徒桜〈一〉三月二十日
月明かりに照らされる桜の木の下で長い黒髪の少女……いや、少女と称するべきか、女性と称するべきか悩むほどの年齢だが……とにかく彼女は、散りゆく花弁を見ていた。
「眠れないのですか、
まるで他の者に見られていないか気にするような素振りをしたのち、屋敷の方から降りて桜の木の方へ向かってきた青年が囁くように尋ねた。
「……
「まだ夜は寒いですから、早くお休みになったほうが良い」
それに祢寧姫と呼ばれた彼女は眉を寄せて少し不満げに答える。
「私の好きにさせてください。それにあなたはもう私の従者ではないのだから、そうかしこまる必要もないでしょう」
暁孝は祢寧姫の隣に並ぶ。それを彼女は何も言わずに見ていた。
「俺はあなた以外のために刀を振るいたいと思ったことはありません。そして、それは一族の役目だからというわけでもない。それこそ、俺の好きなようにさせてください」
それを聞いて彼女は目を伏せた。長いまつ毛が少し湿る。
「……悔しいのです。私のせいで
「あなたのせいではない。妖の王を止められなかった俺の責任です。俺にもっと力があれば……」
「それは、あなたの責任ではないでしょう」
一際大きな風が吹き、桜の花弁が舞う。
「私の正体を知られたら、もうここには、なんて……この期に及んでまだ自分のことしか考えられない自分に嫌気がさしました」
暁孝が祢寧姫の肩に触れようとして動かした手をどこにも触れることなくゆっくりと下ろした。彼にはすすり泣く姫が泣き止むまでの間近くに立っていることしかできなかった。
盛りもこえ、あとは散るばかりの桜がふたりを見守っている。
それは、散り行く花。はかないもののたとえ。姫と従者の物語。
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