第4話 退魔の術を持つ者

 ふいに肩を叩かれ俺は目を覚ます。目を開けるとオフィーリアが申し訳なさそうにこちらを覗き込んでいた。


「ご、ごめんなさい」


「ああ……もう大丈夫なのか?」


 昨日倒れた彼女を放っておくわけにもいかないので勝手に上がり込んで寝具に寝かせたのであった。俺は椅子の上で一晩過ごした。


 なぜ倒れたのかは本人にも分からないらしい。悪魔の瘴気に当てられたのかもしれない。


 朝食を用意すると言ってオフィーリアが近所の店で買ってきた、穀物を練ったものを焼いて作るこのあたりの主食……ブロッドというらしい……をふたりで食べる。彼女がふと呟いた。


「東国には退魔師なんて専門職があるのね」


 噂が回るのが早い。おおよそアルベルトさんが質問攻めにあい、その名を口に出してしまったのだろう。


「そんなのないよ」


「え」


「あのままだったら、エクソシストだとか、魔術師とか、この国の宗教観に巻き込まれるだろ。それは嫌だから、なけなしの語彙力で作った造語だよ」


「……じゃあ嘘ってこと?」


「嘘ってわけでもない。悪魔を退治していたのは本当。……もといたところ……まあ、ここから見れば極東の列島なんだけど……そこは、そういう力を持った人たちの集団がいくつもあって、それぞれが悪魔たちの主導者を倒して全国統一するっていうのを目指している戦乱の土地なんだよ」


 ブロッドの最後のひとくちを頬張り、飲み込む。それをオフィーリアは眉間に皺を寄せながら見ていた。


「ブシダンっていう……戦士団があって。俺はそこの隊長っていうのかな」


 隊長、という表現は少しズレている気がする。しかし、“将”と同一の意味と捉えられそうな言葉はそれ以外なかった。


「……うん、隊長だ。だから、悪魔退治が仕事なのは本当だ」


「……もしかしてすごく偉い人だったんじゃないの?」


「どうだろうね。俺は自分のことばっかりだったよ。だから今、あてもなく遠い異国の地にいるんだろうな」


 さ、と言って立ち上がる。


「用事?」


「今日の宿を取らなきゃいけない。悪かったな、長居して」


「今日はきっともう宿は空いてないわよ」


「なんでだよ?」


「もうかなり勇士ゆうしたちがきていたから」


「勇士ってなに?」


「うーん……こんなご時世だから一般人が出歩くのは難しいじゃない。だから、隊商の護衛を受け持ったり、魔物の討伐任務を請け負ったり、そういうので生計を立てている人たちのことよ。傭兵……というのとはちょっと違うけれど」


 続けて話を聞いてみれば、知らない仕組みの話が出てきた。


 国内には勇士連盟という組織があるらしい。15年ほど前に、魔物の大量発生に対処するため国が設置した組織で、魔物による流通網への被害などが原因で賊に対応するような護衛職を失った者たちに対する救済措置でもあったようだ。しかし、次第に登録者が増え、報酬を支払えなくなったことから現在は民営化されているという。

 要は戦力が欲しい依頼者と戦力を提供したい登録者の仲介をする組織というわけだ。


「最近では生活に困窮しているエクソシストなんかも登録しているらしいわよ」


「へー……この町に勇士が来ているってことは誰かが討伐依頼を出したのか?」


「残念ながらこの町には窓口はないわ。一応元官営の組織だから。……この近くには国が持ってる銀が取れる山があって、そこで魔物が増えたんでしょうね。国からの依頼が出ていると、勇士のやる気は高いのよ」


 で、とオフィーリアは手を組んでその上に顎を乗せた。


「今晩の宿はどうするの?」


 親方のおかげで治安は良くなったとはいえまだ盗人は多いわよ、とニコニコ笑った顔で言われる。




 宿が取れないのでは仕方がないのでオフィーリアの家に今晩も泊まらせてもらう、ということになった。安物ではあるらしいが寝具も購入されてしまい、いよいよ逃げ場がない。


「今日は勇士連盟の人に話を聞きに行くの。せっかくだから着いてこない?」


「この町には窓口がないんじゃないのか」


「ないけど、連盟に登録している情報屋がいるのよ。どうしても閉鎖された町だから、武器屋としてはときたま話を聞いておかないとね」


 酒場に入ると、端の方でなにかしら作業をしている人がした。そういえば、一昨日もいたような気がする。


「ルーカス。久しぶりね」


「ああ、オフィーリア。元気にしていますか」


 ルーカスと呼ばれたその人は、俺を見るなりにこりと笑ってオフィーリアを見る。歳の頃はオフィーリアと同じくらいだろうか。飴色の髪が揺れた。


「とうとう良い人ができましたか」


「あ、いや」


 俺が名乗るより先に彼はわかってる、と静止した。


「冗談ですよ。噂の“退魔師”でしょう。情報屋を舐めちゃいけません」


 別に舐めてもいないが……。


「それで、何の用です」


「ああ、そう。勇士が集まっているじゃない。銀山に魔物でも出たの?」


「そうです。それも、とんでもないやつが」


 そこから続きを待つが、一向にルーカスさんは喋る様子がない。ため息をついたオフィーリアが銭貨を数枚叩きつけた。


「すみませんね。僕もこれで食べているので」


 なるほど、そういう金の取り方か。情報屋も世知辛いな、と思った。彼は、今度は声をひそめて言う。


「なんとね……ドラゴンだそうですよ」


「ドラゴン?!」


「ドラゴン?」


 俺とオフィーリアは同じ単語を発したものの、その調子は大きく違った。ルーカスさんは俺たちに声を落とすように言って続ける。


「そう。東の方だとロンと言うのでしたか」


「いや……知らない」


 聞いたことのない妖だ。東の方といっても広いし、俺の住む島ではなく大陸の華の国の話をしているのかもしれない。


「どんな魔物なんだ?」


「その息は業火の如く全てを焼き払い、その鱗は鉄よりも硬い……」


「鱗って……ドラゴンは魚なのか?」


「そんなまさか! どちらかといえば爬虫類と聞きます」


 火を吹く上に、鉄より硬い爬虫類を誰が倒せるというのか。


「ドラゴンって倒せるの? ほとんど伝説の魔物でしょう?」


「問題はそれですね。国内で最後にドラゴンが現れて、それを倒した記録は建国期にまで遡る……」


「まさか、その倒した記録って勇者一行の話じゃないわよね?」


「そのまさかなので、誰も倒し方を知らないんです。それなのに、腕っぷし自慢の勇士たちは勇者になることを夢見て集まっているわけですから。今回の仕事は大量に死にますよ。神父には早いこと葬儀の準備を始めさせておくべきですかね」


「ルーカス、そういうことを言うのはやめたほうがいいわよ。情報屋なんて信頼で成り立ってる仕事なんだから」


「僕はエクソシストを目指すオフィーリアはちゃんと現実を知っているべきだと思って言っているだけですよ」


 そこそこ長い付き合いらしく、なめらかに会話が進む。その様子になんとなく懐かしさを覚えて彼女らを見ていた。



◇◇◇


近況ノートにて、トキのキャラクターイメージイラストを投稿いたしました。下手くそなりに頑張りました。よかったらぜひ。

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