第7話 それは、切実な願い
私、オフィーリアとテックがお互いの文化について盛り上がっている最中、大柄な男性がテーブルの横に立った。
「おお、とうとう来たなァ!」
「ああ、親父さん。料理、すごく楽しみにしてたよ」
その言葉を聞いて、店の主、アルベルトさんは嬉しそうに笑う。
「いっぺん食ってみろ、エマの料理は食ったら虜になるぜ。な、オフィーリアちゃん」
「ええ、この店、すごくリピーターが多いのよ」
本当に美味しいのだ。高いわけではないが、安いわけでもない。私は細々とブロット(パンのようなもの)を食べて生活しているけれど、武器が売れた日なんかは、ちょっと奮発してここを訪れることもある。
なんでも、奥方のエマさんは貴族の屋敷の料理人だったこともあるらしい。
「ほらよ、肉団子のスッピとヴァストだ。それから……」
最後に置かれたものに目を見張る。私とテックは口々に感想を述べた。
「……とんでもなく美味しそう」
「……こんな豪華な料理、いいの?」
「テックへの礼だからなァ。もちろん、オフィーリアちゃんにも世話んなってるからな。一緒に食べてくれや」
置かれたのは“スウェインハチス”。メニューの一番上に載っている、この店で一番高い料理だ。丁寧にローストされた豚脚は力強く、それでいてペロリと食べてしまえる、らしい。豚肉に刺さったナイフがその迫力を増している。
「親父さん」
「礼だからな! あとでまた来るから、ゆっくり食ってろ!」
そして、忙しそうに去っていく。
私は、高級品に少々緊張しがちであったが、大人びた——いや実際成人しているらしいのだが——テックが案外すごい勢いで食べていくので、もう普通にいただくことにした。
この町の同年代より落ち着いた印象のテックだけれど、やっぱり男の子だな、と思ったりして。
そして、本当に美味しかった。それはもう美味しかった。
一通り食事は済んだが、追加でビアを頼みつつ厨房の様子を眺める。忙しそうだ。しかし、それでいてみんな楽しそうでもある。
「愛よね」
「何が?」
「アルベルトさんが、エマさんとカール君を愛してるのが分かるわよね」
返事がないのでテックの方を見るとすごく訝しげな表情をしている。まさか。
「愛って……どういう概念?」
「まさかあなた、愛を知らない
冗談で言ったのにちょっと返事しにくそうにしている。退魔師にこの冗談はよくなかったか。
確かに愛の定義なんて人によって違うものだ。言語を介せば尚更変わってしまうだろう。
「愛ってつまり……自分を大事に思うのと同じように他人を大切にしなさいってことよ。あとは、一生その人と添い遂げたいとかね。そういうのないの?」
テックは少し黙ったあと、徐々に顔を赤らめた。それはもう、耳まで赤くなるほど。
「……嘘」
私はこれでも恋に恋する十九歳。がぜん興味が湧く。
「嘘嘘嘘! どんな人?」
「いや、違う!」
「どんな人? ねえ、どんな人?」
テックが顔を背けた。片肘をついて、腕で顔を覆うようにしている。私は、テックの好きな人がどんな人か気になるあまり、少々しつこくなってしまうが、かまっていられない。
しばらく攻防を続けると、渋々、とても恥ずかしそうにテックが口を開く。
「本当にそういうんじゃないんだ。その女性は俺の主人だから。添い遂げたいとか、そういう恋慕の念じゃない」
すごく弱々しい声に、いろいろな状況を察して、一旦しつこく尋ねるのはストップする。
いやでも、ねえ?
“そういうの”は世の女子の大好物だ。
“そういうの”……つまり、令嬢と騎士の禁断のロマンス。身分違いの恋。
叫び出したい気持ちを抑えるので精一杯。
「気持ちを伝えたりとか……したことあるの?」
「……分からない」
分からないってなんだ。分からないって。
「……言った瞬間は、今思えば……ほとんど無意識みたいなものだよ。正気じゃなかった」
無意識で愛を伝えるとは? そのあたりを詳しく聞きたいが、これ以上聞いていいものか。
「でも、そう恥ずかしがるってことは、その人のこと愛してるんじゃないの?」
「……すごく尊敬してる。その意味では……愛してるよ。一生そばにいたいとも思う。……でも、この気持ちは身の程知らずだ」
その気持ちが何か……彼は、立場のせいで言葉にできない。小説を読み漁ったときは、そのもどかしさがすごく面白かった。面白がることができた。だって、物語の主人公たちは必ず最後に結ばれるから。
でも、目の前の彼は本当の人間だ。現実なのだ。自分ひとりで勝手に盛り上がったことを後悔した。
「……もしかして、ナギナタの元の持ち主ってその人?」
ほんの思いつきだった。
それに、テックは絞り出したように答える。
「……そうだよ。あの人は、今どこにいるか分からない。無事かも分からない。でも、なんとしてももう一度、会いたいんだ」
それは、ただ切実な願い。
大人びた男の子の、どこか子供じみたところさえある、切実な願い。
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