第1話 ラジオ
その昔、世界大戦が起った。
人間の放った戦火は、瞬く間に広がり、遂には国境までも消し去り。
世界は一つになった。
だが、人間は一つになる事は無く、それぞれの願う平和が和解し合う事は叶わなかった。
『──人間は愚かじゃねぇ! 敵が必要だったんだ!』
そう言い張った張本人の声が、歩道に乗り上げ街灯に突っ込んだ車のラジオから響き渡る。
『ザザッ…最っ高に!クソッたれな世界だぜぇいえいい!! クソラジオ!
雨の降る夜。雑音に塗れながらも耳に残る、あまりにも能天気で明るい男性の声。
自己紹介が終わったタイミングで、ラジオを切った運転席の雨合羽を着たガスマスクの男。
ヒビだらけのフロントガラスを撫ぞる雨粒越しに、射し込む
そんな灯りを嫌う様に一橋は、身を捩り始めたその時。
ドキンッ!!と突然、胸に熱した釘を打ち込まれた様な、鋭く重い痛みが一橋は襲った。
「…っ! かは…!」
鼓動に合わせて連続するあまりの痛みに、息すら出来ず、心臓を握り潰す勢いで胸の肉を掴み、丸めた体を震わせる。
しかし、そんな地獄の様な痛みですら、一橋にとって何の変哲もない日々の一部だった。
だから一橋は、血眼になってひたすら痛みが引くのを待っていた。
「───はぁ!はぁ! く…っ!」
徐々に痛みが治まり始めると荒い呼吸を繰り返し、一橋は震える手でマスクを外した。
腐食しかけたルームミラーに映る。傷み切ってカビの生えた頭髪と不精ヒゲ、洞の様な虚ろな目、浮かび上がった骨の輪郭。顔全体には病的な斑点やケロイド。
見た目だけで言えば、腐ってないだけの不健康なゾンビ。
そんな一橋は、プツプツと髪が千切れようと構い無しに顔を拭い。胸に手を当てたまま、慎重に座席に座り直した。
時間が経てば痛みは治まるとは言え、ウンザリしていた。だが、何で自分だけ?と悲観が出来る程、世界中が幸福じゃない事が一橋にとって一番、腹立たしい現実だった。
───コンコン
痛みもすっかり引き、胸を撫で下ろし、マスクを着けて落ち着いていた一橋の耳にノックの音が入って来た。
気怠げに舌打ちをしながら振り返れば、黒く汚れた車窓、此方を覗き込む人影が立っていた。
「…? 何してる、降りろ。交代だ」
外の男の若いの声に一橋は「クソが…」と悪態を付きながら、助手席に立て掛けた鉄パイプを、手に持ってドアを開けた。
開くドアに煽られ、地面を覆う雲海の様な白い毒ガスが波紋の様な畝る。
途端、車内に充満していたカビの臭いと腐敗臭は外に漏れ、代わりに、外のドブと火薬と何かの薬品が混ざった様な臭いが、一瞬にして車内を満たした。
薄く晴れた雲間から覗くスライムの様な、汚泥の地面に鉄パイプを突き、漕ぐ様に左足を引き摺りながら車から身を乗り出す。
「ぁ? 何だこれ?汚ねぇ毛ぇなんか撒きやがって…」
運転席に散らばる縮れた一橋の髪の毛に不満を漏らす男を背に。
一橋は、男の姿を見ずに足早に車から離れ様とした。その時「あ、おい待て」と呼び止められ、立ち止まり振り返った。
一橋と同じガスマスクを着けた男は、一橋より背が高く、雨合羽から白い髪を覗かしていた。
近付いて来る白髪の男は、懐から潰れた箱が入った袋を取り出し、一橋の足元に投げ下ろした。
デチャァ!
「……!」
袋の中を覗き見れば、それは政府で一般販売している2日分の食料箱だった。
この車の荷台は、世界を別つ二大勢力の一つの
一橋の様な一般人は、その武器庫となってる場所を当番制で見張りをし、その報酬としての食料を貰うのだ。
中身を確認し、袋を拾い上げる一橋の姿に、白髪の男は、憐れむ様に溜め息を付いた。
「はぁ…その手、脚も…酷いな。…痛み止めならあるが、要るか? ってか喋れねぇのか?」
「……ぁ? 余計なお世話だ。それにそんな物より、コッチの方がよく効く。お前こそどうだ?」
痰の絡んだ力の無い声で一橋は、ポケットから薬の束を取り出して見せる。
「フッ、あぁ、ありがとうな。お蔭でそんなモノに頼らない俺が、お前より
バタン!
白髪の男は、素っ気なく言うと勢い良くドアを閉めて、毒ガスの波を一橋に浴びせた。
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