第10話
「どうぞ、お茶です」
楓さんはそう言って客人のように俺をもてなし、お茶を出してくれた。
楓さんも自分のお茶をテーブルに置くと、俺と向かい合うようにソファに腰掛けた。勢いよく腰掛けるのでぽよん、と胸のあたりが揺れるのは妹にはないギミックだ。
年季の入ったソファは楓さんの想像よりも沈んだらしく「あわわ」と言いながら足をバタバタさせた。
ちょっとした動作一つ一つから、ほっこりとさせる癒しオーラが放たれているのはある意味で才能なんだろう。
生徒会長というくらいだから、瑞帆のようにキリッとした人を想像していたが、楓さんは真逆。ほんわか、ふんわり、ぷにぷに、ぽよぽよ、なんて言葉が似合う人だ。
「最近、学校で告白代行っていうのが流行ってるらしくて。その件で話しに来たんです」
話しやすそうな話題に切り替えてそう言うと楓さんは苦笑いをして「そうですかぁ」と呟いた。
「単刀直入に言うと、代行を禁止しないでください、と代行で伝えに来ました」
「つまり……大光君が代行をしている張本人なんですか!?」
「そうです」
「うーん……正直な話、私はどっちでも良いんですけど悩ましいですねぇ」
「あ……あれ? そうなんですか?」
「はい。問題視しているのは先生達なんですよぉ。やっぱり生徒間で金銭のやり取りが発生しているのが良くなくてぇ」
「なるほど……」
「あれって最初は校内の掲示板に張り紙をしていたんでしょう? それが良くなかったみたいですねぇ。普通に外部のプラットフォームでやる分には怒られないと思います。フリマアプリと何ら変わりませんからぁ」
「そういうことですか……」
案外すんなりと話が通ってしまい、話すことがなくなる。
沈黙に耐えかねてお茶をズズッと飲んでいると、楓さんは「もみじのお友達なんですかぁ?」と尋ねてきた。
たぬき顔のくりくりした目がじっと俺を見てくる。姉妹でそっくりだし、美少女姉妹と言われるだけある、なんて感心してしまうほどだ。
「まぁ……一応。向こうは何か距離を取ってる感じはしますけどね。輪に入り切らないというか、線を引いているというか」
「そうですねぇ。高校に入った時からそうなっちゃったんです」
「……そうなんですか?」
「あの子、この高校は滑り止めなんですよぉ。本命は慶桜女子です」
「なっ……毎年東大生が何十人も出てる名門校ですよね?」
「はい。出来損ないの私と違って、あの子は余裕で合格できるだったんです。けど……私が風邪をうつしちゃってぇ……当日は熱で朦朧としながら受けたらしいです。結果は……まぁそういうことですねぇ」
楓さんは俯きがちにそう言う。
「楓さんのせいじゃないですよ」
「いえ。私のせいです。もみじは優しいから『体調管理を出来なかった自分が悪い』って言ってくれましたぁ。けど……そこから彼女は努力することが無意味だって思っちゃったみたいなんです。親からも期待の裏返しでかなり酷いことを言われてぇ……それから、何に対しても本気で向き合うってことをしなくなったんです。勉強にも、両親にも、私にも」
「そうだったんですか……」
璃初奈や京葉、瑞帆が絡んでくるときにもみじはニコニコしながらも一歩引いている。単にそういう性格の人なんだと思っていたけれど、思ったより根深い理由があったらしい。
「まぁ……まだ入学して3ヶ月ですからねぇ。別に東大だってこの高校から目指せないわけでもない。本人次第ですからぁ……」
「そんなに受験に熱心だったんですね。何か夢でもあるんですか?」
「それはもみじ本人に聞いてみてくださいな。パーソナルな話ですから」
「ここまでもかなりパーソナルな話を聞きましたけどね……」
「あれれ? そうでしたぁ?」
楓さんはきょとんとして顎に人差し指を当てて考え込む。一つ一つの仕草が妙に可愛らしく頬が緩む。
「じゃあ楓さんの事を教えてくださいよ。同じように東大を受けるんですか?」
「いえいえ。私なんてとても……」
「そうなんですか?」
楓さんはチラッと俺の方を見て頷く。
「親に私は期待されていないんです。それでも応えるために生徒会長をやったりしているんですけど……そもそもそういう器じゃないんですよ。よくみんなの議論についていけなくなるし……さっきみたいに変なところに引っかかって動けなくなることも多くて……それにお尻も大きいし……」
やっぱりケツは気にしてるんだ、と妙に納得する。
楓さんは自己肯定感の低いタイプなんだろう。それがわかったから何かできるわけではないけれど。
楓さんは急に「あ!」と言って手をパチンと叩いた。
「なっ、なんですか?」
「大光君は代行をしてくれるんですよねぇ?」
「ま、まぁ……一応……」
「お願いしても、いいですか?」
「代行は禁止ですよ」
「生徒会長権限で見逃します!」
「はぁ……もみじに伝言ですよね。なんて言えばいいですか?」
「伝言ではなくて、『伝よしよし』です!」
「はっ……え?」
全く意味が分からず固まる。
楓さんは「こうですよ」と微笑みながら言って立ち上がった。俺の前にくると、ぎゅっと胸に顔を埋めさせるように抱きしめてくる。
そのまま「よーしよし」と言いながら後頭部をさすってくれるが、それどころじゃない。
圧倒的な質量と体積の胸に顔がうずくまり、必死に息を吸うと甘い香りがしてクラクラしてくる。
「むぐぐっ……」
意識が飛ぶ前にギブアップの意思を示そうと楓さんの背中を叩く。
「ひゃっ!」
「ひゃっふぁふぁふへ!」
「あ……ごっ、ごめんなさい!」
必死に声を絞り出すと楓さんは自分の胸で窒息死させかけていたことに気づき、俺から離れてシュンとしてしまった。
「あぁ……いや、全然……」
「だ、大光君が話しやすくて……つい……」
「つい、で窒息死させないでくださいよ……」
「ふふっ。こんな感じでもみじにもよしよしをしてあげてくださいね。魔法の呪文と一緒に」
「魔法の呪文?」
「はい。小さい頃の合言葉なんです。頑張って覚えてくださいね――」
楓さんはそう言ってウィンクをすると、意味もないのに俺の耳元で魔法の呪文を囁き出した。
◆
放課後、もみじを探して教室に向かう。もみじは璃初奈と2人で教室に残って駄弁っていたようだ。
「おっす」
俺が声を掛けると璃初奈が嬉しそうにはにかむ。
「代行?」
「あぁ。けど今日はもみじ宛だな」
「ふぅん……そっか」
璃初奈は物足りなさそうに唇を尖らせる。
「なんでそんな告白代行を心待ちにしてるんだよ……」
「べっ、別に待ってないわよ! 早く済ませなさいよ!」
「あー……その……ちょっと2人で話せないか?」
「へっ!? 私と!?」
もみじは自分を指さしながら驚く。
「あぁ、そうだ」
「うーん……けど……」
もみじはチラチラと璃初奈を見る。
「あたしは別に気にしないわよ」
「そっか。じゃ……そこの廊下の突き当りにしよっか」
もみじの先導で教室を出て、人気のない廊下の端で二人っきりになる。
「頭、撫でるぞ」
「……えっ!? わっ、わぁ……」
一応宣言をしてからもみじの頭を撫でる。
「『モンジャモンジャ・タコヤキタコヤ・コナモンモーン』」
俺が楓さんから教えてもらった、恐らく楓さんともみじの共通言語になっているはずの魔法の呪文をとなえる。するともみじは目を見開いて「お姉ちゃん?」と聞いてきた。
「うん。そう」
「そっか……」
「よしよし代行だってさ。頼まれたんだ」
もみじは笑おうとしてはそれを噛み殺し、複雑な表情を見せた。「悪いね、大光君」とだけ言うと、俺の手を両手で握って頭から外し、もう一度自分の頭に持っていく。
それで満足したのか、手を外すと教室に戻っていった。
俺もあとをついていき、遅れて教室に入る。
もみじが璃初奈と話していえ、璃初奈が「えぇっ!?」と叫んでいた。
ズカズカと璃初奈が俺の方にやってきて上目遣いで見てくる。
「な……何?」
「代行! よしよし!」
璃初奈はそう言って俺の手を掴むと自分の頭に持っていって無理矢理頭を撫でさせてきたのだった。
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