね、一節だけ槍使いの話があるんだよ。あたしはそれに惚れて槍使いになったのさ」


「へえ。どんな話?」


「その槍使いはね、ひとつ刺せば山を穿ち、海を割ったという、それはもう凄腕の武人だった」


 どこに惚れたのか全く分からないが、頬を紅潮させるそのひとの話をきく。……かなり長くなりそうだ。


 それにしてももったいない話である。本来、長柄武器は距離をとれるから、重宝されるべき武器だ。もとの場所では諸事情であまり使われなかった武器だが、この国でも使われていないとは。魔物退治が目的なら、ロマンなんてもの捨てちまえとは思うが、やる気が出る武器を使うのも大事なことだ。仕方ない。


 武器の話を考えていて、ふと気になることがあった。


「そういえば、このあたりにはアレはないのか、ほら……」


 話が途切れたところを見計らって、話の転換を促す。右肩の前くらいで、棒を構えるような格好をした。


「なんだ、弓か?」


「違う、なんて言うんだろう。こう、人差し指で金具を引くと、点火して、鉛玉が飛んでいくやつ」


「鉛玉? そんなもの飛ばしてどうするのさ」


 あれ、鉄砲ってこのあたりの武器じゃなかったか? 鉄砲のせいでそれはもう酷い目に遭ったものだった。

 原産の地域のはずだから、もっと日夜構わず鉛玉が飛んでいるかと思っていたが、こちらに来てからというもの一度も見たことがない。辺境だからないのかと思ったが、各地を飛び回っているらしい勇士でさえ知らないとなると、ここは思っている場所とは違うのかもしれない。


「じゃあいいや。気にしないで」


「なんだ、気になるじゃないか」


「うーん、鉄……爆発……みたいな名前の武器」


 鉄砲をこちらで何と言うのかなんて知らないので、なけなしの語彙力で表現するも、怪訝な顔をされる。


「それの何がいいのさ」


 それはあなたの話に俺が言いたかったことではある。


 数人の武人たちが武器の話で盛り上がる中、再び武器屋の戸が開かれた。


「あれ、今日はえれェ混んでんな」


 武人と並んでも遜色ないほどガタイのいいその男性は、一昨日酒場で出会った親父さんだ。


「あ、アルベルトさん! もう奥様と息子さんは大丈夫なの?」


「ああ、もうすっかりな。嬢ちゃん、テック知らねェか」


「俺、いるぞ」


 武人の陰で見えなかったらしい。こちらの武人は体格が良くて羨ましい。いくら鍛えても筋骨隆々には程遠く、周りからは舐められたものだが、彼らさえ凌駕するムキムキっぷりだ。


「おお! テック! てめェいつ来やがんだ」


「治したのは昨日のことだろ? 奥さん、本調子じゃないだろうし、明後日くらいに行こうかと思っていたんだけど」


「お前のおかげでもうピンピンしてるぜ。今日来たって大丈夫だ」


「じゃあ、今日お邪魔しようかな」


 そう言うと、ニカっと笑っていつでも待ってるぜ、と胸を叩いた。前のような酒臭さはなく、笑顔も明るいのでほっとする。


「嬢ちゃんも来るだろ?」


「え、ごめんなさい、なんて?」


 接客中のオフィーリアは忙しそうだ。昔の偉人みたいに、耳が十個あったら良かったのにな。


「今日、テックがうちに飯を食いに来るから、嬢ちゃんも一緒に来たらどうだ」


「ああ、もちろん。久しぶりに行かせてもらうわ」


 答えてすぐに、こっちのレイピアは、などと聞かれてそちらに向かう。繁盛には慣れていなさそうだ。


 明らかに手が回っていないオフィーリアを心の中で応援しながら、手持ち無沙汰な客と雑談をして、夜を待つのであった。

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