第52話 約束されし朝食と礼の過去
モーニングビュッフェ。なんとも優美な言葉だ。
しかし、現実はそんなに優美でもなかった。
散歩から戻り、客室で部長と合流した俺たちはそのままの足で、朝食の会場へと向かった。
そこは、下手な体育館ほどの広さをした巨大なホールだった。
並ぶ長机の上には、銀色のトレーに乗った大量のスクランブルエッグやらベーコンやら様々な品が並んでいる。
「こういうホテルの朝食ってなんかルールみたいなのあるんですかね?」
四人がけの席にそれぞれ座ってから尋ねた。
こういうのはこれまで経験したことがなかったからよく分からない。
「知ってるか、礼。こういうとこをビュッフェ、ビュッフェってみんな呼ぶけど、本当はこれビュッフェじゃないんだ」
「ほう?」
「ビュッフェって言うのは、日本語で立食スタイルなんだ。だから、これはどちらかと言うと、バイキングだ」
「な、なんだって?」
ふざけてやがる。詐欺ではないか。ビュッフェしたかったのに。
「礼君。あまり気にしない方がいいわよ? 日本では混同されているのが現状だもの」
「うーむ。少し複雑な気分だ」
まるで、ハムスターだと思って可愛がっていた小動物がただのドブネズミだった時のようなある種切ない感情。
「さ、飲み物を取りに行きましょうか」
先輩がそう言った矢先。
「****? ****!」
よく分からない言葉。少なくとも日本語ではない。
恐らくは観光客。
「あれは、まずいな」
「え? ……はっ!?」
観光客らは皿に山程の食べ物を乗せ始めた。あんなもの一人で食べれる量ではない。
「野郎っ!」
かっと頭に血が昇る。流石におかしいだろ。
「これは──本気で戦う必要がありそうだ」
俺は立ち上がる。
その不正を、正すために。
馬鹿みたいな量を持った外国人の方を叩く。
「へいへいへい! ゆーあーるーるぶろーくん。おーけー?」
「***? ****!」
うーん、マジで何言ってるか分からない。
あ。あれに似てる。少し前に流行ったミーム。それに出てくるヤギだ。……今考えてみれば、なんで猫じゃないんだ?
ま、とりあえず。
「おーけーおーけー? めにーめにー取りすぎ、ゆー」
「???」
困惑した顔で首を傾げる。
この野郎、惚けているのか。
「ルール、守ってもらわないと困るー。おっけー?」
「???」
ダメだ、こいつ。この日本人はなに訳のわからない事言ってんだ? とでも言いたげに、笑いやがった。
「よーし、喧嘩だな! おっけー、ボコボコにしてやるっ!」
袖を捲ってみる。さあ、始めようか、俺は構えた。
しかし。
「***?」
「な、なんのつもりだ!」
差し出されたのは、拳でも蹴りでもなく。
料理の乗った一皿だった。
「……お、前?」
まさか、これをくれると言う事なの、か。
「誤解してたのか、俺は」
優しい世界。そう考えながら差し出された皿へと手を伸ばした。
「あ?」
ずっと料理が下げられる。
そして、奴の目はっ!!
「てめぇ!!」
「***っ!!」
俺と外国人の舌戦が始まったのだ。
…………
……
一方その頃、席の紫苑と茉利理の前には。
「言い忘れてたけど、あたしらのプランには朝食のセットもついてるんだけどな」
机の上にはずらりと料理が並んでいた。
クロワッサンに、スープ。数種類のジャムとゆで卵など。
ティーパックとティーポットもセットで添えられている。
「あいつ、喧嘩とかしなければいいけど。ああ見えて、すぐ熱くなっちゃうんだもんな」
「それがいいところでもあるけれどね」
「まあ、確かに」
「ちょうど、礼君が帰ってくるまで暇だし、貴方と礼君がどうやって出会ったのか、あと茉利理のせいで礼君が大喧嘩をしたって話聞いてもいいかしら?」
「ん、あー。まあ、構わないけど。……あんまり人に言えるような話じゃないから、誰にも言わないでくれよ?」
ぽつりぽつりと話し始めた茉利理。
それは、今から一年と半年近く前。
礼がテニスサークルに入ったことから始まった。
卯花礼という人物についての話だった。
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