第3話 爆心地


 一帯に漂う熱気と鉄の溶ける匂いと、ゴォォゴォォと音を発てる炎。


 飛んで火に入る虫の如くたかる人々に囲まれる炎は、気性の荒い猛獣の様に激しく燃え。

 ただでさえ黒い雲を更に焦がさんばかりに、天高く伸びていた。


 無責任じゃない故の責任からか、現場に来た一橋の目の前で、大破した車の骨組みの影が揺れていた。


“あの爆発、やっぱりコイツだったか…! 何があったんだ!?アイツは…どこだ!?”


 一橋は見張り番を交代した白髪の男が近くに居ないかと見渡す。だが最早、ただの人集りと呼ぶには名ばかりな人の壁。


 その中から特定の一人を探し出すのは困難だった。


 既に逃げたか死んだのだろうと、早々に諦めた一橋は、その場から離れ様と炎に背を向けようとした刹那。


 視界の端、燃え盛る車の傍に、黒く焦げた死体の様な物が転がっている事に気付いた一橋は、咄嗟に振り返ろうとした。

 ───ズジャジャァァア!!


 炎を囲む人の壁、その後ろで地面を滑りながら停車する装甲車が一台。


 停車と同時にバン!と勢い良く扉が開き、銃を構えた重装備の軍隊が一斉に飛び出しては、怒号と共に人々を引き剥がし始めた。


「み、道を開けて下さぁい!」


「アホ!そんなんじゃアカンわ! こーするんや!道開けんかい!危険っちゅーのに集ってんじゃねぇぞ!!」


「はぁ…発砲許可は下りてりゅ!…し、従わなければ撃つぞ!!」


 三バカっぽい軍隊の声を皮切りにざわつき始める人の壁。一瞬驚いた一橋だが「めた…!」と呟き無理矢理、人を掻き分けながら潜る。


 軍隊が人の壁を剥がしてるなら早期に出してもらえる様にと、一橋なりに考えての行動だった。


 しかし途端、人集りは軍隊の進行を阻む様に固まり始め、あっという間に一橋はその圧力に動きを止められ、呼吸すらも難しくなっていた。


「っ!く、そ…!」


 固まろうとする者、抜け出そうとする者が入り乱れ、人集りの中は流れの激しい濁流の様。

 一橋は何とか鉄パイプを強く地面に突き立て、胸に隙間を作る為に出来るだけ体を丸めた。


 転ばない様に踏ん張る。動かない左脚を蹴り踏まれバランスを崩しそうになれば近くの人の髪を引き千切る勢いで掴んで立て直す。


 一切聞き取れない殺伐とした喧騒と怒号、揺れ動く人波の圧力で体力が一気に削がれ、酸欠に寄る眩暈が一橋を襲おうとしたその時。


 ───ダァン!ダァン! 


 一帯に轟く銃声に喧騒が一気に静まる。


 何が起きたのか考えなくても分かる、進行を阻まれた軍隊が容赦なく発砲したのだ。


 政府に限って威嚇何んて優しい事をするとは思えない。悲鳴が聞こえない事から、頭部だけを撃ったのだろう。


 静寂が徐々に恐怖に怯える悲鳴に変わるのにそこまで時間は掛からなかった。


「女でも子供でも容赦はしない!道を開けるんだ!」


 三バカとは別の声掛けと共に進行を始める軍隊に悲鳴を上げながら逃げる人々。圧力が弱まりようやく、動ける様になった一橋が体を起こそうとした。


 その瞬間───カチャ…!


「…!」


 目の前までやって来た軍人が顔を上げた一橋の額に銃口を突き付けて来たのだ。


 引き金に掛かる指。マスクで顔が見えなくても伝わる容赦の無さに、一橋の体は動かなくなっていた。


「退け、退かないなら…っ!」


 引き金を引こうとする軍人。しかし鉄パイプを着く一橋の、今にも千切れそうな左足に引き金から指を話した。

 代わりにもう片手で一橋の胸ぐらを掴み、振り払う様に地面に投げ倒した。


 ドチャァ!


 全身を地面のヘドロで汚し、体を起こす一橋は状況が理解出来ず、自分を投げ倒した軍人の背を見上げる。


 そして、ハンターの隙を突き逃げる獣の様に、ガスマスクの汚泥を叩き払いながら一橋は、死に物狂いで鉄パイプを着いて立ち上がる。


 ガッ!ガッ!ガッ!


「はぁ!はぁ! く、クソがぁ…!」


 炎から人集りが離れる様は、巣を壊され湧き出るあり

 一橋もその一匹として、震える体を形振なりふり構わず動かし、必死に爆心地から離れた。

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