第4話 異変
爆心地から逃げて来た一橋は、自室のある廃マンションの手摺の壊れた暗い階段を慎重に登っていた。
“あの爆発は武器庫の車で間違いない。でも雨も降って湿気ってたハズ、勝手に爆発するとは思えない…それに、あの死体は…?”
ゴォン…!ゴォン…!
割れた窓から辛うじて差し込む街灯の灯りを頼りに、鉄パイプの音を暗闇に響かせる。
そして、自室のある二階まで上がり、廊下を進もうと体の向きを変えたその時、背後に何か異様な気配を感じた。
ブゥン!
一橋は背後の気配に、咄嗟に鉄パイプで薙ぎ払うと同時に振り返った。
空振りに終わった薙ぎ払いだったが、そこには裸足の奇妙な少女が一橋を見つめて居たのだ。
鉄パイプに付いていたヘドロが飛んだのか、少女の白い頬に黒い飛沫が飛び散っている。
頭から足の爪先まで白く、骨と皮だけの様な
猫や鳥等の動物の
しかし、少女で特に目を惹いたのは…あまりにも深く青い、深淵の様な眼だった。
百歩譲ったとして、綺麗な服を着たマスクを着けてない健康体の子供に会うのは良かった。だが一橋にとって目の前の少女は、得体の知れない未知との遭遇と同義だった。
人の皮を被った化物だと直感した一橋は「ゴクリ…」と喉を鳴らして固まっていた。
「間違えてる…」
少女は、呆れた様な独り言を呟きながら頬のヘドロを左袖で拭い、一橋に背を向けた。
ヒタヒタと歩き出し、幻の様にその姿を暗闇に
少女の姿が見えなくなった一橋は「な、何だよアレ…!?」と逃げる様に慌てて自室の角部屋を目指した。
ポケットから針金を取り出し鍵を開け、少女を警戒しながら隠れる様に部屋に入ると…。
「はぁ、はぁ…やっと…着いた…!」
爆心地から息も絶え絶えに逃げて来た一橋は、自室のある廃マンションの前に立ち呼吸を整えていた。
ドアの壊れた入り口に立て掛けられた看板には、色褪せ腐植した在りし日の名前である、ネストホープ
二階に上がり、部屋の前に辿り着いた一橋は、ドアの前に黒いボストンリュックが、置かれてる事に気付いた。
「あぁ…? 何だこれ…?」
このリュックが誰にも取られてない所から、置かれてそんなに時間は経ってないと思った一橋は、耳を澄ましながら慎重に辺りを見渡した。
しかし、物音も聞こえず人の気配も感じられず、薬品と火薬の匂いを運ぶ風鳴りしか聞こえなかった。
再びリュックに視線を向ける一橋は、軽く叩いたり揺らしたりと中身を探ろうとした。
もちろん、そんな事で中身が分かる筈も無い。
それでも人が1人は要れる程の大きさの割に軽く。
もしかしたら食料でも入ってるかも知れないと、密かな期待を胸に一橋はリュックを引き摺りながら部屋に入った。
カビと腐敗臭が充満してるワンルームにいつもより重い鉄パイプの突く音を響かせる。
部屋一面のフローリングの剥がれた、冷たいコンクリートの床。壁紙の剥がれてる、鉄骨の剥き出した崩れ掛けの壁。
天井が崩れ、
ズズ…
部屋の中央に置いてある唯一の家具の机を退かした一橋は、ドン!とリュックを投げ倒した。
そして、壁端に寄せ集めた破れた壁紙の寝床。その側に置いてるゼンマイ式のおもちゃのランプを持って来る。
ランプの弱弱しい光を頼り、何重にも施された施錠を外していく。
何が入ってるのかと、期待と不安を
「よ、よし…」
自分に言い聞かせる様に呟く一橋は、身を引き気味に目を食い縛りながら恐る恐る、大きく口の裂けたリュックを開けた。
「っ!…ん? は…っ!?」
リュックの中に入っていた物に、一橋は思わず息を漏らした。
それは食料でもましてや武器でも無く、足を抱えた左袖の汚れた空色のワンピースの、一人の白い少女が入っていたのだ。
コトンと手のランプが床に落ちる。
不意打ちで目を突かれた様な衝撃的な中身に、一橋は今までに無い程に目を丸く開き、文字通り開いた口が塞がらなくなっていた。
「な、な…何なんだよこれはぁあああ!!」
心の底からの声を隠す余裕の無い一橋の叫びは、部屋に留まる事無くマンション中に響き渡ったのだった。
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